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王弟殿下はマイペースなお方です 3

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 エヴィラール公爵領にあるリシャールの邸に到着すると、アンリエッタは彼から苦笑付きで迎えられた。


「いらっしゃい、アンリエッタ。伯母上から聞いたが、いろいろ大変だったようだね」


 どうやら祖母は、アンリエッタが行くと連絡を入れるついでに、ジョルジュとの一件をリシャールに説明したようだ。


 エヴィラール公爵領で一番大きな町が見たわせる丘の上に存在する大きな公爵邸には、リシャールと執事、それから十人ほどの使用人が暮らしているらしい。


 自ら玄関まで迎えに出てきたリシャールは、少し長い銀髪を首の後ろで束ねて、いろんな色の絵の具がべったりとついたエプロンを身に着けていた。下に着ている白いシャツの袖もとにも、赤や黄色、青といった絵の具がついている。直前まで絵を描いていたのだろうか。


「こちらこそ急に押しかける形になってしまって申し訳ありません」

「いや、気にしてないよ。伯母上の妙な思い付きは昔からだからね。まさか次に送られてきたのが自慢の孫娘だとは思わなかったが」

(次……?)


 アンリエッタが首をひねると、リシャールは、今までもここに何人もの女性が送られてきたのだと教えてくれた。


「伯母上は私に早く妻を娶らせたいらしくてね、一、二年に一度はこうして誰かを送り込んでくる」

「まあ、それは……」

(うちの祖母が、大変なご迷惑を……)


 祖母は、父や伯父家族のみならず、リシャールにもおせっかいを焼いていたらしい。

 しかしリシャールは気にしていないのか、くすくすと笑いながらアンリエッタをダイニングに案内してくれた。


「王族たるもの子供を儲けるのも務めとかなんとか言ってね。まあ、見ての通りのんびりしたところだから、大抵のご令嬢は退屈になって一か月と経たず帰ってしまうんだけど、好きなだけいてくれていいよ」

「はあ……」


 とりあえず迷惑がられていないようなので、アンリエッタはホッとする。


 エルビスと名乗った執事が、アンリエッタのためにお茶を用意してくれる。パールはその間、邸のメイドにアンリエッタの部屋を案内されていた。アンリエッタがお茶を飲んでいる間に持って来た荷物を片付けるのだ。


 リシャールが当たり前のように絵の具で汚れた服のまま椅子に座ったが、ここでは常時この様子なのか、エルビスは眉を顰めたりしなかった。


「そうそう、伯母上から聞いたんだが、うちの甥っ子は後宮計画を立てているんだって? 面白いことを考えるものだね」

「……陛下が泡を食っていらっしゃいます」

「だろうねえ。そんなことをしようものなら大臣たちも黙っていないだろうし、公的にそんな発言をしようものなら、世継ぎから外されるんじゃないかなー。いやー、びっくりだね」


 びっくり、ですまされる問題ではないが、リシャールはのほほんと笑っている。


「君にも迷惑をかけたようですまなかったね」

「いえ、わたくしはいいのですけど……あの、差し出がましいようですが、本当に殿下が後宮をお作りになったら大変なことになると思うのですが、そのあたり、大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、大丈夫だよ。できっこなから。そもそもそんな無駄な予算が出るはずないからね。国王と言えど議会の承認がなければ無駄な予算は割けないよ。だからせいぜい外で浮気するくらいで終わると思うよ」


 次期国王が外で堂々と浮気するのもまた問題だと思うのだが。


「それに、あんまり手が付けられないようなら、うちの次兄が黙ってないだろうし」


 次兄、というと、宰相を務めている王弟クラウス・アルデバード公爵で間違いないだろう。穏やかな国王陛下と真逆の厳しい性格の人で裏では「氷の貴人」と呼ばれている。何度か会ったことがあるが、笑ったところはほとんど見たことがない、まさしく「氷」のような人だと思った。


 なるほど、ジョルジュが馬鹿なことを言い出してどうしようかと思ったが、確かに彼の愚かな計画が現実になる可能性は限りなく低そうだ。


「次兄が本気でジョルジュの根性を叩きなおしにかかったら、あの子、自殺するんじゃないかなー?」

「え!?」

「そうならないように陛下が守っているんだろうけど、どうにも無理なら次兄に売り渡すだろうね。まあ、それで性格が矯正されるならいいんじゃないかなー。ただ、やりすぎで廃人にならにといいけどね」


 あははーとリシャールは能天気に笑っている。その様子ではジョルジュのことはこれっぽっちも心配していないようだ。


「そう言うことだからジョルジュのことも国の将来もアンリエッタが気にすることじゃないよ。君はここでのんびりして疲れた心を癒して帰りなさい。ジョルジュのせいで疲れがたまっているだろう?」

「あ……」

(そっか、だから……)


 ジョルジュのことも国のことも「大丈夫大丈夫」とリシャールが笑い飛ばしたのは、アンリエッタをこれ以上ジョルジュや国のことで煩わせないようにと言う配慮からなのだ。

 能天気に笑っているように見えて、どうすれば相手の心が軽くなるかを考えている。


(……おばあ様がリシャール様を選んだ理由がちょっとわかったわ)


 リシャールは「気遣える大人」だ。しかも、相手を気遣っていると、相手になかなか悟らせない気配りのできる大人。


(そう言えばいつだったか……おばあ様が言っていたことがあるわ。リシャール様と陛下の年が離れていてよかったって。年が近かったら、玉座にはリシャール様がついていたかもしれないって)


 だからリシャールは、成人してから王都に寄りつかなくなったとも聞いた。リシャールを推す勢力はまだ根強く残っているから、彼は国政から遠ざかる道を選んだ。兄のために。


(……はあ。リシャール様を口説けとか、絶対無理な気がしてきたわ)


 リシャールのことだ、祖母狙いには気づいているはず。

 そのうえで「のんびりして疲れた心を癒して帰りなさい」と言ったということは、すでに相手にされていない。


(まあいっか、休暇だと思ってのんびりしましょう)


 口説けと言われても相手にされていないのならば仕方がないと、アンリエッタは暢気に考えた。




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