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突然ファーストキスを奪った先生からいきなり溺愛されているんですが  作者: 清見こうじ


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私の知らない先生の事情~茶道部講習会編~②

 理事長の来訪を告げる内線電話が、そのほんわかした空気を破った。



 慌てて階下に移動すると。


 階段を上がろうしている理事長に遭遇した。



「お一人なんですね」


「別に校内で、生徒の様子をみるくらい、一人で構わんだろう?」


「あんまりうろつかれると、周りが迷惑ですよ」


「自分の管轄している学校を見て回って何が悪いんだ」



 他に誰もいないので、つい愚痴めいた苦言を口にしてしまったが、理事長は開き直る。


 迷惑なのは自覚しているんだな。



「とにかく、お茶飲んだら、色々言わずさっさと帰ってください。あなたが来るって、生徒達もあたふたしているんですから」


「抜き打ちのつもりだったのに、情報漏洩させる顧問が悪い」


「そんな負担、生徒にかけたくありませんよ。生徒を守るのは教師の役目です」


「そんな一朝前の口を叩くようになったもんだな」

 


 2階に上がり、作法室に入ると、思ったより空気がピリピリしていない。


 緊張は伝わるが、何となく落ち着いていていた。



「やあ、お邪魔するよ。活動中悪いね」


 

 生徒向けなのか、声のトーンがいつもより柔らかい。


 サホが代表してお茶に誘うと、お礼まで言った。


 サホはちょっと驚いて俺に視線を送る。俺だってビックリだ。



 一応教育者なんだな。


 生徒に対してはここまで和らいだ態度で接するんだ。


 まあ、水面下では生徒を金ヅルとしか見ていないようなことを言っているけど。



 ……昔は、こんな風に、優しく話してくれたよな、そう言えば。



 教員の経験を経て、大学院で教育学を修めたり、また現場に戻ったり。



 そんな風に、教育に身を捧げていたのは、決して家のためだけじゃなかった。



 そもそも、本来はこの学校の理事長になんてなる予定も可能性もなかった、一族の主流からは外れた分家で。



 理事長の異母妹、俺の養母が同じように傍流の千野家に嫁いだこともたいした影響は与えないほど、本家の権力は盤石だったはずで。



 まさかの経営難に陥り、困難極める学校運営再建を押し付けられた俺の養母を手助けするために運営に関わり、気がつけば理事長にまでのしあがっていた。



 本家の後継者がボンクラ揃いだったのをいいことに、水面下で暗躍したのち経営権を奪取した手腕は見事としか言いようがない。

 

 再建だけ押し付けて、本家の権力に胡座をかいていたヤツらは、まさか分家に乗っ取られるなんて想像もしていなかったに違いない。



 結婚もせず教育に邁進してきた分家の若造に足元を掬われるなんて思ってもみなかったんだろう。



 学校の教職員のほとんどは、本家の、創始者一族に連なるボンボンが棚ぼたで理事長になって、好き勝手に学校を弄んでいるって思い込んでいるけど。


 強引な部分もあるけれど、本質的に学校運営を適正化したいっていう理事長の思いは間違っていない。

 


 

 放漫経営で学校そのものが倒れてしまうより、形を変えながらでも学校の歴史を永らえさせたいという思いは、本物なんだ。


 それが分かってしまうから、色々へらず口はきいても、最終的に俺は逆らえない。



 まあ、茶道部は守るつもりだけど。





 ?



 理事長の変わり身に驚いて目に入ってこなかったけど、何となく室内の雰囲気がおかしい。


 今まで穏やかに、自然体でいたはずの、お師匠さまを様子が。



 明らかに挙動不審。



 手元が狂って棗を倒すなんて、らしくない。


 よく見たら、顔色も悪いし、震えている。




「ゆりえ? ……ゆりえ、なのか? お前、生きて……」


 理事長が……伯父貴の声も、震えている。



 というか。


 今、なんて?


 ゆりえ、って言った?



 まだ、紹介もしていない、はず。


 俺だって、先ほど名前を知ったばかりだから、まだ伝えていない。


 それに。



 お前、生きて、って言った?


 それは、死んでいたって、思っていたってことか?




 ……知り合い、なのか?




 不意に。


 ゆりえ、という名前が、記憶から甦ってきた。


 昔、一度だけ、聞いたその名前。




『もし、ゆりえが生きていたら、こんな風に、お前にツラい思いをさせなかったのにな』



 いつの頃か、伯父貴が、実の父親だと知った頃。

 

 愚痴めいた呟きは、『何でもない、忘れてくれ』という打ち消しの言葉と共に、それ以上の追及を許さず。



 そのまま、素直に忘れていた俺。


 でも、あの言葉は。




「……気分が優れないので、申し訳ありませんが失礼させていただきますわ」


 お師匠さまは、ゆりえさんは、青ざめたまま、よろよろと、でも足早に逃げるように作法室を出ていき。


 慌ててサホがそれを追いかけ。




「遠藤、あと、頼む」



 それだけ言うと、呆然としている理事長を強引に理事長室まで連れていった。






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