波乱含みの講習会が気付けば無事に終わりそうなのはやっぱりフラグなんですか?②
時間を見計らって、お師匠さまを作法室にご案内する。
風炉にはすでにお湯が沸き、微かに湯気が見える。
広間に並べられた座布団には緊張気味の1年生がもじもじ座って待っていた。
緊張と、あと、正座のせいかな?
「今日は初めてですし、まずは一通り見ていただきますね」
少しだけ基礎を学んでいる1年生にとって、お師匠さまの所作をじっくり見せていただくのは、何よりの勉強になると思う。
流れるような優雅なお師匠さまの所作を目にすることは、私達が口で説明するより何倍もの説得力で、1年生に強い印象を与えたみたい。
茶道具の扱い方ひとつ取っても、指先まで神経を巡らして、なのにふんわり柔らかく。
お湯を汲む柄杓を扱う手首の返しも滑らかで、まるで舞を見ているみたい。
きっと次からは、個々に基礎を教えてもらって、時には他の人の指導を見学する見とり稽古をするようになるとは思うけど、今日見せていただいたお師匠さまの所作がきっと目標になると思う。
今日は情報過多にならないように、お点前だけお手本を見せて、あとはリラックスしてお菓子とお茶をいただくことになっている。
とはいえ、お師匠さまに点てていただいたお薄だと思うと、つい背筋が伸びて、敬虔な気持ちでいただくようになる。
きっと遠藤先輩や高村先輩も同じ気持ちだったんだろう。真剣な眼差しで茶碗を扱う所作は、キリッとして、とても美しかった。
「そんなに緊張しないでね。茶の湯の真髄は、自然体です。何よりも楽しむ気持ちが大切ですよ」
お師匠さまはそうおっしゃるけど、指先まで行き届いた美しさを、『自然体』で表せるようになるには、まだまだ道が遠いです。
「今日は、中沢さんのお店の職人さんも、皆さんに楽しんでいただこうと、何かお楽しみを仕掛けていらっしゃるのですって。まずは謎解きをしてみましょう」
そう言ってちょっと意味ありげに微笑むお師匠さま。
こんな顔をすると可愛らしくて、つい私も笑ってしまう。
「ひとつは、『薔薇』の練り切りで……。こちらは?」
「一見、『唐衣』……かきつばたなんですが」
赤みの強い餡が、きっと秘密の正体なんだと思うけど。
「これは……苺ジャム……じゃなくて? あ」
口に入れた瞬間、酸味が広がる。
苺よりは酸っぱい、ラズベリー? でも、その酸味は、すぐに甘さに替わり。
「薔薇のジャム?」
ラズベリージャムを練り込んだ白餡をさらにラズベリージャムで包み、それを求肥餅で包んである。
さらに、中心に仕込んであるのは、薔薇のジャムだ。
口に入れた瞬間の酸味を甘味で和らげたところに、ほどけるように薔薇の香りが広がる。
『薔薇』の練り切りは、見た目は薔薇を模しているけど、シンプルでオーソドックスな味わい。
一方のこちらは。
「形はシンプルに、花弁の風情だけを写し取って、味わいは濃厚だけど爽やか。まさかの『薔薇』づくしだな。ラズベリーという合わせ技も意表をついていて……」
うっとりと千野先生が語り始める。
これはかなりツボったみたい。
放っておくと話が止まらなくなりそうなので、お師匠さまが点てて下さったお薄を運び、皆から見えないように睨むと、ハッとして口をつぐむ。
そうして恭しく茶碗を口に運ぶ。
「そう言えば、お手紙にはなんと書かれていたのですか?」
お師匠さまが問いかけると、千野先生は胸ポケットから、封書を出して開封し。
「『新入部員の皆様と、それを迎える先輩方、これからの未来が花咲けるものになりますように、薔薇の花束をお贈りします。最初は大変かも知れませんが、励んでいけば甘い成果が待っていることでしょう。お稽古頑張って下さい』と。2種の『薔薇』を並べて花束に見立てて、さらに、メッセージを込めるなんて、イケメン過ぎるな」
「本当に。やはり若い職人さんだけあって、新鮮な感覚をお持ちね。味も素晴らしいわ」
お師匠さまも感嘆して誉めて下さった。
「それを聞いたら喜びます。きっと」
そのあと、お師匠さまの点てて下さったお薄をいただき、和やかに談笑が続く。
お師匠さまが、茶道について優しく解説してくださり、1年生達もだんだんリラックスしてきた。
穏やかな時間が過ぎ去り、講習会はそろそろ終わりの時間が近付き。




