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王弟殿下はマイペースなお方です 1

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「アンリエッタ‼ 息子が、息子がすまないことをした――――‼」


 ジョルジュ王太子から婚約破棄の話を聞かされた次の日、シャルロワ国王ジョージル三世がソルフェーシア伯爵家にやってきた。

 玄関に入るなりスライディング土下座する勢いでアンリエッタの前に膝をついた国王の左頬は真っ赤にはれ上がっている。


(あー……たぶん、おばあ様ね)


 昨日のジョルジュの発言は、前国王の姉――すなわちジョージル三世の伯母である祖母の耳に入れてある。つつがなく婚約破棄を終えるための一番の関門である祖母から理解を得なければ、アンリエッタはジョルジュと婚約を解消できないからだ。


 山のような馬鹿発言をしたジョルジュには、ほとほと愛想が尽きた。これ以上は付き合いきれない。愛妾? もちろんそんなものになるつもりもないし、できることなら金輪際関わり合いになりたくもなかった。


 父ソルフェーシア伯爵の意見もアンリエッタとほぼ同意見。アンリエッタを愛妾に据えるつもりだと言ったジョルジュに開いた口が塞がらなかったようだ。もちろん父にはアンリエッタを愛妾として差し出すつもりもなければ、ジョルジュの後見すらやめたいと言っていた。ソルフェーシア伯爵家は、家族そろってジョルジュから手を引くという意見で一致したのだ。

 すべての話を聞いた祖母も、アンリエッタとジョルジュの婚約破棄を止めようとはしなかった。しかし気の強い祖母は、それだけでは気が済まなかったらしい。


(国王陛下を容赦なく殴りつけるとか、さすがおばあ様。怖いもの知らずだわ)


 いくら元王女と言えど、国王を殴れば投獄されてもおかしくない。けれども祖母はそんなことを恐れるような小心者ではないのだ。相手が王だろうと宰相だろうと、手に持った扇で容赦なく殴り飛ばす。笑顔で。一部では、シャルロワ国の女傑と恐れられている存在だった。


 しかしアンリエッタは、国王を跪かせて冷静でいられるほど肝は据わっていない。

 隣の父も、途方に暮れた顔で国王を見下ろした。


「陛下……どうか、お立ちになってください」

「いやだがしかし、うちの愚息が……!」

(あなたの息子はまさしく愚息ですが、伯爵とその娘相手に国王が跪くのはどうかと思います)


 ソルフェーシア伯爵家の中でのことなので外部の目はないが、万が一誰かに見られたらあらぬ噂を立てられかねない。

 ジョージル三世は気弱な性格で、普段は王妃の尻に敷かれていることで有名だ。しかし気弱であってもやるときはやる名君でもある。だから、ジョージル三世だって、平時であれば臣下に頭を下げるなんてことは絶対にするはずがない。


「あれにはきちんと言って聞かせた! だから頼む! 婚約破棄だけは……!」


 息子を見捨てないでくれと頼みこむ国王陛下が哀れに思えたが、ここでほだされれば、アンリエッタはあのアホ王子に一生付き合わされることになる。それだけは勘弁だ。

 仕方ないのでアンリエッタは、それとなく、婚約破棄を撤回されない方向に話を向けることにした。


「陛下。そうはおっしゃいますが、殿下はすでにお隣のブラージ国のセフィア王女と結婚のお約束をされたそうです。ブラージ国王のお耳にも入っているようなので、ここでお断りになれば、ブラージ国とのお付き合い的にもよろしくないのでは?」

「そ、それは……」


 向こうがその気である以上、セフィア王女側に「なかったことにしてほしい」とは絶対に言えない。婚約もしくは結婚した後、あちらがジョルジュの本質に気づいて後悔することになっても、それは当人たちの問題であって(まあ状況によっては国同士の関係もこじれるかもしれないが)、現時点でセフィア王女はアンリエッタを蹴落として自分がジョルジュの婚約者に収まることをお望みだ。その望みはかなえてあげてほしい。アンリエッタの将来のためにも、是非に。そのあとどうなろうと、アンリエッタの知るところではない。


「ジョルジュには他国の姫を妻にするなど、荷が勝ちすぎているように思うが……」


 ジョージル三世の言うことはまったくその通りだと思えたが、ここで頷いてはお鉢がアンリエッタに戻ってくる。


「殿下とセフィア姫の結婚は、隣国との関係強化にうってつけではありませんか?」

(そのあとで逆に悪化する可能性もあるけどね)


 ジョージル三世は眉を寄せて「そうかもしれないが、だがしかし」と思案顔。


「そう言うことですので陛下、わたくしと殿下の婚約は解消していただけないでしょうか? もちろんわたくしは、殿下の言うところの愛妾になるつもりもございませんし、後宮にも入りません。殿下とセフィア姫のご結婚に水差すようなことはしないと誓いますわ」


 わたしは全然気にしませんよー、と言う体で微笑むと、ジョージル三世がしょんぼりと肩を落として「すまない」と口にした後、愕然と目を見開いた。


「愛妾? 後宮?」

「ご存じありませんか? 殿下は即位後、城の敷地内に後宮を建てて愛妾たちを住まわせるおつもりだそうですよ」

「なんだと⁉」


 ぐわっと目を見開いたジョージル三世は勢いよく立ち上がった。


「何を考えているんだあのバカ息子は‼」

(たぶん何も考えていないと思いますよー)


 真っ青になったジョージル三世が「後日改めて詫びに来る!」と叫んでソルフェーシア伯爵家を飛び出して行く。

 あとに残されたアンリエッタは、父と顔を見合わせて嘆息した。


「この国の将来、大丈夫でしょうか?」

「……エリク殿下に期待しよう」


 父はそう言うが、第二王子エリクは今年六歳になったばかりだ。今は素直ないい子だが、将来どうなるかはわからない。なぜならジョルジュも、子供のころは素直ないい子だったからだ。


(あー……たぶん、素直さは変わってないんでしょうね。素直さが変な方向にいっちゃっただけで)


 ジョルジュは「素直」に自分の欲求に走っただけだ。素直すぎると、理性と知能に多大なる影響を及ぼすらしい。覚えておこう。


 まあこれで、問題なく婚約破棄となるはずだ。

 アンリエッタは晴れて自由。貴族令嬢であるからには、ほかに結婚相手を見つける必要があるが、少しの間は一人でのんびりさせてほしい。


 そう思っていたアンリエッタだったが、自分の考えの甘さに気づかされたのは、三日後の午後のことだった。


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