リシャールのために 3
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
ある人からの返事を待って、アンリエッタはリシャールを置いて一人王都へ戻ってきた。
これからしようとすることを考えると足がすくみそうになる。
けれども、これはアンリエッタにしかできないことだ。
ソルフェーシア伯爵家に帰ると、アンリエッタは挨拶もそこそこにすぐに服を着替える。パールに髪を結ってもらい、国王陛下に謁見するときのような完璧な姿で、アンリエッタは再び馬車に飛び乗った。
向かう先は、グリュノ公爵邸。
祖母イザベラのもとだ。
公爵邸を訪れると、すでに伯爵家から遣いが言っていたようで、執事からイザベラがサロンで待っていると告げられる。
サロンへ向かうと、年を取って幾分色が薄くなった金髪に、アンリエッタと同じ美しいサファイアのような瞳を持った祖母が、背筋を伸ばして座っていた。
「アンリエッタ、人の元を訪れるときは、事前に都合を確認して予定を押さえてからいらっしゃい。急に来られても困りますよ」
開口一番に叱られて、アンリエッタは「申し訳ありません」と頭を下げる。
「でも、おばあ様がここにいらっしゃることはわかっていましたから。わたくしを待っていたことも」
「ええ。それは認めましょう。けれど、わたくしが待っていたのはあなただけではなく、あなたとリシャールのなのですけれどね」
リシャールはどこだと訊ねられ、アンリエッタは緊張で冷たくなった指先を手のひらに握り込み、にこりと微笑む。
「リシャール様はいらっしゃいません。彼は、王になりませんから」
きっぱりと言い切ると、祖母の青い瞳がすーっと細まる。
年を取ってなお衰えることのない気迫に心臓がぎゅっと握りつぶされるような錯覚を覚えながら、アンリエッタは落ち着いて、できるだけ優雅にソファに腰を下ろした。
「どういうつもりですか、アンリエッタ」
「おばあ様のご期待に沿えず申し訳ございません」
「謝罪しろと言っているのではありません。理由を説明しろと言っているのです」
ぴしゃりと言われて、アンリエッタは奥歯をかみしめた。落ち着け落ち着けと何度も自分に言い聞かせて口を開く。
「リシャール様が王になることをお望みでないからです。おばあ様もご存知でしょう」
「望む望まないは関係ありません。一番能力の高い王子が玉座につく。それが道理です」
「そうだとしても、わたくしはリシャール様の気持ちを優先いたします」
細く息を吐きだしたアンリエッタはまっすぐにイザベラを見返した。表情が抜け落ちた冷たい祖母の顔。相当怒っているのだろう。けれど、アンリエッタの話を聞く姿勢は崩していない。だからまだ、交渉できる。
アンリエッタは大きく息を吸い、持参した一通の手紙を掲げて見せた。
「もちろん手ぶらでは来ておりません。わたくしが用意できる最大の材料は持ってきました。それは今からご説明します。だからどうか、リシャール様を諦めてください」
イザベルはアンリエッタの持つ手紙の封蝋を見てピクリと片眉をあげた。
けれども反論はせず、顎を引くようにして頷く。
「いいでしょう。わたくしが納得できるだけの材料をあなたが用意できているのならば、わたくしはこの件から手を引きます。けれど、納得できなければ、リシャールは王に、あなたは王妃になっていただきます」
「……はい」
どちらにせよ、イザベラを納得させられなければどうしようもないのは、アンリエッタもわかっている。
アンリエッタはごくりと唾をのみ込むと、覚悟を決めて口を開いた。




