突撃隣の王女様 1
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クラウス・アデルバード公爵は、朝からすこぶる機嫌が悪かった。
兄である国王の息子――すなわち甥のジョルジュが馬鹿なことをしでかしたせいで、ここのところ休みも返上で仕事をしていたが、ここに来て、もっと面倒なことが起こったからだ。
早朝にもかかわらず、アデルバード公爵邸と目と鼻の先にある城から遣いがやってきて、のんびりと家族とのひと時を楽しんでいたクラウスを捕まえて言うことには、「可及的速やかに登城せよと陛下が仰せです」とのこと。
あわせて遣いが持たされていた国王の手による手紙(手紙と言うより乱雑な走り書きだったが)に視線を落としたクラウスは、ひどい頭痛を覚えて思わず天井を仰いだ。
「父上、また問題ごとですか?」
八歳の息子が、スープを飲む手を止めて首を傾げる。
「非常に厄介な、な」
「宰相職というのは大変ですね」
八歳の割に利発な息子の頭を撫でてクラウスが立ち上がると、妻のレナがサンドイッチをつめた籠を持って来た。
「お城で召し上がってください」
「ありがとう」
籠を受け取り、妻の頬に口づけてダイニングをあとにする。
玄関から一歩外に出た瞬間、クラウスの表情はすっと引き締まり碧い瞳からはすーっと熱が消えた。
まとめる時間がなかったため、背中に流したままの長い銀髪がクラウスが歩くたびに揺れる。
馬車を使うほどの距離でもないが、この暑い中歩く気にもなれなくて、クラウスは用意された馬車に乗り込んだ。
馬車の座席にどかりと座ると、ぐしゃりと握りしめていた王からの手紙をもう一度開く。
「なぜ私の周りには非常識な人間ばかり揃っているんだ……」
クラウスは、はあ、と大きなため息をこぼした。
☆
「これはこれは、また面倒なことになったものだ」
リシャールが宰相アデルバード公爵からの手紙を開いてそうつぶやいたきり、形容しがたい複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。
リシャールがこれほど戸惑っているのは珍しい。
アンリエッタは本から顔を上げて、ちらりと彼の手にある手紙に視線を向ける。この手紙は先ほど、執事エバンスがアトリエに運んできたものだ。
(何があったのかしら)
エバンスは、この手紙は早馬で届けられたと言っていた。つまりそれだけ重要な問題が起こったと言うことだ。
しばらく手紙に視線を落として黙り込んでいたリシャールは、いつになく真剣な顔をして言った。
「アンリエッタ、ここから南に少し行ったところに別邸があるんだ。わたしが絵を描くために建てた小さなものなんだが、君はしばらくそちらに移ってくれないか?」
「え?」
「兄の手紙によるとだね、ここにブラージ国のセフィア王女が向かっているようなんだよ」
「え!?」
「なんでも、思い込みの激しい性格をしているようだ、と書いてあるから、君がここにいると、なんて言えばいいのだろう……ええっと、俗にいう修羅場? とやらに巻き込まれるのではないかと思うんだ」
「ええ!?」
「兄も止めたらしいんだがね、ジョルジュがいないとわかると、言うことを聞かずに城を飛び出して行ったみたいでね」
(いやいや、王女とはいえ客人の立場でそんな勝手をしていいものなの!?)
アンリエッタはあいた口が塞がらなくなってしまったが、困っているのはリシャールも同じらしい。
「私はセフィア王女を存じ上げないが、兄が手を焼くくらいだからね、こちらもなかなか常識では測れない相手かもしれないね。ジョルジュの相手だけでも疲れるのに、一人増えるのか。これは暢気に絵を描いている状況ではなくなりそうだ」
「大丈夫なんですか……?」
「大丈夫かどうかはわからないけど、相手はブラージ国の王女殿下だからね。出来るだけ機嫌を損ねないようにするしかないだろうね。と言うことだから、アンリエッタ、今日にも荷物をまとめてくれるかい? エルビスを案内につけるから」
別邸に移るのはかまわないが、これではアンリエッタ一人逃げるみたいで後ろめたい。
リシャールは大丈夫だよと言うように笑った。
「エルビスもね、ジョルジュに振り回されて相当参っているようなんだ。これ以上心労はかけたくないからね。君が別邸に行ってくれると、エルビスも休憩できてありがたいんだけど」
こういう言い方をされたら断れない。
アンリエッタが小さく頷くと、リシャールはホッとしたように笑う。
「さてと、じゃあ私はジョルジュに知らせてこようかな」
リシャールはそう言って、筆を片づけて立ち上がった。




