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【書籍化】婚約者は愛をたくさんお持ちだそうです~いろいろ目が覚めたので、婚約破棄いたします~  作者: 狭山ひびき


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リシャールの本気 6

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 次の日、朝食を取り終えたアンリエッタは約束通りリシャールのアトリエへ向かった。

 リシャールが描きかけのアンリエッタの絵を描きたいと言うので、以前のように椅子に座る。


「何があったのか知りたいんだったね」


 筆を動かしながら、リシャールが言った。

 アンリエッタが頷くと、リシャールは一度キャンバスから顔を上げ、ちょっとだけ困ったように笑う。


「たいしたことはしていないんだが、そうだね……。簡単に言うと、確たる証拠がないから現行犯で捕縛することにしたんだ」

「現行犯で……?」

「そう。アンリエッタ、私が君を父上に預けたのはどうしてかわかるよね?」

「わたくしが生きていると知られたら、また狙われるから、ですか?」

「うん。君が生きていたら、君の証言で足がつくかもしれない。だから相手は、君が生きていると知ったら焦るだろう。きっと君を殺しに行くはずだ。だから一芝居打つことにした」


 リシャールの話しはこうだった。

 まず、アンリエッタがいなくなったと、王都に捜索隊の申請を出す。

 王都の騎士団を動かしたのは、それだけ重大なことなのだと相手に知らしめることと、相手に一時的に安心感を持たせるためだそうだ。多くの騎士を動員し捜索してもアンリエッタがなかなか見つからなければ、相手はアンリエッタがすでに遠くまで流され死亡していると安堵する。


 そして油断させた後に、アンリエッタが意識不明の状態で発見されたと嘘の情報を流す。

 油断していた相手は、油断していたからこそ動揺し、焦り、アンリエッタの意識が戻る前に何としても息の根を止めようとするだろう。


「滑稽だったよ? 前日まで王都に帰ると言い張っていた王女がいきなり帰らないと言い出し、しかもあれほど悋気を起して逆恨みしていたアンリエッタの見舞がしたいから案内しろときたんだから。ジョルジュはお馬鹿さんだからセフィア王女がアンリエッタと仲良くする気になったのだと喜んでいたけどね」


 本当にどこまで能天気で常識外れなんだかとリシャールが肩をすくめる。


 リシャールはセフィアの本心に気づかないふりをして、アンリエッタが別邸にいると告げる。医者を呼んで厳戒態勢で治療させているから、別邸に行っても会えないだろうと言うと、セフィアはアンリエッタが目を覚ますまで自分もここに残ると言い出した。


 そしてリシャールは秘密裏に騎士たちを別邸に向かわせておく。

 「意識不明の重体であるアンリエッタ」の役をアンリエッタと体格の似ている女性騎士の一人に頼み、相手が引っかかるのを待った。


「面白いくらいにあっさり引っかかったよ。夜、セフィア王女の護衛の男が別邸に忍び込んだ。そしてアンリエッタのふりをしてベッドに横になっていた女性騎士を攫おうとしたところを、現行犯で捕らえる。いくら相手が手練れでも、数十名の騎士相手に一人で立ち向かえるはずがない。あとはその護衛の身柄を拘束しセフィア王女の前に突き出し状況の説明を求めた。最初は知らんぷりされたけど……ちょっと脅せば泣きながら白状したかな」


 そのあとは事の顛末をジョージル三世と、絶対に今回の件を握りつぶさないだろう相手――すなわち、アンリエッタの祖母へ連絡し、セフィアとその護衛を騎士団たちに王都まで護送させる。


「あとは伯母上が兄上たちを引っ張ってブラージ国と交渉させるだろう。伯母上のことだからただではすまさないだろうね。徹底的にやり込めると思うよ。セフィア王女のブラージ国での居場所は、おそらくなくなるだろう。修道院に入れられるか、別の国に強制的に嫁がされるか。どちらにせよ、王女としての地位は地に落ちる。伯母上もそうだけど、私もブラージ国の対応を追求するつもりだからね。絶対に甘い処断は許さない」


 リシャールがスッと紺色の瞳を細める。顔から笑顔がこそげ落ちて、ひやりとした冷気が漂った気がした。

 思わずびくりとすると、リシャールがそれに気づいてにこりと笑う。


「とまあ、こんなところかな。しばらく王都はごたごたするだろうから、君はもう少しここにいなさい。……そのうち、嫌でも王都に戻ることになるだろうからね」

「え?」


 リシャールは筆の先に絵の具をつけて、しかしそのまま動きを止めた。

 しばらく動作を止めたまま黙り込んで、ぽつりと言う。


「アンリエッタ……、ジョルジュが来るときに、私と君は婚約者同士だと嘘をついただろう?」


 何故そんな話をするのかわからなかったが、アンリエッタは戸惑いながら頷く。

 リシャールは顔をあげ、真剣な顔をしていった。


「君は私と、本当に婚約するつもりがある?」

「え……?」


 聞き間違いかと思ってぱちぱちと目をしばたたくが、リシャールは真剣な顔のままで、アンリエッタの心臓がドクリと鳴った。

 ドクドクと壊れそうなくらいに大きな鼓動。あっという間に顔に熱がたまっていく。

 頭の中が真っ白で、何も考えられなくなったアンリエッタに、リシャールは困ったように笑った。


「もし嫌なら……そうだな、たぶんあと二週間。二週間の間に、嫌だと言ってほしい。君が嫌なら、私は全力で君を巻き込まれないようにするからね」


 ――アンリエッタがリシャールの言葉の意味を知るのは、それからきっかり二週間後のことだった。


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