突撃隣の王女様 2
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リシャールの別邸は、馬車で南に四時間ほどの場所にあった。
パールとエルビスとともに向かった別邸は、エヴィラール公爵邸の半分ほどの大きさで、白い壁に赤い屋根の可愛らしい外観をしていた。小さな邸だとリシャールは言ったが、ダンスホールなどがないだけで、部屋数は十部屋もある。
庭には赤レンガの小さな小道が作られていて、その脇には背丈の低い草花が色とりどりの花を咲かせていた。屋根と柱だけの小さな四阿があって、リシャールが底で絵を描く姿が目に浮かぶようだ。
リシャールは別邸だと言ったが、管理人は置かれていたようで、庭には雑草一つ見当たらないし、門扉に錆びつきもない。
エルビスに案内されて玄関をくぐれば、一足先にエヴィラール公爵邸からこちらに来ていたメイド二人と料理人一人が出迎えた。ほかにも、別邸の管理をしている初老の男性や、別邸専属庭師の姿がある。
メイドの一人に案内されて、アンリエッタはパールとともに二階の部屋に上がった。
図書室で一部屋、リシャールのアトリエで一部屋、そしてリシャールの私室で一部屋使っているが、あとはあいているので、好きな部屋を使っていいと言われので、窓から庭がよく見える部屋に案内してもらう。庭の雰囲気が可愛らしかったからだ。
(さてと、何しようかしら。図書室にでも行こうかしら)
別邸に避難するように言われたが、ここですることはない。一日ぼーっとして過ごすのも退屈なので、アンリエッタは手っ取り早く時間が潰せそうな図書室に行くことにした。
メイドが図書室にお茶を運んでくれると言うのでお願いして、二階の東奥の図書室へ向かう。
図書室の中には、たくさんの本棚と本、それから読書用の一人掛けソファとテーブルが置かれていた。日差しで本が傷まないようにカーテンが引かれているため部屋の中は薄暗い。
窓は東側の壁にあるので、今の時間なら日差しは入り込まないから、アンリエッタはレースカーテンを残して、遮光カーテンだけを開けた。
「絵を描くための資料が多いけど、小説も結構あるのね。……あ、これ」
本を物色していたアンリエッタは、本棚の中に、赤い背表紙の本を見つけて足を止めた。
「懐かしい……『迷子のウサギ』だわ」
それは、子供のころに好んで読んでいた童話だった。迷子になった白兎が、大勢の人に会い、あちこちを冒険しながら、家族のもとに帰るための方法を探す物語。
「最後はどんな終わり方だったかしら。あんなに読んだのに……思い出せないわ」
アンリエッタは何げなく最後のページを開いた。その拍子に、本の間から何か薄いものが抜け落ちる。それはしおりだった。兎の絵が描かれたしおり。
(このしおり、どこかで……)
床に落ちたしおりを拾い上げ、アンリエッタは首をひねる。しおりの中の兎は家族の中で嬉しそうに笑っている。幸せそうな家族の絵。
「でもこの話……そう、家族とは結局会えないで終わるのよ」
しおりを見た瞬間、なぜか忘れていた童話の最後のシーンを思い出した。
あちこちを旅して、ようやく家に帰ることができた白兎。けれども家の中に家族の姿はなく、彼は絶望し、さめざめと泣く。そして、黒い目が真っ赤に変わるまで泣き続けた白兎のもとに、幼馴染の黒兎がやってくる。白兎は、黒兎と結婚し、家族がいなくなった家で、もう一度家族を作る。そんな終わり方だった。
童話の中で、白兎の家族がどうなったのかについては描かれていない。
ただ、白兎は新しい家族を得て、子供や孫を得て、幸せに暮らしました、と締めくくられる。
「……そう。わたし、この終わり方が嫌いだったのよ」
物語は好きだった。とても優しい物語で、何度も何度も読み返した。けれども終わりだけは好きになれなかった。だからアンリエッタは、終わりのシーンにさしかかると最初に戻り、もう一度読み返すということをくり返した。終わりのシーンを避け続けたから、あまり記憶に残っていなかったのだろう。
今思えば、どうしてそれほどまでにこの童話の終わり方が気に入らなかったのかわからない。でも子供のころのアンリエッタは、何かが嫌だった。
アンリエッタは拾ったしおりを本に挟み、童話を本棚に戻した。
そして別の小説を手に取ると、ソファに腰を下ろし表紙を開く。数ページ読み進めたところで、メイドがお茶とお菓子を運んできてくれた。
お茶を飲みながら本に没頭しているうちに日が傾き、気がつけば夕食時になっていた。
「お嬢様、そろそろ切り上げてくださいませ」
「そうね。続きは明日にするわ」
アンリエッタは半ばまで読み進めた本から顔をあげ、しおりを探したが見当たらず、先ほどの『迷子のウサギ』のしおりを拝借することにした。
「これでよし」
しおりを挟んだ本をテーブルの上に置いて、カーテンを閉めると、アンリエッタはダイニングに急いだ。




