エピローグ
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それから半年後――
ジョージル三世の退位と、それに伴うエルネスト前国王の復位の儀式が冬の澄んだ青空の下、執り行われることになった。
リシャールと正式に婚約し、春に執り行われる予定の結婚の日を待つばかりとなっていたアンリエッタも、リシャールとともにその儀式に参加した。
今日より三か月前、謹慎の解かれたジョルジュはアンリエッタのもとに来て、これまでのことを謝罪してくれた。ジョルジュの辞書に「謝罪」という言葉が存在していたのかと驚いたアンリエッタだったが、いつもの能天気な顔ではなく、本当に反省している様子の彼の顔を見て、ジョルジュも少し変わったのだなと感じたものだ。
「この期に王都に戻って来い」
リシャールとともに最前列で儀式を見つめていたアンリエッタは、リシャールの隣に立っている宰相クラウス・アルデバード公爵の声を聞いてちらりと横を見る。
「父上が復位なさるのなら、正直、私だけでは荷が重い」
「クラレンス兄上は?」
「早々に逃げられた」
「じゃあ、ジョージル兄上と二人で頑張ってください」
「……少しは手伝おうと言う気はないのか」
リシャールはちらりとアンリエッタを見て、ちょっとだけ笑う。
「そうですね……たまになら、いいですよ」
自分で言ったくせに、予想外の答えが返ってきたとクラウスが目を見張った。
アンリエッタも驚いていると、リシャールがそっとアンリエッタの頬を撫でながら言う。
「だってアンリエッタも、たまには王都に戻りたいだろう? だから社交シーズンの間は、少しなら戻って来ようかと思ってね」
あれほど王都に戻りたがらなかったリシャールが、自分からたまになら戻ると言った。
リシャールの中の小さな変化を感じ取って、アンリエッタは微笑む。
昔、家族と距離を取ることを選んだリシャールは、もう一度家族と向き合おうとしているのだ。
クラウスが暫時言葉に詰まって視線を彷徨わせ、それから困ったように笑う。氷の宰相が微笑んだところをアンリエッタははじめて見た。
「少しならと言わず社交シーズンの間くらいずっといろ。エリクの教育のこともある。父上が見るとは言ったが、あの甘たれではどう転ぶかわからん。万が一教育に失敗して私の子に白羽の矢が立つのは避けたいところだ」
「ああ、あの子は優秀だから、それもいいかもしれませんね」
「冗談じゃない。我が家の大事な跡取りだぞ」
「可愛い息子に重責など負わせたくないと、正直に言ったらどうですか?」
「うるさい」
クラウスは途端に仏頂面になった。
「第一お前も他人ごとではないはずだ。エリクの教育に失敗した場合、お前の子が担ぎ上げられる可能性もあるんだぞ」
「まだ結婚前なのに子供の話をされてもね。……まあ、もしもそんなふざけたことを言う人間がいたなら、私は全力で潰しに行きますけどね」
「お前が言うと冗談に聞こえない」
「本気ですから。……さて、そろそろお喋りをやめないと、父上が睨んでいますよ、兄上」
リシャールの一言で、クラウスはぴたりと口をつぐんだ。
王の証であるレガリアを手に、エルネストが口を開く。
エルネストの復位宣言が、青空の下、朗々と響き渡った。
「さて、アンリエッタ。父上に大目玉を食う前に逃げようか」
エルネストの復位の儀式が終わるや否や、リシャールがアンリエッタの手をつかんで会場からそそくさと逃げ出した。
このあとも仕事のある宰相クラウスが「こら待て!」と声を上げるが、リシャールは知らん顔だ。
「よかったんですか?」
「いいのいいの。昔から父上に怒られるのは兄上たちの役目だからね」
アンリエッタは途端にクラウスたちが哀れに思えたが、楽しそうなリシャールの横顔を見ていると、まあいいか、という気になってくる。
「夜の祝賀パーティーには顔を出さないとうるさいだろうけど、それまでどこかで時間でも潰そうか。君とゆっくりできるのも久しぶりだからね」
「そうですね」
