突撃隣の王女様 3
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ブラージ国第二王女セフィアは、ずいぶんと勇ましい格好で現れた。
長い黒い髪を首の後ろで一つに束ね、騎士が着るような襟詰めの服を着ている。元の顔立ちは非常に可愛らしいのだろうが、への字に曲げた口ときりきりとつり上げた眉がすべてを台無しにしていた。オニキスのような黒い瞳を炎を宿したかのように苛烈に染め、セフィアは出迎えたリシャールに向かって金切り声をあげた。
「ここにジョルジュ殿下とアンリエッタ・ソルフェーシアがいると聞いてきましたの! 今すぐ出してくださいませ!!」
(……まるで夫の浮気現場に突撃して来た妻みたいだな。これは困った……)
見るからにセフィアは悋気を起している。アンリエッタを別邸へ向かわせたのは正解だった。だが、アンリエッタがいないからとあっさり引き下がるとも思えない。
(この調子で兄上の制止も聞かずに飛び出してきたんだろうな。さてどうしたものか……)
「殿下はどこですの!?」
十六歳の少女特有の甲高い声が玄関ホールに響き渡り、リシャールがどうやってなだめようかと考えていたときだった。
「やあセフィア、久しぶりだねー」
(……だからなんで出てくるんだ。出て来るなと言っただろう)
能天気に笑いながら階段を下りてきたジョルジュに、リシャールは額を押さえて天井を仰ぐ。
セフィアがここへ向かってきているとわかってすぐに、リシャールはジョルジュに、セフィアが来たらいいと言うまで出て来るなと命じたのに、この空気の読めない甥っ子は、本当に人の言うことを聞かない。
セフィアは階段を降りて来るジョルジュを見つけるや否や、小鹿のような俊敏さでダッと駆け出した。
止める間もなくジョルジュの元まで走っていき、手を大きく振り上げる。
パァン!
乾いた音がし、次いでセフィアの叫び声が響いた。
「この浮気者!! アンリエッタ・ソルフェーシアとは婚約破棄したと言ったのに、こんなところでこそこそと!! いったいどういうつもりよ!!」
頬を叩かれたジョルジュはきょとんと目を丸くして、それから不思議そうに首をひねった。
「セフィア、そんなに怒ると可愛い顔が台無しだよ。これにはいろいろ事情があるんだよ」
「事情って何よ! 元婚約者に未練でもあるって言うの!? わたくしのことを愛しているって言ったじゃない、この嘘つき!!」
「やだな、君のことを愛しているのは嘘じゃないよ? 心の底から愛しているとも。僕の天使、僕の女神。君がいなければ僕は生きていけない」
「……本当?」
「本当だよ。僕の可愛いセフィア」
(私は何を見せられているんだろう……)
なるほどこの調子で女性たちをたらし込んでいたのかとある意味感心する一方で、リシャールはすでに匙を投げてこの場から退散したい気分だった。
(ジョルジュに任せるといろいろ面倒なことになりそうだと思ったが、この様子なら放っておいても――)
「でもアンリエッタが必要なのは本当なんだ。大丈夫、セフィアもアンリエッタも、僕は同じように愛しているからね」
(だめだった!)
リシャールがまずいと思って止めに入ろうとるすよりも早く、再び悪鬼の形相になったセフィアが大きく手を振り上げる。
「ふざけんじゃないわよ!!」
パーン! と、セフィアの二回目の平手がジョルジュの左頬に炸裂した。