悪魔の囁きに違いない②
「……口止め、完了」
急に体が軽くなる。 私を押さえ込んでいた千野先生が、体を退かし、そのまま胡座をかいた。
私は呆然として、先生を見つめた。
メガネをはずし、ボサボサになった前髪を手ぐしで整えている先生は……紛れもなく、あの。
私のファーストキスを奪った……。
「何? 続きしたかった?」
ついッ、と手を伸ばして、私の首から胸元に指を這わせる。
ダイレクトな感触……見下ろせば、リボンタイがほどけて、ブラウスのボタンが、ブラが見えるほど外れていた。
「キャア!」
あわてて胸元を隠すように身をすくめた。
「いや、思ったよりフクフクしていて、中々抱き心地いいなあ」
意地悪く笑う先生。
「な……何で……」
「だってお前、めちゃくちゃ俺のこと見てんだし。余計なこと言いふらされる前に、口止めしとこうと思って」
「言いふらすって……そんなこと!」
出来るわけないじゃない!
先生と……キスしちゃったなんて!
「多分、な。その様子じゃいらぬ心配だったみたいだけど」
……そんなことで?
……そんな理由で、こんな、ヒドイこと!
「……ほら、またそんな顔する」
睨み付ける私に、先生は笑いかける。
意地悪で……それでいて、ドキドキするような、艶めいた笑顔。
「お前、表情くるくる変わんのな……ガキみたいな顔してるくせに」
不意に、先生は身を乗り出した、私の方に。
急に顔が近くなって、逃げるより先に、見入ってしまった。
息を吐いたら、先生に届いてしまいそうで、私は思わず息を止めた。
「……俺が見つめると、こんな顔しやがって……」
「……」
声も出せないまま、金縛りにあったみたいに身動ぎしない私の顎に、先生の指が触れる。
冷たい、指。
顎から頬へ、それから唇へと指先でなぞられても、私は身動き出来なかった。
冷たい指先なのに、なぞられた所が、熱い。
……ゾクゾクする。
パチン!
突然、目の前で手を打たれて(いわゆる猫だまし?)、私は我に返った。
「中沢……お前が泣くから止めたのに、俺を挑発するな」
「な! 挑発って!」
「さっき言ったのは、半分ホント……半分は、嘘だ」
「え……?」
さっきのって……口止め、ってやつ?
先生は髪を何とか整えて、メガネをかけ直した。
「そもそもお前にキスしたのが間違いだ……俺としたことが、大失敗だよ」
「大失敗、って……」
あんまりじゃない!
「おまけに、その味が忘れられなくなっちまうなんてな」
……?
「今度俺をその気にさせたら、泣いても止めないからな。覚悟しとけよ」
は?
「中沢は脱いだらスゴそうだから、楽しみだな……あ、くれぐれも、他の男にあんなエッチな顔を見せんじゃないぞ」
は……?
はあぁ?
颯爽と立ち去る先生の後ろ姿を見るともなしに見ながら、私は呆然としていた。
今度、って、何?
何を楽しみに、してるって?
脱いだら?
エッチな?
!
……カアーッ!
頭の中で、先生のセリフが再構築された途端、私は顔が熱くなるのを感じた。
うそぉ?
うそだぁ!
『この俺が、思わずキスしてしまうなんて、おまけに忘れられなくなるなんて』
『次は、もう自分を止められない』
って、違う!
セリフ違うから!
都合よく脳内変換されたセリフが、先生の声色で、頭の中でリフレインされ続ける……いやぁ!
こんなの!
こんなの!
悪魔の囁きに違いなーい!




