せっかくのおしゃれを脱がせる前提で語らないで下さい!②
「でも、焦ったよ。てっきり遠藤が、ガードのために着物着せたのかと思って」
「ガード?」
「だって、着崩れたら大変じゃないか? 自分で着られなかったりしたら、さ。まあ、中沢はその心配ないみたいで安心したけど」
「ああ、初詣とかで着崩れしちゃって大変、って聞きますもんね」
「ああ。せっかくの新年デートなのに、脱がせられなくて悔しいって聞くもんな」
「ちょっ! なに言ってるんですか?!」
「その点、中沢は大丈夫だな。うっかり胸元とか裾とかはだけても……もしかして、帯くるくるゴッコとかもできるとか?」
「しません!」
時代劇で悪代官とかが娘さんをアレする場面の、『よいではないか』『あーれー』ってやつだよね……って、なに考えているんですか?!
「先生って、真面目そうな顔して、そんなことばっかり考えているんですか?」
「男は、スケベか、スゴいスケベの2種類しかないんだよ。そうでなくちゃ人類滅びる。草食系男子が増えて、出生率下がって、日本全体が大変な状況になっているじゃないか」
「真面目な話にすり替えないで下さい。先生は……」
不意に、千野先生は、人差し指を私の唇に押し当てて。
「今日は、それなし。名前で呼ばないと、バレる。そうだな、俺も中沢じゃなくて、サホ、っ呼ぼうかな。それとも、ちゃー、がいい?」
「……」
「サホ、でいい?」
唇を押さえられているのでモゴモゴしてしまい、私は仕方なくうなづいた。先生は、指を離して。
「俺は、どう呼んでくれる?」
「……リク、とか?」
「いいね。じゃあ、行こうか、サホ」
そう言うと、先生は……リクは私の唇に押し当てていた人差し指の先端を、わざとらしく自分の唇にチョンと押し当てて。
「まずは間接キッスでガマンしておくかな」
「……!」
赤面して言葉も出ない私の手を引いて。
バス停に向かって歩き出す。
バス停に着くと、ちょうどバスがきた。
バスは空いていて、リクは後部座席に私を誘導し。
……ずっと手は繋いだまま。
「これって作り帯じゃないよな。サホ、自分で締めたの?」
背中の帯を見て、リクが訊いてくる。
変わり文庫で、フリルのようなひだを片側に入れて、もう片側は長めに垂らしてある。
半幅帯だけだと難しいんで、帯締めで固定してある。
「はい」
「はい、じゃなくて、うん。今日はもっと砕けようよ」
「うん。……これは、遠藤先輩に教えてもらったの」
「あ、そうか。着付は遠藤、家業みたいなもんだしな」
「そう、すごいの。その気になれば花嫁衣裳の着付もできるんだよ」
「そりゃすごいな。もうプロじゃないか」
「リクも、着付上手なんだね。自分で着ていたよね?」
「まあ、自分の分くらいは」
「袴もちゃんと着けていたし、遠藤先輩もびっくりしてたよ」
「多少はかじったからな。大して役にも立たないと思っていたけど。案外使えるもんだな」
「リクって、いいとこのお坊ちゃんなの?」
「は?」
「先輩達が。小さい頃からそれなりの教育を受けてるって」
「……あいつら。ったく鋭いな。まあ、それなり、にはな。って言っても、傍流だし。一応念のため習っとけ程度に、な」
「ふーん」
「サホこそ、何でお茶を習っているんだ? 入門してるんだろう? 着付も? 和菓子屋だから?」
「着付は他所では習ってないよ。お母さんとお姉ちゃんに教わったの。あと、遠藤先輩に。お茶は、お師匠さまの、所作に憧れたから、かな。あんな上品な女性になりたいって」
「……その成果が、猿みたいに飛び上がって人を押し倒すのか?」
「言わないで! あれは事故なんだから!」
「まあ、おかげで、サホと衝撃の出会いが出来たからな。キスもいただいたし、結果オーライ」
「バカ! やめてよ! こんなところで」
幸い、他の乗客は前に固まっていて、聞こえていないみたい、よかった。
やがて、バスは桂山公園に到着した。




