リシャールのために 1
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本当に婚約するかという問いに答えは返せなかったが、結局二週間、アンリエッタはそれに対して沈黙を貫いた。
正直何が何だかわからなくて、でも、リシャールと婚約するのを嫌だとも思えなくて、そんな自分に一番戸惑って――また、いつものように流れに身を任せてしまった。
アンリエッタはいつもこうだ。
自分のことなのに、なかなか自分で決められない。
そんな自分に何度目かのため息をついた時――王都にいる祖母から手紙が届いた。
手紙は、アンリエッタとリシャールの二人に宛てたものだった。
エバンスから手紙を渡されたとき、ダイニングで食後のお茶を飲んでいたリシャールは一言「やはり来たな」とつぶやいた。
そして手紙の封を切り、中身を読んだ後でアンリエッタに渡してくれて――それを読んだアンリエッタは、絶句して目を見開いた。
――ジョルジュの廃嫡に伴い、リシャールが次期王に決まりました。それに伴い、アンリエッタと婚約を整えます。至急、二人で王都に戻りなさい。
(どういうこと⁉)
驚くアンリエッタをよそに、リシャールは「まあ、予想通りだね」と言う。
(これが予想通り⁉)
アンリエッタには何が何だかわからない。
アンリエッタが茫然としていると、リシャールはエバンスに紅茶のお代わりを頼みながらのんびりとした口調で言った。
「今回の件を知れば伯母上が動くと思っていたよ。……もともとあの人は、私に王位を継がせたがっていたからね。エバンス、王都に行く準備を整えてくれるかい?」
「かしこまりました」
エバンスもこうなることを予想していたのか、驚くそぶりもなく頭を下げる。
しかしアンリエッタは大混乱で、そんなアンリエッタに、リシャールが苦笑した。
「だから言ったろう? 私と婚約したくなければ、教えてほしいって。どうする? 今からだと覆すのは厳しそうだが、頑張れば間に合わなくもないよ?」
「間に合わなくもないって……リシャール様は?」
「私は無理だと思うよ。わかっていてやったことだから、私のことは気にしなくていい」
「わかっていてって……」
アンリエッタはハッとして、それからぐしゃりと顔をゆがめる。
「わたくしのせいですか? わたくしが攫われたりしたから……」
「アンリエッタのせいじゃない。私が選んだことだ」
(選んだ?)
本当に、そうだろうか。
(リシャール様は玉座がほしかったの?)
違う。リシャールは玉座なんて望んでいない。
彼はここで、穏やかに絵を描いて生活することを望んでいた。
彼は政治の世界を望まなかったはずだ。
それなのに、アンリエッタが――、アンリエッタのせいで――
リシャールは二杯目の紅茶を飲み干すと、立ち上がって、アンリエッタの頭にポンと手を乗せた。
「そんな顔をしなくていい。私が選んだんだ。むしろ君は巻き込まれた。だから……そんな泣きそうな顔をしなくていいんだよ」
優しい手つきで頭を撫でられる。昔と変わらない、優しくて大きな手。
「今夜までに答えを聞かせてくれ。君が私との婚約を望まないなら、全力で助けてあげるから」
迷惑をこうむったのはリシャールなのに、彼はそう言って笑う。
アンリエッタは、ただ、涙を我慢することしかできなかった。




