王弟殿下の非常識な計画 4
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(手ごわい……)
ジョルジュが来て二日。
アンリエッタはすでに疲労困憊だった。主に精神力へのダメージが甚大だ。
リシャールはジョルジュが満足するまで好きにさせるのがジョルジュを諦めさせる一番の近道だと言って、彼の滞在を許可してしまった。
同時に、国王と宰相に、ジョルジュをこちらでしばらく預かることにしたと連絡も入れている。ジョルジュも、リシャールが言えば宰相も口出ししてこないだろうと高をくくっているようだ。
ジョルジュは、アンリエッタと婚約破棄をしたという事実をすっかり忘れ去っているのか、後ろめたさも何もないさわやかな笑顔を浮かべて、暇さえあればアンリエッタを構いに来る。
朝食が終われば散歩に行くと言ってアンリエッタを強引に連れ出そうとするし、昼になれば退屈だと言って町まで降りようと言い出す。そして夜になれば話がしたいから部屋に行っていいかと言いはじめる始末だ。
これらすべてをアンリエッタ一人で断るのは至極難しく(なぜなら相手は非常識すぎて言葉が通じない)、リシャールの助けもあって何とかジョルジュと距離を取っている状況だ。
アンリエッタは今になって、ジョルジュと婚約していた時に彼とどうやって意思疎通をはかっていたのかわからなくなった。
(……いえ、そもそも殿下に何かをわからせようとしたことがなかったわ。だいたい殿下の言う通りにしていたから)
なるほど、だからジョルジュのやばさに今まで気づけずにいたのかもしれない。
ジョルジュは話が通じない上に自分の思い通りに事が運ばないと納得できないタイプのようだ。臣下となって誰かを支えるのに絶対に向かないタイプだが、このまま彼を国王にするのも危険極まりない。早いところ誰かジョルジュの性格を矯正してくれないだろうか。
「疲れているみたいだね」
「いえ、ええっと……はい」
リシャール相手に誤魔化す必要もないだろうと、アンリエッタは素直に頷いた。
現在、アンリエッタはリシャールのアトリエに避難している。リシャールがアンリエッタの絵を描くという口実で、ジョルジュを遠ざけてくれたのだ。いつまで持つか、時間の問題の気もするが。
楽にしていていいとリシャールが言ったので、アンリエッタは椅子に座って本を読んでいる。
リシャールは時折アンリエッタをじっと見つめては、さらさらとキャンバスに筆を走らせていた。
アトリエの窓からは生ぬるい風が入り込んできて、リシャールが無造作に床に投げている紙を揺らす。これらは全部、リシャールの描いたアンリエッタの顔の下絵だ。
いったい何枚アンリエッタの絵を描いたのか、そう言った下絵がアトリエの中に無数に転がっている。
ちなみに前回彼が描いていたぶどう踏みのアンリエッタの絵は完成して、アトリエの壁に立てかけられていた。
「そのうち諦めると思うけど、ジョルジュの場合は道理を説いたところで無駄だからね、ジョルジュがジョルジュなりの納得する理由を見つけない限り居座るだろうね」
「時間がかかりそうですね……」
「それだけアンリエッタ、君が魅力的だってことだよ」
「後宮の管理人として、ですよね」
「それもあるだろうけど……さて、どうかな」
リシャールが曖昧に笑って、キャンバスに視線を戻す。
筆を動かす微かな音が聞こえて、アンリエッタも本に視線を落とした。
本をめくる音と筆の音、それから風がカーテンを揺らす音。そんな些細な音だけが、昼下がりの静かなアトリエの中に響いている。
一秒一秒がゆっくりと刻んでいくような穏やかな空気にほぅっと酔いしれていたアンリエッタは、次の瞬間、頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
「アンリエッタ――!!」
どうやらアンリエッタの平穏は、しばらく訪れないようだった。




