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突然ファーストキスを奪った先生からいきなり溺愛されているんですが  作者: 清見こうじ


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閑話休題~ワタシの知らない先生の事情 その3~

 頑張った。


 俺は頑張った。



 仮とはいえ入部希望者は10人も来た。


 汚していいと言われたってそう簡単に割りきれないような高級な着物やインテリア雑貨(と言うにはあまりにも高級過ぎる素材だが)を汚さないよう、緊張しながら失敗しそうなフリをさせられて。


 まあ、俺の和装を見て、中沢が悋気を起こしたのは、ちょっといい気分だったが。


 なかなか素直にならない中沢には、ヤキモチを妬かせるのが効果的なようだ。


 そう思って仮入部初日、入部希望者の一年女子に笑顔を振り撒いたのに、反応が薄かった。


 まあ、理事長に呼ばれていて、途中退席したから、もしかしたら、そのあとに何か変化があったかも知れないが。


 とにかく、部員が集まったんだから、ご褒美にデートしたっていいだろ?



 新入生歓迎会が終わって、ソッコー中沢の家の店に薯蕷饅頭の注文をして。


 クソ真面目に校則を守ってスマホを持ってきていない中沢に、何とか連絡先を渡して。


 色々面白くないみたいだが、そこは真面目な中沢なので、ちゃんとその夜連絡をよこした。


 すぐに返信してデートの打ち合わせをしようと思っていたんだが、ゆっくりスマホをいじる時間がなかった。



 さっき言ったように、理事長室に呼ばれ。


「色々、面白い噂が耳に入ってくるんだが」


 ちっとも面白くなさそうに、理事長は俺に尋ねた。


「あまり部活動に熱心にならないように、言っておいたはずなんだがね」


「ちょっと事情が変わりましてね。ああ、そう言えば、この間いただいた葬式饅頭、旨かったですよ。ご馳走様でした」


「誰が饅頭の話を……」


「あの葬式、理事長自ら足を運んでお悔やみされてきたんですか?」


「……ああ。亡くなった坂下翁は、父が若い時分に世話になっていたのでな。この辺りの有力者は、何かしら翁に恩義がある。それに孫の一人は地元代議士の娘を娶っている。いずれ地盤を引き継いで政界に打って出るだろう。お前にもそのうち紹介しないとな」


「なるほど。では、その坂下翁が溺愛していたひ孫が、当校に在籍しているのはご存じですか?」


「初耳だが」


「母親が坂下翁の孫娘だそうですよ。それに、あの饅頭は翁が足繁く通っていた老舗和菓子屋のもので、その店の娘が、やはり当校に在籍しています」


「……ふむ?」


「その2名は、茶道部員ですよ。無理やり廃部にして、あまり、恨みを買わない方がよいかと思いましてね」


「なるほど。だが、無理やりではなく、自然消滅なら仕方あるまい?」


「それがなかなか。ああ、その他に、部長をしている生徒、これがなかなか厄介で。たかが数歩、歩き方を見ただけで俺が茶道経験があることを見抜きましてね。おかけで客寄せパンダをやらされる羽目になりましたよ」


「ほお? 何者だ?」


「ときお呉服の孫娘だそうです。外孫ですが。母親は」


「時生みすず、か?」


「ご名答」


「ふむ。母系は申告されないと把握が難しいからな。事務室のボンクラどもは、そんなことに気を回すつもりもないし。まあ、腐っても名門女子校の流れを組んでいるだけあって、掘って見れば良い鉱脈があるものだな。いいだろう。余計な経費はかけないように注意して、売れる恩は売っておけ」


「予算内で適正に運営してますよ。茶菓子も、和菓子屋の娘がかなり勉強してくれていますし。しかも旨い。あの饅頭、注文だけの限定だって言うので、ついポケットマネーで注文してしまいましたよ。来週、新入部員の歓迎会ように差し入れる約束をさせられてしまいましたがね。でも、正規料金だって言いながら、かなりおまけもしてくれました」


 一番のおまけは、その娘本人だけど。


「そうか……饅頭は、余分にあるのか? たまには……苳子(ふきこ)にも持っていってやったらどうだ?」


 苳子は、戸籍上の母親の名前だ。


 つまり、理事長の異母妹。俺を引き取って育ててくれた叔母だ。


「いいですよ。理事長にもお持ちしますか?」


「そうだな。せっかくだからご相伴に預かろう」



 ……やっぱり、相当気に入ったな?


 俺に一個食べろと言って寄越したくせに、食べたあと、悔やんだ顔をしていたからな。


 味の好みとか、こんなところばかり似ていて笑える。




 理事長の用事が済んで、国語研究室に戻ったら、今度は教科主任から同様の苦言を呈された。


「え? この間、理事長から恩人のお孫さんがいるから、丁重に対応するように言われたんですけど」


「え?」


「プライバシーに関わるからって名前は教えて貰えませんでしたけど。誰だか分からないと、どの子に気を遣えばいいのか分からなくて困るんですけど。主任、分かりますか?」


「あ、いや、まあ、だいたい、な。だが、下手に区別するのは良くないし、どの生徒も公平に対応しないとな。まあ、十分注意して関わってくれたまえ」



 慌てて出ていったところを見ると、事務室にある生徒の家族連絡票でも確認に行ったんだろう。


 俺は確認済みだ。


 大丈夫。


 家族連絡票に記入してある内容では関係は辿れない。


 念のため、うちのクラスの台帳は俺が持っている。クラス担任だから必要に応じて持ち出していても問題ない。ちゃんと貸出手続きもしてあるからな。


 規定通り鍵付きの引き出しに入れてある。個人情報は厳重に扱わないといけないからな。


 だから、又貸しも禁止。俺が返却するまでヤツは閲覧できない。


 万が一、中沢にちょっかい出されると困る。


 ……結局分からなかった様子だが、主任のヤツ、腹いせなのか俺に書類仕事、押し付けやがった。


 一応上司命令の時間外労働。


 今週中に残業して片付けるか土曜日出勤して終らせろとか、ふざけんな。

 

 今日中に終わらせてやる。


 残業中に中沢からメッセージが届いていたけど、簡単な返信しかできなかった。


 その代わり、全て片付けた。

 

 翌日。

 

 


 『で、中沢はどこ行きたい? 映画? カラオケ?』


 確実に家にいる時間を狙ってメッセージを送信した。


 既読から返信まで1分。まあまあの反応速度だ。


『下心見え見えですよ。何で暗いところとか個室ばっかり選ぶんですか?』


 なかなか鋭い。まあ、これは、軽いジャブだ。


 土曜日が楽しみだな。フフフ。

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