保健室で古文の授業とか展開についていけない!②
「マジかよ? キスだけでこれとか……」
「……だって……こんな……ううっ……」
だんだんと目の焦点があってきて、先生の顔が見えた。
もう、銀縁眼鏡をかけ直して、乱れた髪の毛を撫で付けている。
いつの間にか背中に枕を当ててくれていた。
「そそるシチュエーションだけど、やっぱり保健室はマズイな。っていうか、お前、チョロすぎ。こんなに感じやすくて、俺の自制心がもたない。ほら」
そう言うと、先生はハンカチを取り出して、私の目元を拭いてくれる。
「あ、私、泣いて?」
「その度に泣くなよ。お前の泣き顔を見ると、罪悪感と征服欲に挟まれて、無性にムラムラするから」
「なっ……!? だって先生が、こんなことするから!」
「悪かったよ。まさか、俺もこんなにハマっちゃうと思ってなかったから。お前のことが心配で入学式抜け出したり、寝ているお前を見たら、ついキスしちゃって」
「……って! あれ? 指じゃなくて?」
「なんだ、意識あったのかよ?」
「だって、なんだか、ひんやりして気持ちいいなって……でも、夢うつつで……」
「気持ちよかったんだ? だったら、もっと他のところも触っておけばよかった」
「く、唇で?!」
「手で。何、口がよかった? 大胆だな、中沢は」
「ち、違います! どっちもダメです!」
「仕方ないな。正直、もう俺も、こういうのはキツイ。誰かに見られたら、と思うと、ヒヤヒヤして、燃えるけど、心臓に悪い」
「だったら、やめてくださいよ……」
「それはそれでガマンできない。学校ではガマンするから、外で会おう?」
「や、だ、だから、ダメです! 高校生が、そんなこと!」
「……ホント、マジかよ? この学校って、みんなお前みたいな天然記念物ばっかりなの?」
「そりゃ、先生みたいな人は、平気なことなのかもしれないけど! 普通は、そんな簡単に、できません!」
「うわっ、傷つく……俺って、そんなにチャラく見えるわけ? 俺から迫るのって、実は初めてなんだけど」
「え?」
「いつも、迫られるばっかりだったからさ。だから、ちょっと勘違いしてたかも。俺から迫れば、簡単におちるのかな、って」
「迫られる、だけ?」
「そう。いつも、逃げてばっかりなの。付き合ってもいないのに、いきなりベットに誘われたら、いくらヤリたい盛りの男でも引くよ? まあ、中には据え膳喰わぬは、ってヤってるヤツもいるみたいだけど。初めてはさ、やっぱり、シチュエーション、っていうか、ムード大切じゃん?」
「……先生が言っても、説得力、ないです」
「ひでぇな。まだ、キスしただけなのに。……っていうか、ちゃんとお前の言うこと聞いて、途中で止めてるし」
「最初から止めておいて下さいって言ってるんです!」
「それは、お前が悪い。初対面はいきなり押し倒されて、二回目は潤んだ瞳で見つめられて、今日は保健室で隙だらけ。むしろ、よくガマンしてるって誉めてもらいたい。俺が迫られてその気になったの、初めてなんだけど」
「誰が迫ってるんですか?!」
「無意識のタラシが、一番始末に悪い。そんな子供みたいな顔と思考で、誘う顔だけエロいって、俺は被害者だよ?」
「それはこっちのセリフです! 乙女のファーストキス奪っておいて! 人の心までグチャグチャにかき乱して! 夜も眠れないほど、夢にも出てきて!」
不意に、先生が手を伸ばした。
私は思わず身をすくめる……だけど。
「俺が夢に、出てきたんだ? やっぱり」
「そう、ですよ。本人はめちゃくちゃ意地悪なのに。夢の中では、優しく笑って……」
「そっか」
先生は、にっこり笑った。
まるで、昨日の夜に、夢に出てきた、あの優しい笑顔で。
「中沢の夢に、渡って行っちゃったかな? 俺の心」
「?」
「『思はぬに妹が笑ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居る』」
「百人一首……じゃなくて……」
「百人一首じゃないのは分かるんだ?」
「冬にかるたのクラスマッチがあるから、一応覚えないと」
「すげっ、やっぱり桜女だな。うん、百人一首には採用されていないけど。大伴家持。万葉集だな。意味は分かる?」
なぜ? 突然古文の授業?




