こんな自分が信じられなーい②
こんなにお父さんを尊敬している和菓子職人さんが、お店の跡取りのお姉ちゃんのお婿にきてくれるなんて、我が家としては万々歳なんだけど。
ゴメン、お父さん、意外とヤキモチ妬いてるのよ。
秀さんの技術なら、もう一人立ちできるってお母さん、言ってたもの。
他に引き抜かれる前に、早く身を固めてもらいたい、ってグチっていたの聴いてる。
「せめて、約束だけでもしてあげてよ。ただ待たされるのは、やっぱり不安だよ」
「……そういうもんですか?」
「そういうもんよ。秀さん、イケメンなんだし、余計に心配」
「俺なんかより、サエ……お嬢さんの方が、ずっと美人だし……」
ますます顔を赤らめてモジモジする秀さん。
サエ……茶映は、お姉ちゃんの名前。
お母さん、安心していいよ。
秀さん、お姉ちゃんにベタぼれだから。
ニマニマして見ていると、工場からお父さんの声が聞こえる。
慌てて真顔になって、工場に駆けていく秀さんを見送って、私も家に入る。店舗と工場のさらに奥に、自宅がある。お店が営業中だから、誰もいない。
私は自分の部屋に行き、制服を脱いでベッドに仰向けに寝そべる。
そう言えば、お姉ちゃんと秀さんも、年の差があるよね?
秀さんが製菓の専門学校を卒業して、しばらく大手の菓子工場で働いてから22歳くらいでお店に就職して。
その頃お姉ちゃんは、高校生になったばっかり、15歳?
それでも6、7歳差か。
千野先生と私と、そう変わらない。
……って、思い出しちゃった!
高村先輩のひいおじいさまの話をしたり、秀さんをかまっていて、せっかく忘れていたのに。
また、あの言葉がリフレインしてきた。
こんな風に、仰向けになって、先生が私に覆い被さって……うわっ! 情景までよみがえってきちゃった!
あんな、いきなりの、乱暴な……でも、熱っぽい、眼差しで……って、情景まで脳内補正されてる!
あの時、そんなこと観察している暇なかったから!
とにかく逃げようと必死だったんだから!
でも。
何で、私、遠藤先輩に言わなかったのかな?
恥ずかしいから?
言えば案内を命じた先輩が自分を責めるから?
茶道部の顧問がいなくなっちゃうと困るから?
ううん、違う。
そんなんじゃない。
違わないけど、違う。
それらを含めて、知られたくなかったから、だ。
もし、千野先生が生徒を押し倒して無理やりキスをした、なんて知られたら、学校を辞めさせられちゃうかもしれない。
そこまでいかなくても、担任や顧問からは外されるかも。そうしたら、先生居づらくて辞めちゃうかも。
イヤだ!
千野先生に会えなくなるなんて。
あんな目に遇わされたのに。
あんな無理やり、唇も、体も触られて。
なのに。
……こんなに、好きなんだ、先生のこと。
クリーニング代や口止めのためにキスしたくせに。
それが「間違い」とか「失敗」とか言うくせに。
でも。
先生も、私のこと、好きになった?
『この俺が、思わずキスしてしまうなんて、おまけに忘れられなくなるなんて』
『次は、もう自分を止められない』
だからこれは違うって!
……でも、大筋は合ってるよね?
そのあと。
お夕飯を食べても。
お風呂に入っても。
ベッドに入って電気を消しても。
先生の声と顔が何度もよみがえってきて。
やっと、うつらうつらすると、実際とは違う、思い切り優しい笑顔が夢に出てきて。
何度も、優しくキスをして。
そのたびに、私は恥ずかしくて、飛び起きて。
全然眠れなかった……。
最悪。
何が最悪って。
こんな寝不足の隈ができた顔で学校に行かなくちゃいけないのが、最悪。
その理由が。
先生にこんな顔見られたくないから、だなんて。
こんな自分が信じられなーい!




