突撃隣の王女様 5
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「まったく、なんなの!」
セフィアはクッションを殴りつけると、ギリギリと歯ぎしりをした。
エヴィラール公爵邸の一室。
この邸の持ち主である王弟リシャールからは王都へ戻るように言われたが、意地でも戻らないと言うと、仕方なさそうにこの部屋が用意された。
あれからジョルジュとは口をきいていない。
「なんなのよアンリエッタって! わたくしと同じように愛しているですって!? たかだか伯爵令嬢のくせに……馬鹿にしてるの!?」
苛立ち紛れに、ぼかすかとクッションを殴る。
部屋の扉の前で直立不動で立っている護衛のフォードは、そんなセフィアへ何とも言えない顔を向けた。
「心中お察しします」
「わかるものですか! こんな屈辱生まれてはじめてよ!」
セフィアはブラージ国の第二王女。父である国王からも王妃である母からも大切に育てられ、国一番の美姫としても名高い。ほしいと思ったもので手に入らなかった試しはなかったし、どんな男もセフィアの前に跪いて愛を乞うた。だというのに、ジョルジュはしゃあしゃあと、「セフィアもアンリエッタも、僕は同じように愛しているからね」などとぬかした。セフィアのことを天使だの女神だのと形容したその口で、舌の根も乾かぬうちに!
「そのアンリエッタってどんな女なの?」
「どんな、とは……?」
「顔とか性格とか何か知らないの!?」
「顔立ちでしたら、確か、金色の髪に青い瞳のお美しい方だと聞き及んでおりますが。シャルロア国前国王陛下の姉君にそっくりだとか」
「前国王陛下の姉王女と言ったら傾国の美姫って呼ばれていた人じゃない!」
セフィアは悲鳴のような声を上げた。シャルロア国の前国王の姉王女は、ブラージ国でも有名だ。セフィアの祖父が惚れ込んで何度も求婚したが一向に振り向いてもらえず、彼女が自国の公爵と結婚した後は気力を失ってしばらく廃人のようになってしまったと言う話まである(祖父は語ろうとしないので本当かどうかはわからないが)。そんな生きる伝説の傾国の美姫の若いころにそっくり? 冗談じゃない!
「フォード、何とかならないの!? わたくしは一番でないと絶対に嫌よ! 殿下にアンリエッタと同じ扱いをされるなんて、ぜーったいに、それこそ死んでも嫌!」
「そうおっしゃいましても……」
「だいたい図々しいとは思わない? 殿下とアンリエッタは婚約を解消したんでしょう? それなのにまだ殿下の気を引こうとしているのよ!!」
「はあ」
「ものの道理というものがわかっていないんだわ!」
「そう、でしょうか?」
「そうよ!」
婚約者がいると知っていながらジョルジュと恋仲になったセフィアは、自分のことをすっかり棚に上げて叫んだ。
「あの女がいる限り、ジョルジュの心は独り占めできないんだわ。わたくしは伯爵令嬢と同じ扱いをされるのよ。このわたくしが! 絶望だわ。悪夢だわ! そんなの絶対に認められない! 我慢できない!」
百歩譲って、小さな火遊びくらいなら寛大な心で許してやらなくもない。父や兄が、妻がありながら、たまによその女にうつつを抜かしていることを知っているからだ。男と言うものは、たまに羽目を外さないといけない性分らしい。だから、ただの遊びなら我慢できる(まあ、たぶん殴りつけるくらいはするだろうが)。
でも、それが本気だったら話は別だ。さらに、セフィアと同等扱いされるなんてもってのほか!
「何とかして頂戴フォード! そのためにいるんでしょう!?」
「いえ、自分は護衛でして……」
「護衛ならわたくしの心の平穏ごと守りなさいよ!!」
「無茶苦茶な……」
「もしできなかったらクビよクビ!! 国に戻ったらお父様に行って左遷してもらうんだから!!」
「…………わかりましたよ」
フォードははーっとため息をついて、がしがしと頭をかいた。
「自分は姫様の護衛ですからね。そのお心を、しっかり守ってくるとします」




