王太子は諦めない 5
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「……つまり、ジョルジュ殿下は後宮計画をまだあきらめてないと言うことですか?」
ダイニングで夕食を取りながら、アンリエッタはリシャールに訊ねた。
リシャールは昼間、なぞなぞのような言葉を残して結局答えをくれなかったのだ。
夕食までの数時間、アンリエッタはひたすらリシャールのなぞなぞの答えを考えて、ようやく導き出した答えがこれだった。
リシャールはステーキを切り分けながら、笑顔で「うん、及第点」と言う。
(及第点だけど、まだ完全に正解ではないって顔してる)
リシャールの笑顔は曲者だ。彼の笑顔は彼が何を考えているのかをすべて隠してしまうからである。ここで二週間ほど生活して、なんとなくリシャールの癖がわかってきたアンリエッタは、多少は彼の笑顔の下の本音を見抜けるようになってきたが、また確実ではなかった。
「では問題です。ジョルジュの後宮計画に必要なものは何でしょう」
「え? ……周囲の理解ですか?」
「ぶー。それは『常識』の範囲内の答えです」
(つまり、ジョルジュ殿下の考える非常識な答えを探せってこと?)
そんなもの、わかるはずがないではないか。
普通に考えれば、一番の関門は王や宰相、議会からの承認である。彼らが許可しない限り、ジョルジュの後宮計画は決して現実にならない。――いや?
(抜け道は、あるわ。後宮を建てるのではなく、王家が保有している別邸のどこかに殿下の恋人たちを住まわせることができれば、事実上後宮に近い場所になるはずよ。議会もさすがに、王や王太子が自分の保有する別邸の扱いについてまで止めることはできない。まあ、周囲は猛反対するでしょうけど、押し切ることは可能。なら……あとは何が足りないのかしら?)
後宮に住まわせる恋人たちはたくさんいる様子だ。恋人を探す必要はない。では、妃になるセフィア王女の許可? いや、違う。これも多分「常識」の範囲内だ。ならば、普通の人間なら考え憑かないこと。
――だからアンリエッタとの婚約を解消して、アンリエッタには愛妾の一人として後宮に入って、そこを管理してもらおうと思って。名案だろう?
(まさか……)
あった。非常識なこと。ほかならぬジョルジュの口から一度聞いていた。
「……必要なものは、わたくし?」
アンリエッタが愕然と目を見開くと、リシャールはもぐもぐとステーキを食べながら頷く。
「おそらくはね」
「ちょ、ちょっと待ってください。だったら殿下は、わたくしに会いに来ようとしていると言うことですか?」
「だと思うよ。今、アンリエッタは私の邸にいる。伯爵家に戻ったあとだと君に会うのは妨害されるだろうが、今なら相手は私とこの邸の使用人だけだ。何とかなると踏んだに違いない」
「でも、わたくしがここにいることは殿下は知らないはずです」
「そんなもの、仕入れようと思えばいくらでも仕入れられるよ。閉じ込められていたってね。言ったろう。バカと天才は紙一重だって。ジョルジュは自分の目的のためには、びっくりするようなことをやってのけることがある。常識で考えてはダメだ」
なんて面倒くさい王太子だ!
アンリエッタは頭を抱える。
「捜索の手は伸ばされているだろうけど、捜索の手をかいくぐってここまで来ることくらい、ジョルジュはやってのけるだろうね」
「どうするんですか!」
ここに来られたところでアンリエッタの答えは決まっているが、城から逃亡してまでやってきたジョルジュがすんなり諦めるとも言い難い。
リシャールは「うーん」と考えて、それからニコリと笑った。
「さすがに叔父として、甥っ子の暴走をこのままにするわけにもいかない、か。仕方ないね。だったら、こちらも非常識な手段を取ることにしようか」
「非常識な手段?」
どうしてだろう。「常識人」のはずのリシャールから発せられた「非常識」の言葉に、アンリエッタは言いようのない不安を覚えた。




