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運命的で片付けていいわけない! ①

「ちゃーちゃん、春の新作ある?」


 春休み。


 部室がわりに使わせてもらっている同窓会館の一室でポスターを描いてると、副部長の高村(たかむら)先輩が話しかけてきた。


「まだです。お彼岸(ひがん)までは、ぼた餅と桜餅」


「ちゃーちゃんとこは、道明寺(どうみょうじ)もあるんだっけ?」


「ありますよ。道明寺と長命寺(ちょうめいじ)、両方」


 道明寺と長命寺、どっちも桜餅の名前。


 粒感のある道明寺粉を蒸したもので餡を包んだ「道明寺」、水で溶いた粉を焼いて皮にした「長命寺」、どっちも美味しい。

 

 あ、ちゃーちゃん、と言うのは私の呼び名。


 本名は、さほ、と言うのだけど。


 もっと正確には、お茶の(とも)で『茶朋』と書く……だから「ちゃーちゃん」。 


 その名の通り、我が家はお茶の友、つまりお菓子作りを生業にしている。


 『菓子舗(かしほ)なかざわ』、と言うのが、うちのお店。



 私の入ってる茶道部(さどうぶ)や、小さい頃からお茶を習ってるお師匠さまの茶道教室が、お得意様になってる。


 というか、うちの店を贔屓(ひいき)にしてくださってるご縁で、私も入門したのだけど。


 お母さんがお師匠さまのお宅へお菓子をお届けに行くのについていって、そのまま一緒にお茶を習うようになったんだ。


 お茶に慣れないうちは、お師匠さまはお(うす)()てて下さったけど、何となく物足りなさを感じるようになった頃、初めてお濃茶(こいちゃ)をいただいて、その美味しさにびっくりしたっけ。


 お菓子で甘くなった口に、お濃茶の渋みがとっても清々(すがすが)しくて。

 甘いお菓子とお抹茶(まっちゃ)の美味しさに()かれて続けていた茶道だったけど……。


 その内、お師匠さまの所作(しょさ)()居振舞(いふるま)いの美しさ、何より優しくて気品のある笑顔が見たくて、お稽古(けいこ)に通い続けたんだ。


 いつか、私も、あんな女性になりたいなあ、なんて思いながら……。



「ちゃーちゃん!」


「はい?」


 先輩の慌てたような声に、私は暢気(のんき)な返事をした。


「それ……茶道部のポスター……よね?」


「そうですよ? ……あれ?」


 先輩の視線を追って、描いてる最中(さいちゅう)のポスターに目を落とす、と。


「茶道……明……あれ?」


 文字は下書きなしで、色画用紙にカラーペンで直接書いていたんだけど……。


「……私が道明寺の話なんかしたからよね、ゴメンなさい」


 優しい高村先輩は、申し訳なさそうにそう言ったんだけど。


「いえ、私がドジなせいです……すみません」


 うっかり者というか、落ち着きがないというか……大和撫子(やまとなでしこ)には程遠い、あわてんぼうで。


 これがキツイ遠藤(えんどう)先輩に見られたもんなら……。


「こらー! ちゃー! また紙無駄にして! あんたは何回同じ失敗したら気が済むのっ!」


 って、怒鳴られるところ……今、スゴいリアルに聞こえたんですけど。


「聞いてるの!? ちゃー!」


「はい! すみません!」


 いつの間に来たのか、遠藤先輩が、元々キツめの目をますますつり上げて私を睨んでいた。


 ひぃー。


「早く仕上げないと、午前中に生徒会の掲示許可もらえないでしょう!」


 今日は午後から新入生の入学前説明会があるんだ。


 その前に目につくところにポスターを貼って置いて、少しでも関心を持ってもらおうと、せっせとポスターを作っていたんだけど……。


「まだ3枚しかできてないじゃない! あんたの分担5枚でしょ! 紙も足りないし」


「まあまあ、えんちゃん、ちゃーちゃんも一生懸命なんだし……」


「……私、紙買いに行ってきまーす!」


 お小言が長くなりそうだったので、私はとっとと退散した。


「あ、ちゃーちゃん、紙なら……」


 高村先輩の声は聞こえない振りをして。

 遠藤先輩がヒスってるのは、何も私のせいばかりじゃないんだ。


 ……割合は多いかもしれないけど。


 新学期になって、新入部員が入らないと、廃部になっちゃうって、生徒会から通告(つうこく)されてるから。


 今は統合して共学になっているけど、元々女子校だったこの私立桜浜(さくらはま)高校(旧、桜浜女子高校)には、邦楽(ほうがく)部だとか華道(かどう)部だとか、割と古典的な部活動がある。


 でもどこも、人数が足りなくてヒイヒイしてる。


 今までは、古参の、主に女子校時代の先生方が、『桜女(さくらじょ)から続く伝統を守らなくては!』って頑張っておられたので、何とか生き残ってきたんだけど。


 去年、理事長が代替わりして、経営改革に乗り出したのね。


 経費削減の一貫で、非常勤講師として学校に残っていた定年後の古参(こさん)の先生方がまずリストラされて。


 部員が少ない部や実質活動してない部は、廃部にされてしまうことに。


 茶道部の顧問をされていた松前(まつまえ)先生もリストラの対象になってしまい、この3月で退職されてしまったんだ。


 一応活動はしている茶道部だけど、部員は新三年生の遠藤先輩と高村先輩、新二年生の私の三人だけ。


 もしあと二人、新入部員が入らなかったら廃部になってしまう……。


 おまけに今まで抜け穴的にやっていた掛け持ち入部も、厳密(げんみつ)に割合で計算することになってしまい……。



 私は今まで名前を貸していた華道部と文芸部を辞めなくてはならなくなってしまった。


 まあ、それはお互い名前の貸しっこをしていたから、後腐(あとくさ)れはないんだけど。


 だから。

 部長の遠藤先輩がイライラする気持ちは、スッゴいわかるんだ、けど。









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