嵐の夜に 1
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
エルビスの言った通り、夕方になって、窓の外が本格的に荒れはじめた。
外の風の音が部屋の中まで聞こえてくる。
何となく一人でいるのが怖くて、パールとともにダイニングで時間を潰していると、玄関が大きな音を立てた。驚いて玄関まで様子を見に行くと、びしょぬれになった庭師が玄関ホールに立っていた。
「どうでしたか?」
エルビスがタオルを渡しながら庭師に訊ねる。
「窓を板で補強して来ました。大丈夫だとは思うんですが、風の勢い次第です」
「旦那様が気に入っている小屋ですからね。あまり被害が出ないといいですね」
不思議に思っていると、メイドの一人が、ここを少し行った先の森の中に、リシャールが使っている小屋があることを教えてくれた。川や森の様子を絵に描くために使っているそうで、物置小屋のようなところだが、リシャールはそこがとても気に入っていると言う。庭師は、その小屋が嵐で壊されないように補強に行っていたらしい。
「かなり風も強くなりましたし、このあとからは誰も外に出ないようにしてください。誰か一人でも怪我をすれば、旦那様が悲しみますからね」
エルビスがそう言って、庭師に風呂で温まってくるように告げる。
「リシャール様は使用人たちを家族のように大切にしていらっしゃるんですね」
パールがアンリエッタの隣でしみじみとつぶやいた。ソルフェーシア伯爵の父も、使用人たちをないがしろにしているわけではないけれど、彼らの怪我にまで心を痛めることはない。
アンリエッタは小さく笑った。
「素敵だと思うわ」
リシャールが使用人たちを大切にしているから、彼らはリシャールが使っている小屋の心配までするのだ。とても素敵な主従関係である。
ダイニングに戻ると、エルビスもメイドたちも集まってくる。エヴィラール公爵邸では、嵐の日はできるだけみんな固まってすごすのだそうだ。
この日だけは、主従の上下関係は細かく考えず、同じテーブルに座って一緒にお茶を飲んだり食事をしたり、話をしたりして、そうして気を紛らせながら嵐の不安をやりすごすのだと言う。
エルビスがお茶を淹れながら、ふと、思い出したように笑った。
「そう言えば二年前、旦那様が嵐の中庭に出たいと言い出されまして。使用人全員でお止めしたことがあるんですよ」
「ええ? それはどうして?」
「嵐の庭の風景を絵に納めたかったそうです。雨で絵の具がにじみますし、紙も絵の道具も飛ばされてしまいますからおやめくださいと言ってようやく納得いただいたんですよ」
さすがリシャール。絵にかける情熱はなかなか真似できないものがある。
「さすがに今日はそんな無茶なことはなさらないと思いますけどね、少し心配ですね」
二年前の日のように外に出ようとしていないだろうかと、エルビスが表情を曇らせる。
アンリエッタはふと、画材道具を抱えて外に出ようとするリシャールを必死に止めるエルビスの姿を想像しておかしくなった。
(リシャール様って、たまに子供みたいなところがあるわよね)
以前もお土産にもらえるぶどう目当てでぶどう祭りに参加していたし、なんだか可愛い。二十四歳の大人の男性に対して可愛いと思うのはおかしいかもしれないが。
(リシャール様、今頃どうしているのかしら?)
すでにセフィア王女は到着しているだろうか。面倒なことになっていないといいけれど。
アンリエッタは打ち付ける雨粒が滝のように流れている窓越しに庭を見やって、ちょっとだけ心配になった。




