王太子は諦めない 4
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部屋に帰って、改めて手紙を読み返しても、兄の手紙は意味不明だった。
侍女のパールが用意してくれたお茶を飲みながら、アンリエッタは眉を寄せる。
「王太子殿下が逃亡ってどういうことでしょうか?」
パールが不思議な顔をしている。
「公にはなっていないけど、今回の婚約破棄の件で、殿下はお城で謹慎が言い渡されていたの。だからたぶん、お城から抜け出したってことだと思うんだけど……謎すぎるわ」
ジョルジュには謹慎が言い渡されていたが、王太子の身分が取り上げられたわけではなかった。おとなしくしていればそのうち謹慎も解け、セフィアとの婚約も発表されて、何事もなかったような日常が戻ってくるはずだった。それなのになぜ逃げ出したのだろう。そんなことをすれば、アンリエッタの祖母も、宰相も怒り狂うに決まっているのに。
さすがに王太子を罪人のように追い回すことはできないので、騎士団あたりが捜索に乗り出すことになるだろう。アンリエッタの次兄が騎士団に籍を置いているが、おそらく今頃は、余計な仕事を増やされたと激怒しているはずだ。
(たくさんいるらしい恋人の誰かにでも会いに行ったのかしら?)
そうだとすると、愚かとしか言いようがない。
婚約者でなくなったジョルジュのことなどアンリエッタが気にする必要はどこにもないが、長い付き合いだからか完全に無視できないのが癪だ。
(お兄様はたぶん、わたしが殿下の行きそうなところに心当たりがないかどうか知りたかったんだろうけど……全然わからないわ)
思えば、婚約していたときも、アンリエッタはジョルジュにあまり干渉してこなかった。妃教育で忙しくて、ジョルジュの行動まで気にしていたら回らなかったからだ。放っておいてもジョルジュは勝手にアンリエッタに会いに来ていたので、関係性は特に問題なしと判断していたこともある。今回の婚約破棄やら後宮計画の騒動は、それが完全に裏目に出てしまった結果だった。
アンリエッタは机に向かって、長兄に宛てた返信を書く。
――お兄様へ。ジョルジュ殿下の行動はわたしにはわかりませんが、殿下は恋人をたくさんお持ちのようですので、その誰かのところかもしれません。殿下の恋人については殿下の側近のデニールなら何らかの情報を持っていると思います。殿下はどこに行くにもデニールを一緒に連れ歩いていましたから。
アンリエッタは短い手紙をしたためて封をすると、それを持って部屋の外に出た。
兄の手紙が先ほど届いたのなら、まだ、ソルフェーシア伯爵家の遣いのものがいるはずだ。
廊下でエルビスを捕まえて確認すると、案の定伯爵家の遣いは残っていたので、彼に手紙を持ち帰ってもらうことにする。
エルビスが渡してくれると言うので彼に手紙を預けて、やれやれと息をついていると、服を着替えたリシャールがやってきた。
「伯爵家の遣いは何だったの?」
「それが、殿下がお城から逃げ出したらしいです」
「ジョルジュが?」
リシャールは目を丸くして、それからぷっと吹き出した。
「またやらかしたものだ! これは兄上の脳の血管が数本切れただろうなぁ」
リシャールの兄上とは、宰相であるアルデバード公爵に違いない。
「殿下はいったい何がなさりたいんでしょうか?」
「さあ、それは私にはわからないな。ただ、はたから見ると無茶苦茶に見えても、ジョルジュにはジョルジュなりの考えがあって、その思考に乗っ取って行動しているんだろうけど、その思考が共有できるようなものであれば、誰かしら理解が及んでいるはずだからねー。ほら、バカと天才は紙一重と言うだろう?」
「そう言い方ですと、ジョルジュ殿下が天才と言っているように聞こえますが」
「天才と言うわけじゃないけど、一応ね、昔からジョルジュの突拍子もない思い御つきや行動は、意味不明に見えて理屈は通っているんだよ。ただ周囲が理解を示さないだけで。もちろん私も共感はしないけど、ただの理屈として考えるなら、筋は通っていることが多い。ただ、本当の天才は、その一見意味不明な理屈を周囲に理解させることができるから天才なのであって、それができないからジョルジュはダメなわけだけどね」
「はあ……つまり?」
「平たく言うとお馬鹿さんだから、一般理論から外れるお馬鹿さんの行動は、一般理論をもとに行動している私たちにはわからない」
「つまり結論、わからないってことでいいんですね?」
わかりにくくいってみただけで結論は変わらないんじゃないかとアンリエッタがあきれると、リシャールはお茶目にも片目をつむって見せた。
「違うよアンリエッタ。常識というものをすべて取っ払って考えると、案外答えは近くに転がっているかもしれない」
アンリエッタはますます意味が解らなくなって首をひねった。