王弟殿下の非常識な計画 2
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リシャールの読みは、見事に的中した。
そして、ジョルジュは非常識かつ迷惑なことに、真夜中にやってきた。
呼び鈴をしつこいくらいに鳴らされて、まず叩き起こされたのは執事のエバンスだったようだ。
呼び鈴の音と階下から聞こえてくる無遠慮な大声に覚醒を余儀なくされたアンリエッタは、気だるい体を無理やり起こし、夜着の上にガウンを羽織った。
「あの声、王太子殿下の声ですよね?」
同じくジョルジュの声に起こされたパールが、隣の部屋からやってきた。
「そのようね……」
しかし、やって来るにしても時間を考えてほしい。
窓の外は真っ暗で、時計は深夜を差している。何だって夜中に突撃訪問してくるのだろう。
必死に眠気を殺して廊下に出ると、廊下の奥からリシャールが歩いてくるのが見えた。
「うちの甥っ子には困ったものだね。私が対応しておくから、アンリエッタは寝てていいよ」
「でも――」
「アンリエッタ――!」
「…………」
申し訳ない、と言いかけたアンリエッタは、階下から響いて来たジョルジュの叫び声に思わず閉口した。出来ることならこのまま回れ右して聞こえなかったふりをして眠ってしまいたい。
アンリエッタはものすごく嫌な顔をした。寝起きの不機嫌も相まって、表情を取り繕う気にもならなかった。
「…………あの様子だと、わたくしが行くまで騒ぎそうですから、行きます」
行きたくないが仕方ない。リシャールとエバンスに多大なる迷惑をかけてしまうことになりそうだから。
「そうかい? なら止めないが……寝起きにあれの相手は疲れると思うよ」
(そうでしょうね……)
婚約していたときも意味不明だと思ったことはあるが、今日は輪をかけて意味不明だ。せめて朝か昼に来てほしかった。
「じゃあ、さっそくだけど、婚約したての演技を頼むよ」
「はい」
寝起きで頭が回っていないこの状況で演技をするのは大変だが、リシャールの提案に乗ったのはアンリエッタだ。しっかり務めなくては。
リシャールとともに階下へ降りると、ジョルジュが玄関ホールでにこにこと笑っていた。エバンスの微笑が引きつっている。
(可哀そう、エバンスさん……。話が通じなくて困ったでしょうね)
やれやれと心の中で嘆息して、アンリエッタは妃教育で培った笑顔を顔に張り付けた。
「殿下、お久しぶりです。夜だと言うのにお元気ですね」
「アンリエッタもな」
アンリエッタは嫌味を言ったつもりだったのに、ジョルジュには全く通じなかった。
がっくりとうなだれたい気持ちで、「ええ、まあ」と力なく返事をすると、隣のリシャールがエバンスにジョルジュのための部屋を用意しるように命じる。
「ジョルジュ、部屋の準備をさせるから、それまでこっちにおいで。お茶くらいだそう」
「ありがとうございます叔父上! 馬を走らせてきたから喉が渇いているんです」
それは、喉が渇いているのは馬の方ではあるまいか。
アンリエッタが心配になっていると、リシャールがすぐに、エバンスと同じくジョルジュの声に起こされたメイドを捕まえて、厩舎係に馬の世話を頼むように言った。厩舎係もおそらくジョルジュのせいで起きているだろう。
メイドの一人が厩舎係を呼びに行き、別のメイドがお茶を用意してくれる。
ダイニングに入ると、アンリエッタは、リシャールとともにジョルジュの対面に座った。
「ジョルジュ、城を抜け出して来たんだって? 怒られても知らないよ?」
「大丈夫です。用事がすんだら帰るので」
その自信はどこから来るのだろう。
「用事って?」
おおよそ推測がすんでいるのに、リシャールはとぼけたような顔で訊ねた。
ジョルジュは紅茶を飲みながら、ちらりとアンリエッタに流し目を送る。
「その、アンリエッタに話がありまして」
「どんな用事かな?」
「……できれば二人で話したいんですが」
さすがに叔父の前で堂々と「後宮を作りたいから愛妾になって管理してくれ」とは言えない様子。
(一応、このあたりの常識はある……? いえ……)
単にリシャールに聞かれると妨害されるかもしれないと言う危険性からの判断か。ジョルジュに「常識」が通用するとは思ってはいけない。アンリエッタは自分に言い聞かせた。
「こんな夜更けに、男女二人きりにできるはずないだろう?」
「ですが叔父上、アンリエッタは僕の婚約――」
「元、だ。ジョルジュ。そこを間違えてはいけない。そこを間違えられると、私も冷静ではいられないからね」
「何故叔父上が冷静でいられなくなるんです?」
リシャールは、するりと自分に都合のいい方向へ話題を動かすのが得意なのかもしれない。感心していると、リシャールが実にさりげなく、テーブルの上のティーカップに添えられていたアンリエッタの手を握った。
ジョルジュの視線が、すっと二人のつながれた手に移動する。
「叔父上?」
「ジョルジュ。正式にまとまれば報告するつもりだったんだが、せっかくだ、お前の耳には入れておくよ。私はアンリエッタに結婚を申し込んだ。彼女からもいい返事をもらっている」
もちろんこれは嘘っぱちだが、ジョルジュが愕然と目を見開いたところを見ると、上手く信じてくれたようである。
「な……え? どういうことですか叔父上! アンリエッタは僕と」
「婚約破棄をした。だろう?」
「そう……ですけど。でも!」
「失礼いたします、旦那様。お部屋の準備が整いました」
ジョルジュが何かを言いかけたとき、エルビスが絶妙なタイミングでダイニングに入ってきた。
リシャールがアンリエッタの手を引いて立ち上がる。
「ジョルジュ、今夜はもう遅い。話の続きは明日にでも改めてしよう。王都からここまで馬で駆けてきたのなら疲れているはずだ。今日はお休み」
ジョルジュはぱくぱくと音を出さずに口を動かして、やがて諦めたように肩を落とした。ここで叔父に逆らうのは賢明でないと判断したようだ。
「わかりました。それではまた明日」
ジョルジュがエルビスに案内されてダイニングから出て行く。
足音が聞こえなくなると、リシャールは顎に手を当てて「うーん」と唸った。
「あの様子だと、まだ納得していないようだね。これは時間がかかるかなぁ」




