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【書籍化】婚約者は愛をたくさんお持ちだそうです~いろいろ目が覚めたので、婚約破棄いたします~  作者: 狭山ひびき


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リシャールの本気 2

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「どうやらブラージ国の王女は、怒らせてはいけない相手を怒らせたらしいですよ」


 王の執務室で、宰相クラウス・アルデバード公爵が額を押さえて嘆息した。


 クラウスの手にはリシャールからの手紙が握られていた。

 リシャールは争いごとを好まない温厚な性格をしているが、本気で怒らせると誰の手にも負えない。周囲の言葉には耳も貸さず、自分が納得する結末を手に入れるまでは決して止まらない。


 クラウスが記憶している限りリシャールが本気で怒ったのは十年前が最後だったが、あの時も、リシャールが怒りをぶつけた相手は――アンリエッタの教育係は、徹底的に潰された。その矛先は危うく王妃にまで及ぶところだったが、ジョージル三世が先手に回り、二度と王妃をアンリエッタに関わらせないと約束してどうにか事なきを得た。


(そして今回……またアンリエッタ、か)


 リシャールがアンリエッタを可愛がっていたことはクラウスも知っていた。立場上あまり近づかないようにしていたようだが、何かと気にかけていたのは間違いない。


 十年前の一件でそれがアンリエッタの祖母――伯母に知られて、あわや国がひっくり返るほどの一大事になりかけたことも記憶に新しい。


(アンリエッタをリシャールのところに向かわせた時点で、伯母上は例の件を諦めていないようだがな)


 正直、今の状況下では、クラウスも伯母に味方してもいいと考えている。しかしそれは、リシャールのささやかな望みをすべて奪い去ることにつながるので、弟のことを考えると足踏みもしてしまうのだが。


「だ、大丈夫だろうか……」


 国王ジョージル三世は蒼白な顔をしておろおろしている。


「リシャールは馬鹿ではありません。相手をやり込めるにしても、こちら側に損害が出るようなやり方はしないでしょうが……ジョルジュとの婚約は流れると見ていいでしょうね」

「そうなればジョルジュは」

「ま、王太子の位は返上してもらうことになりますか」

「そんな!」

「もとはと言えばジョルジュが招いたことです。恨むなら自分の息子に対する教育方針を恨みなさい」

「だって嫌われたくないじゃないか!」

「それと甘やかすのは違うと以前から言っていたでしょう!」


 前王――すなわちクラウスたちの父は厳しい人だった。クラウスでさえ幼いころには何度泣いたかわからない。特に第一王子だったジョージル三世は四人兄弟の中でも一番厳しく育てられた。それこそ、息抜きに散歩する暇すら与えられないほどに。その反動か、兄は自分の子たちには厳しくしないと言う教育方針を掲げてきたのだが、クラウスに言わせれば、限度と言うものがある。


(思えば、激怒した時の容赦のなさは、兄弟の中でリシャールが一番父上に似ているんだよな)


 そんな父も、ジョージル三世にさっさと玉座を譲ったあとは、王家直轄地にある別邸で母とともにのんびりと穏やかに暮らしている。息子の教育には力を入れたが、孫の教育には口出ししないと決めているようで、今では現役時代の苛烈さはすっかり鳴りを潜めていて、クラウスの息子も会いに行けばただ可愛がってもらうだけだ。せめて父がジョルジュの教育に口出ししていれば変わっていてかもしれないのにと、クラウスは少し残念だった。


 正直、クラウスにとって、ジョルジュのことはどうでもいい。

 ただ、ジョルジュが廃嫡になった場合、リシャールは否応なく表舞台に引きずり出されることになるだろう。十中八九、伯母が動く。それも、十年前とは違い本気の本気で。それだけが心配だ。


「ともかく、ここにある通り、リシャールの指示に従ってください。どの道、この件は見て見ぬふりができる問題ではありません。伯母上の耳にでも入って見なさい。それこそ取り返しがつきませんよ」


 アンリエッタは伯母にとって大切な大切な孫娘だ。アンリエッタが殺されかけたなどと知られたら、伯母まで激怒して大変なことになってしまう。リシャールと違い、あの伯母なら自ら鎧をまとって隣国に宣戦布告もしかねない。恐ろしい。いい加減、年を考えておとなしくしてくれないものだろうか。


「わかっている。リシャールの手紙にある通りにしてくれ。……だが、ジョルジュのことはなんとかならないか?」


 この期に及んで、まだジョルジュを王太子の位に繋ぎ止めたいようだ。

 クラウスは鼻で嗤った。


「自分の子を王位につけたいなら、エリクの方の教育に力を入れた方が賢明ですよ」


 ジョルジュは十八歳。やり直すには性格が出来上がってしまっている。

 その点エリクは六歳だ。まだ十分に軌道修正が可能な年齢である。


 にべもないクラウスに、ジョージル三世はがっくりと肩を落とした。


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