祖母からリシャールのことを諦めるという一言をもぎ取ったあと、アンリエッタは一度リシャールのいるエヴィラール公爵邸に戻ったが、結局すぐに王都に戻る羽目になった。
リシャールとの婚約は整えられたものの、結婚式前に一緒に住むものではないと祖母に怒られたためだ。
自分からリシャールのもとに行かせておいて何を今更と思わなくもなかったが、祖母の言うことは世間の常識でもあったので否は唱えなかった。
この半年、手紙のやりとりをしたり、リシャールがたまに王都に会いに来てくれたりしてすごしていたが、リシャールが来るとクラウスが城での仕事を手伝わせようとするので、それを嫌がった彼はあまり長期滞在をしなかった。だからリシャールとゆっくり過ごせるのは久しぶりだ。
会場の外に待たせていた馬車に乗り込み、王都にあるエヴィラール公爵邸へ向かう。
今まで滅多に王都に戻らなかったリシャールの邸は、庭にはあまり植物がなく、邸の中にも家具がほとんどない殺風景なところだったが、ここ半年、アンリエッタに会いに王都に来るようになったため、きちんと手入れをすることにしたらしい。
冬なので花は少ないが、以前とは比べ物にならないほど美しく整えられた庭。
馬車を降りると、リシャールについて王都に来ていたエルビスと使用人たちが出迎えてくれる。
暖炉で温められているダイニングに入り、温かい紅茶で一息ついて、リシャールがぽつりと「ここにもアトリエを作ろうかな」と言い出した。
アトリエを作ると言うことは、リシャールが王都に長期滞在する気になったことを差している。さきほど社交シーズンの間は王都に戻ってくると言っていたが、本気だったようだ。
「そうすれば王都でも落ち着いて絵が描けますね」
「それもあるけど、ここを使うのはほとんど冬になるからね。外だと君が寒いだろう?」
「?」
言われた意味がわからずアンリエッタが首を傾げると、リシャールが目を細めて微笑む。
「私は君の絵が描きたいからね」
(!)
驚いて瞠目すると同時に顔に赤く染まる。
リシャールはそんなアンリエッタに笑みを濃くすると、「少し待っていて」と言って席を立った。
一度ダイニングを出て戻ってきたリシャールは、小さな長方形の紙片を手にしている。
「これを君に。新しく描いたんだ」
差し出されたので受け取れば、それはしおりだった。兎の絵が描かれたしおり。だけど、描かれていた兎の絵は、「迷子のウサギ」に挟まっていたものとは別のもの。
童話の中で白兎が手に入れた新しい家族のすぐ隣に、白兎が失った家族が描かれている。お互いの家族が見つめ合い微笑み合う、優しい優しい絵。
顔を上げると、リシャールがしおりを持つアンリエッタの手をそっと握って、真剣な顔をした。
「アンリエッタ。君のおかげで、完全に壊れるかもしれなかった兄との関係が壊れなかった。本当に本当に感謝しているんだ。でも私は欲張りだから、私だけの家族もほしい。……順番が逆になってしまったけれど、アンリエッタ、私の、私だけの家族になってくれる?」
いつになく真剣な紺色の瞳。
アンリエッタはリシャールの瞳と、それから手元にしおりを順番に見て、そして笑った。
「もちろんです」
――いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
そんな一言で締めくくられるような幸せな家族にきっとなれると、アンリエッタは確信している――
お読みいただきありがとうございます!
これにて本作は完結となります。
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新連載開始しました!
本作に出てくる宰相クラウスがヒーローです。
また、ちびっこ(?)リシャールも登場します。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
「憧れの冷徹公爵に溺愛されています」
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どうぞ、よろしくお願いいたします。