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王弟殿下はマイペースなお方です 2

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「お父様、この釣書はいったいなんですか?」


 アンリエッタは、差し出された一枚の釣書――つまりお見合い用の絵姿――を前に固まった。

 父は弱り顔で頭をかいている。


「母上……お前のおばあ様が送りつけてきたんだ」


 祖母は父の兄、グリュノ公爵の邸に一緒に住んでいる。父もグリュノ公爵も王都での仕事があるので領地には戻っていないが、今年は祖母も王都の邸に残ることにしたと聞いていた。グリュノ公爵の長女が今年社交デビューするので、淑女教育の仕上げに忙しいのだろう。祖母は特に孫娘の教育に熱心だから。


「ええっと、どうしておばあ様がわたしに釣書を……?」

「ジョルジュ殿下とお前の婚約をまとめ上げたのは母上だからな。責任を感じているらしい」

「えっと……だから?」

「お前にふさわしい相手を見繕うのは自分の役目だと、母上は言っていた」

「…………お父様。百歩譲ってその理屈は理解いたしました。でも、この釣書……どこからどう見ても、王弟殿下のようなんですが?」


 前王には四人の息子がいた。この釣書は、その末子であるリシャール・エヴィラール公爵のものにしか見えないが、これはいったいどういうことだろう。


 上の三人の兄とは年の離れているリシャールは、今年二十四歳になる銀髪に紺色の瞳の美丈夫で、独身を貫いている。

 芸術をこよなく愛し、騒音を嫌うことで有名で、季節を問わず領地に引きこもって、滅多に社交界に姿を現さない。

 アンリエッタも、子供の頃を除けば、公式の場で数回会ったことがあるだけの関係で、彼のことはよく知らなかった。


「母上の言い分では、この国でアンリエッタに釣り合うのはもうリシャール殿下しかいないとのことだ」

「はい?」

「ああ、お前宛ての手紙もあずかっている」


 ものすごく見たくなかったが、祖母からの手紙を無視することはできない。

 しぶしぶ封を開けると、祖母らしい几帳面な字でとんでもないことが書かれていた。


「……お父様。わたし、目がおかしくなったんでしょうか?」

「私も母上からの手紙を読んだとき同じ気持ちになったが、視力の問題ではないようだ」

「そう、ですか……」


 視力のせいにしてしまいたかったのに、無理のようだ。

 アンリエッタは茫然として、天井を仰いだ。

 祖母の手紙には、アンリエッタは今からエヴィラール公爵領に出向き、「リシャールを口説き落として来い」と書かれていた――



     ☆



「おばあ様って、ときどき本当に無茶苦茶だわ。そう思わない、パール?」


 揺れる馬車の中、アンリエッタは侍女のパール相手に愚痴をこぼしていた。


 我がソルフェーシア伯爵家――いや、グリュノ公爵家に連なる家は全部、祖母がルールである。逆らうことは許されない。戸惑いまくりだった父も、祖母の言うことに否を唱えることは許されず、当然アンリエッタも同様だった。

 そのため、王弟リシャール・エヴィラール公爵を口説き落とせと言う意味不明な祖母の命令を遂行するため、アンリエッタはこうして馬車に揺られている。


(リシャール様って、結婚したがらないことで有名なのに、どうやって口説き落とせって言うのかしら?)


 アンリエッタは十七歳ですでに成人しているとはいえ、相手は二十四歳。そんな大人相手に、十七歳の小娘がいったいどうしろと?


「まあ、でも、逆に丁度よかったのではありませんか? 今、王都は騒がしいですから」

「そうだけど」


 アンリエッタとジョルジュの婚約破棄が認められて、王都は騒然となっている。ジョルジュがアンリエッタの代わりにセフィアと婚約すると発表したからなおさらだ。アンリエッタは王太子に捨てられた女として一躍悲劇のヒロイン扱いで、友人たちからは慰めの手紙や贈り物、ソルフェーシア伯爵――ひいてはグリュノ公爵家とつながりを持ちたい貴族たちからはひっきりなしに求婚の手紙が届いていた。


 アンリエッタは祖母譲りの金髪にサファイアのような瞳を持つ美人で、なおかつ幼いころから厳しい妃教育を受けていた彼女の所作は洗練されている。その評判は、王太子に婚約破棄されたところで揺らぐようなものではない(元王女である祖母の存在も大きいが)。


 むしろ同情票も集まり、男性陣たちは庇護欲と言うものをかりたたれてしまったようで、邸の外を歩けば後ろをついてくる男性までいるほどだ。

 おかげでろくに邸の外に出られなくなっていたから、王都から離れるのは息抜きとしてちょうどいいのは間違いない。


 ちなみにジョルジュだが、後宮計画を知った父ジョージル三世に激怒されて、しばらく謹慎が言い渡されているらしい。何とか改心させる方法はないものかと、先日父宛てに手紙が来ていた。父は知らないと突っぱねていたが。


 激怒している祖母に至ってはジョージル三世にジョルジュの廃嫡を求めていると聞く。もちろん、いくら祖母であろうと王太子を廃嫡する権限は持っていないので、今のところ主張だけにとどまっているだけだが、ジョルジュはこれからの行動一つで、いつ王太子の立場を追われてもおかしくない状況だろう。能天気な彼は、そんな危機感はこれっぽっちも抱いていないだろうが。


「でもほんと……気が重いわ」


 エヴィラール公爵領は、馬車で一週間ほど揺られた先にある。

 リシャールには祖母から連絡を入れ、アンリエッタが行くことは伝えてあると聞いたが、だからいいという問題でもない。


「お嬢様の人生に、異性を口説き落とすなんて経験は一度もありませんからね。きっと大変でしょうね」

「しみじみと言わないでちょうだい」

「そうおっしゃいましても、大奥様のご命令ですから、どうしようもありません」

「…………はあ」


 昔から、アンリエッタに対する祖母の期待は重かった。顔立ちが一番祖母に似ていたからかもしれない。ジョルジュとの婚約がまとまったのも祖母の鶴の一声が原因で、「あなたには女性として最高の幸せをあげる」と言うのが祖母の口癖だった。


 直接聞いたわけではないが、今回のジョルジュの一件で、祖母は相当堪えたのだろうと思う。

 アンリエッタを幸せにするはずが、不幸のどん底に突き落としたのだから。


(まあ、知らずに結婚するよりはましだけどね)


 よほどの理由がない限り王族との離婚は成立しない。愛をたくさんお持ちの夫が後宮ではしゃいでいる様を見ることにならなくてよかったと、アンリエッタは心の底から安堵していた。


(どろどろした後宮争いなんてまっぴらよ。第一後宮なんて建てて、税金がどれだけ飛んでいくと思っているのかしら? 国民からの反発は必至よ? ……まあ、何も考えていないんでしょうけど)


 考えていたら隣国の王女をうっかり口説いたりはしないだろうし、婚約者相手に「後宮を作るー」とか馬鹿なことは言わない。


「ねえパール。リシャール様を口説くのに失敗したら、どうなると思う?」

「次の釣書が到着するかと思われます」

「よねー」


 国内に祖母のお眼鏡にかなう男性がどれだけいるかはわからないが、祖母のことだ、国内が駄目なら国外から探してくるだろう。

 この調子だと、アンリエッタは延々と祖母に振り回されることになる。


(はあ、どうしたものかしらね……)


 アンリエッタは、馬車の天井に向かって細く息を吐きだした。



お読みいただきありがとうございます!


本日、夢中文庫アレッタさんより

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