王弟殿下の非常識な計画 1
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アンリエッタの予感は的中した。
「ああ……!」
ベッドの上にうつぶせに寝転んで頭を抱えるアンリエッタに、パールが同情めいた視線を向ける。
「まさか、お嬢様とリシャール殿下が婚約なさることになるなんて」
「殿下を騙すための演技でね」
そう。
リシャールの提案した「非常識」な計画。
それは、アンリエッタとリシャールの婚約だった。
もちろん、正式な婚約ではなく、偽りの婚約だ。二人は近く婚約する、ジョルジュがそう思い込みさえすればいい。
ジョルジュはアンリエッタを愛妾にして後宮の管理をさせるつもりでいる。
ならば、アンリエッタが愛妾になれない立場であれば、ジョルジュの計画も潰えると言う寸法だ。
理屈は理解できるけれど、滅茶苦茶穴だらけな計画にしか思えない。いや、ジョルジュの計画も穴だらけだから、穴だらけ同士でちょうどいいのか、どうなのか。
(おばあ様が聞いたら狂喜乱舞しそうね。そして演技だとわかれば大騒動よ。絶対に耳に入れるわけにはいかないわ)
リシャールは、ジョルジュが諦めて帰るまで演技を続けていればいいと言った。
アンリエッタがソルフェーシア伯爵家に戻ると、ジョルジュはそう簡単にはアンリエッタと接触を取れなくなる。だから、今回ジョルジュを諦めさせて追い返すことができれば、そのあとはどうとでもなるという寸法らしい。
今回の計画で重要なのは、ジョルジュに自分の意思で「諦めて帰る」という行動をとらせることらしい。騎士団に連絡をして捕獲を試みた場合、逃げられたあとが厄介なのだそうだ。
「わたしには信じがたいけど、ジョルジュ殿下は自分の欲求を叶えるためという一点においては、本当に頭がキレるらしいわよ。ここで下手に追い詰めて逃がすと、今度はブラージ国を味方につけて、陛下に退位を迫って自分が王位につくくらいのことはしでかしそうなんですって。本当かしら?」
前回、婚約者であるアンリエッタに馬鹿正直に愛妾になれだの後宮を管理しろだのと馬鹿発言を繰り返したジョルジュである。にわかには信じがたいが、リシャールが言うには、前回はそれで意見が通ると思っていたからだそうだ。謎すぎる。まあ、ジョルジュは常識で測れない人間らしいので、常識から抜け出せないアンリエッタが理解できるはずもないのだろうが。というか理解したくもない。
「まあ、何はともあれ、大奥様のお耳に入らないことを祈っております。これが正式な婚約であれば何ら問題なかったのですが、残念ですわね」
「……そう、ね」
アンリエッタは曖昧に笑う。
リシャールと本当に婚約。たぶんそんな未来は来ない気がするが、もし本当に婚約し、結婚することになったら、彼とはうまくやって行けるかもしれない。でも、それはアンリエッタの主観であり、リシャールにとってはアンリエッタは対象外だろう。今回演技で婚約者を演じようなどとさらりと言ってしまえることが何よりの証拠だ。
アンリエッタは自分の結婚が思い通りになるとは思っていないし、そこに恋愛感情がないといやだと我儘を言うつもりもない。リシャールとどうこうなるはずがないから、アンリエッタは祖母が次かその次に選んだ、家のために都合のいい相手と結婚することになる。
アンリエッタの未来はいつも祖母の手のひらの上。
祖母のことは嫌いではないし、祖母がアンリエッタの幸せを考えてくれていることも知っている。
だけど、自分のことなのに、自分で選択できないもどかしさは、胸の奥で小さな炎のようにくずぶっていた。
アンリエッタは、翼を切られた籠の鳥。
だからだろうか、アンリエッタよりも窮屈であるはずの王族のリシャールが、この地で、のびのびと自由に生きているのが羨ましくて眩しかった。
この人とここで生活すれば、アンリエッタも自由になれるのではないかと、そんな錯覚すら覚えるほどに。
のんびりと絵を描くリシャールを横で眺めて、たまにお祭りに参加して。
そんな、時間に追われない生活。
……なんて、素敵なのだろう。
「いっそのことリシャール様にお願いして、本当に婚約してしまえばどうですか?」
「何言ってるのパール。そんなの、リシャール様を困らせるだけよ」
「困らせて見ればいいじゃないですか。意外とそれで何かが生まれるかもしれませんし。……はい、バスルームの準備が整いましたよ」
アンリエッタは起き上がり、ベッドから降りてバスルームへ向かった。
香油を落としたいい香りのするバズタブに浸かると、パールが髪を洗ってくれる。
(何かって、いったい何が生まれると言うの……)
そんな漠然とした不確かなもののためにリシャールを困らせるわけにはいかない。
それに、これではまるで、自由なリシャールが羨ましくて、自分も自由になりたいからここにいたいと言っているようなものだ。これではあまりに自分勝手すぎる。
「どこかの王太子のようになれとは言いませんが、お嬢様はもう少し自分のことを優先していい気がしますけどね」
パールはそう言うが、それは無理だ。
だってアンリエッタは、そんな生き方を、教えられてこなかったから。




