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アーリーバード  作者: 八坂ぶん
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出会いとジャンクデータ

吐き気がする。少し日に当たりすぎたのかもしれない。


春の麗らかな光が太陽から、水面から地面から葉面の一枚一枚から、自分に向かって降り注いでいる。

水の揺らぎに煌めく力強い白、暴力的なほどに赤い大ぶりの花。

厳しい冬を超えてきたたくましいすべての生命力が、今にも襲い掛かってきそうな感覚に覆われて、シーナは半ば逃げ込むようにして木陰に入った。

ひといき、自分に言い聞かせるようにため息を吐く。

ふと、目の前で飛び立った蝶につられ光熱の源を遮っている大樹を見上げると、厚みのある濃い緑と柔らかそうな淡い緑が入り混じり、光を受けてそれぞれの輪郭を輝かせていた。


綺麗だなと思う心は確かにある。しかし、この息苦しさは解消されない。


髪を纏めていたせいで、先ほどまで太陽に晒されていた首が熱を持っていた。ぬるい手のひらを当てると、ほんの少しだけそれが和らぐ。つめていた紐を解くと、先ほどまで凪いでいた風がふわりとその髪を広げた。木の葉とは違い、太陽に透かすとその光に消えてしまいそうになる自分の淡い金髪が、分厚い樹冠を掻い潜って届いた少しの光を吸い込んで、揺れる。


おれは大丈夫だ、たぶん。


大きく息を吸い込み、再び太陽の降り注ぐ世界に足を踏み出した。地図の役割のみを持つ端末を覗き込む。自分の居場所を中心として変わる表示と、目の前に広がる見慣れない住宅や植物を改めて見比べた。目指す場所はもう見えている。

見えてはいるものの、あとどれくらい歩けばたどり着くのかは検討もつかなかった。

シーナの住む園――ルミナでは、全域に張り巡らされた通信インフラが自動運転の車でどこへでも連れて行ったし、距離と速さを計算してほぼ正確に到着時刻をはじき出す。

こんな不安な気持ちで移動するのも、こんな日差しの中を自分の足で歩くのも、本当に久しぶりのことだった。


しかし本当は、この不調が、たかが数時間迷い歩いたことや日光に当たったせいなどでないことは、わかりきっている。ただでさえルミナのネットワークを支える信号が弱っている今、離れたところから園を支援しなければならないこの負荷に、体が悲鳴をあげているのだ。



多くの人は、通信範囲を単位とした園と呼ばれるコミュニティの中で生活している。

その通信は、園主の脳波を利用して展開されるものだ。

シーナの属するルミナは、今から十数年ほど前、母と再婚した男が開いた園だ。

シーナは、園主である養父に言われて、園が開設された八歳の頃からルミナの通信の一端を担っていた。

ほんの手伝い程度にすぎなくても、通信の不安定さは体の不調につながる。逆もまたしかりだった。


現在、ルミナのネットワークを支える信号が弱っている理由はわからない。

しかしその減衰は、歳を追うごとにだんだんと酷くなっているようだった。

園主には、いま自分が園を離れることで懸念されるネットワークの不安定さを進言した。しかし、園主である自分はもっと大変な思いをしているのだと声高々に言われてしまえば、その一部の手伝いをしているに過ぎないシーナは、口をつぐむ他なかったのだ。


そのような状況でなぜこうして自分の園、ルミナを離れることになってしまったのか。

それは、来月に控えた大規模な天体イベントのせいだった。


おおよそ四年に一度、たくさんの彗星が太陽系の内側に入り込んでくる日がある。

それはこの地域の空では肉眼で十分見えるほどの明るさで煌めき、見るものを圧倒させる。地上からでも見つけることができるのだが、ルミナの西に位置する山の頂から見上げれば、それはもう美しく幻想的な光景が広がるのだという。

そんな噂にいち早く目をつけた養父――ルミナの園主は、大々的に観光地として客人を誘致した。それが大当たりして、四年に一度のこのイベント時には、遠くの園からも人が押し寄せる事態となっている。そこでルミナを気に入ってくれた人がそのまま園に加わることも多く、いつしかルミナは、この辺りで一番大きな園となっていた。


しかし、その天体イベントの人気ぶりこそが悩みの種なのだった。

前回、これまでと比べ物にならないほどの人がルミナに訪れた。人はもっとも強い信号を使い、所有の端末をネットワークに繋ぐ。当然、ルミナにいるのならばルミナが最も安定したネットワーク環境を提供するのだから、訪れた人は皆ルミナのネットワークに接続する。

そうして、ただでさえ広大な土地に多大な人口を有するルミナの維持に加え、観光でやって来た大勢の人のネットワークも構築するようつとめていた結果、シーナは高熱と猛烈な吐き気に見舞われて倒れることになった。そのイベント中の二日間は何とか乗り切ったものの、現在の調子が思わしくないこの状況で、さらに四年前よりもたくさんの人間が訪れることが予想されるこの状況で、いざとなれば何とかできるだろうと構えていられるような余裕はどこにもなかった。幾度となく園主に対策を懇願した結果、最も大勢の人間がやって来ると思われる隣の園の人間に、ルミナではく自分の園のネットワークを使用するよう頼むという話にようやくまとまった。

園主はシーナに、自分の失態なのだから自分で頼みに行きなさいと言い放った。シーナは自分が離れることでルミナのネットワークが不安定になるのではと心配だったのだが、そんなことは言い訳だと園主には一蹴された。私の方が、体調を悪化させてまでこの園に尽くしているのだと叱られ、シーナは身を固くしながら隣の園、サイレンス行きを応諾した。


正直たどり着ける自信などなかったが、騙し騙し一歩ずつでも進まなければならなかった。

でもそれも、無駄ではなかったのだ。

面会承諾の返事と共に送られてきた端末も、到着を告げている。

シーナはディスプレイから顔を上げ、目の前に立ちはだかる大きな建物を眺めた。ここに約束をしたサイレンスの園主がいるのだと思うが、少し小高い丘に建っている以外は、たどり着くまでに見た住宅とさして変わりがないように見える。自分の園――ルミナでよく見る高層の建物とは全く違う、二階建てほどの家屋だ。客が来るから開けているわけではなさそうな、長年動かされていないように見える門をくぐり、綺麗な石の断面を思わせる模様のロータリーを歩いた。エントランスへの入り口の脇に、車が数台停めてある。ルミナにある自動運転の車、いわゆるロボットカーとは異なり、小さい頃に見た、人が運転する車に似ていると思った。


本当に、違う園に来ているんだ。

シーナは早すぎる達成感でもって、見慣れない建物の呼び鈴を鳴らした。


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