お饅頭の交換条件がデートっておかしくないですか?①
入学式の翌週の火曜日(つまり来週)が、茶道部の新入生歓迎茶会の予定。
他の部活も日程は被るので、とにかく集客が大切。
遠藤先輩が説明したように、略式のお茶会を開くことになっている。
会場の作法室は、四畳半の茶室と十畳の広間に分かれていて、普段は茶室の部分だけを使っているんだけど、今回はそれではあまりにも狭い。
部屋自体は襖で仕切られているので、それを外すと、一つの広い空間になる。
そこに赤い薄い毛織りの敷物みたいな、いわゆる緋毛氈を敷いて席を作ろう、という話になっていたんだけど。
「……今年の新入生に何人お嬢様がいるか知らないけど、お前ら自分達を基準にしない方がいいぞ?」
遠藤先輩(とそれを影で操る高村先輩)に丸め込まれて、新入生歓迎会にお茶を立てる(お点前っていうやつ)ことになってしまった千野先生が、この計画を聞いて苦言を呈した。
これ以上いいように巻き込まれたくないから企画から付き合う、と言って、毎日放課後部室代わりの作法室にやってくる。
……結果的にめちゃくちゃ巻き込まれている気がするんだけど?
でも、顧問の先生が協力的なのは悪いことではないので、つっこまないでおく。
「どういうことですか?」
「緋毛氈敷くってことは、正座させる気だろ? 今時の子は、そんな場面嫌がるんだよ。お前らみたいに、入学前からお稽古ごとやっていて、正座が当たり前なんていう環境にいない子の方が今は多いんだぞ? もちろん、そういう家の子が入学する確率は他の学校より高いかも知れないけど。でも、ボーダーラインは低めにしておくべきだ」
「でも、入部すれば正座でお稽古することが多いんですよ?」
多いというか、ほぼそうなる。
今だって、先生がいるから皆正座している。
座布団は敷いているけど。
「入ったらいいんだよ。目的があれば何とか馴染もうとするし、努力もする。でも、最初から無理を強いれば、入部のきっかけすら失うかもしれない。まずは気軽に興味を持ってもらう方が大事なんじゃないのか?」
「それは、そうですけど」
「そうね。私達は当たり前に思っていたけれど、それが当たり前でない方に取っては、敷居が高いかもしれませんね」
高村先輩が千野先生の意見に賛意を示す。
「……一階の会議室、飲食可能だし、立礼式でできますね。パイプ椅子ではなくて、文化祭の模擬店用のベンチを借りてきて、緋毛氈と座布団敷けば雰囲気出ますし。長机にはテーブルクロス敷いて」
「そうだな。それに、そうじゃなくてもここは少し校舎から外れているし、まだ一階の方が入りやすいんじゃないか? 昇降口や通用門には近いから、帰りがけの生徒も引き込めるかもしれないし」
「ちょっと場所と備品借りられるか、確認してきます」
電光石火で遠藤先輩は、確認に行き……やや電光石火で戻ってきた。
「場所は大丈夫です。片付けと掃除に責任持てば良いと。ベンチもとりあえず6脚確保しました」
「早いな」
「ここは同窓会の管轄なので、1階に事務所があるんです。今日は水曜日で事務の方がいらっしゃる日だったのが幸いでした。伝統ある茶道部のためなら、と快諾していただいて」
「同窓会ってことは、卒業生か?」
「ええ。昨年度まで顧問をされていた松前先生の教え子の方で。近年の学校運営をやや苦々しく感じていらっしゃるそうです」
「……そうか。まあ、協力が得られるならありがたいな」
千野先生、何だか複雑そうな顔。
やっぱり学校関係者としては、批判されるのは面白くないのかな?
「お点前も椅子にしますか?」
「立礼卓は学校にはないから、長テーブルに何か敷いて、ちょっと季節が早いけど風炉を使いましょう。電熱式だから火の管理は心配ないし。鉄瓶でもいいけど炉が合った方が雰囲気出るでしょう?」
風炉は、夏秋用の炉のこと。炉は、亭主の席のそばにある小さな掘りごたつみたいな場所に据え置く湯沸し器みたいなもので、風炉は床の上に置くことが出来る。
暑い夏場は亭主やお客様から少し離れた場所でお湯を沸かせるように、移動式になってるのだ。
「今回は略式の体験だということで。足りない分は会議室の隣の給湯室でお湯を沸かせばいいわ。先生以外に給湯室でも二人で点てて、残る一人は先生専属で半東しましょう。茶碗は30客あるから、席は余裕を見て20席で。給湯室の担当は客数を見ながら交代でお運びしましょう」
高村先輩がすらすらと計画を立てていく。
ちなみに『半東』というのは、亭主のサポートをする役目。今回の立礼式だと、点てたお茶を運ぶウエイトレス的な役割、かな?
ついでに立礼卓は立礼式でお点前するための机。立礼式用の机(卓とか棚とかいう)には、他にも色々種類があるんだけど、炉が設置できて机の上面が畳になっている、移動式の点前空間みたいなもの。
「うちに古い帯でリメイクしたテーブルランナーがあるから、それ敷きましょう。そうだ、無地のテーブルクロスもあるから、それなら長机、全部覆えるわ」
遠藤先輩も負けじとアイデアを出していく。




