王弟殿下の非常識な計画 3
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次の日の朝、ジョルジュは仏頂面でダイニングに降りてきた。
アンリエッタとリシャールはすでに席についていて、ジョルジュが降りて来るのを待っている状態だった。ジョルジュが椅子に座ると、使用人たちが朝食をテーブルの上に並べはじめる。
「それで、昨日の話ですが」
さっそく昨夜の話を蒸し返そうとしたジョルジュに、リシャールがあきれ顔を浮かべた。
「今は朝食の時間だ。その話なら、そうだな……朝食のあと、私のアトリエでしようじゃないか」
「……わかりました」
ジョルジュは今すぐにでも話の続きがしたかったようだが、ため息とともに頷いた。ジョルジュは意外とリシャールには従順なようである。ただ、思い切り不満そうな顔をしているけれど。
(本当に困った王太子だわ)
あきれるアンリエッタの目の前で、ジョルジュは流し込む勢いで朝食を平らげている。いくらジョルジュが早く食べ終わったところで、リシャールとアンリエッタの食事が終わらなければ話しができないということがわからないのだろうか。
アンリエッタもリシャールも、ジョルジュのペースに合わせてやる必要はどこにもないので、のんびりと朝食を楽しんで、食後のハーブティーが運ばれてきたところで、ジョルジュがガタンと席を立った。
「茶ならアトリエに。叔父上、行きましょう」
「……困った子だねえ」
リシャールが苦笑して、アンリエッタに手を差し出した。婚約者のふり継続中だからエスコートしてくれるようだ。
アンリエッタがにこりと微笑んでリシャールの手に手のひらを重ねると、ジョルジュが「むっ」と目を細める。
しかしリシャールはそんなジョルジュの不機嫌さを華麗にスルーして、笑顔でジョルジュをアトリエに案内した。
「少し散らかっているんだがね。ああ、描きかけの絵には触らないで」
先日片づけたばかりのアトリエの中央に、キャンパススタンドに立てられた描きかけの絵があった。大作のようで、とても大きなキャンパスだ。アンリエッタも見たことのない絵だったので興味本位に覗き込んで、思わず息を呑んだ。
「リシャール様、これ……」
「うん、君だよ」
さらりと言われてアンリエッタは絶句した。
大きなキャンパスの中には、花柄のエプロン姿のアンリエッタが笑顔でぶどうを踏む姿が描かれていた。
ジョルジュも絵を見て驚いたように立ち尽くしている。
「……叔父上が人を描くなんて」
「こらこらジョルジュ。私だって誰かを描きたくなることはあるよ。それが愛しい人ならなおさらだ」
(愛しい人……)
演技だとわかっていても、面と向かってそう言われると照れてしまう。
アンリエッタが思わず俯くと、ジョルジュが描きかけの絵の隣に置かれていたデッサン帳を手に取った。
「……アンリエッタばかりですね」
「え?」
びっくりして顔を上げると、ジョルジュがぱらぱらとめくっているデッサン帳が目に入る。確かに、どのページにもアンリエッタの顔があった。
(これ、いつ用意したのかしら……? 婚約者の演技のための小道具、よね? それほど時間はなかったはずなのに……)
「こらこら、勝手に見るんじゃないよ」
リシャールはジョルジュの手からデッサン帳を回収してぱたんと閉じる。そして飾り気のない木製の椅子を三つ持ってくると、座るように言った。
「昨日の話の続きだったね。君がここに来たわけを聞いていたんだった」
「そうです。でもその前に、叔父上がアンリエッタの結婚を申し込んだと言うのはどういうことかご説明いただきたいです」
「説明、と言われてもね。そのままなんだけど」
「アンリエッタは僕の婚約者です」
「元婚約者だろう。そこは間違えないでくれ」
「確かにお互いの見解の相違があり婚約破棄しましたが、僕の心はまだアンリエッタにあります」
(よく堂々とそんなことが言えるわね。逆に感心するわ)
ジョルジュは愛をたくさんお持ちのようだから、彼の言う通り、まだアンリエッタへの気持ちは残っているのかもしれない。だが、ジョルジュの心は「アンリエッタに」あるのではなく「アンリエッタにも」あるということだ。あきれる。ジョルジュはこちらに流し目を送ってくるが、ちっとも心は揺らがない。
(しかも見解の相違とか、うまく言ったものだわ)
ジョルジュの言葉を借りるなら、世の中、浮気されたとか浮気したとかで別れた夫婦は、すべて「見解の相違」と言うことになるのだろうか。もっとも、ジョルジュはほかに恋人を作ったことについてはちっとも悪いと思っていないようなので、ジョルジュの見解の相違とは、後宮計画にアンリエッタが乗るか乗らないかという部分に限るようだけど。
こんな理屈も考え方もあわないジョルジュの説得など、アンリエッタには無理だ。ここはリシャールに任せよう。
「ジョルジュ、君の心がまだアンリエッタにあったとしても、アンリエッタの心はもう、君にはないんだよ」
「そんなもの、わからないじゃないですか」
(いやいや、わかるでしょ)
「現実を見なさい。アンリエッタは私の結婚の申し込みに了承したと言ったろう?」
「僕がまだアンリエッタを好きだとわかった今なら気持ちも変わるはずです」
(どこから来るのよその自信は!)
「ジョルジュ、百歩譲ってそうだとして、ならば君は、セフィア王女との縁を切ってアンリエッタを選ぶのかい?」
「セフィア王女とアンリエッタは関係ありません」
(大ありでしょうが!)
ここまで常識が通じないと、唖然とするのを通り越して茫然としてしまう。どういう思考回路をしているんだろう。
「そこまで言うなら、アンリエッタの口から直接聞いてみるかい? アンリエッタ、私とジョルジュ、君はどちらと結婚したい?」
アンリエッタはちらりとジョルジュを一瞥したあと、リシャールに笑顔を向けた。
「申し訳ありません殿下、わたくしはリシャール様と結婚いたします」
さすがにこれで諦めるだろう。
しかしジョルジュは特にショックを受けた様子でもなく、頷いて言った。
「わかった。じゃあ、アンリエッタの気持ちが変わるまで僕はここにいるよ」
(なんでそうなる―――!?)
前途は絶望するほど多難たった。




