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「分かりづらいわね。クロエ、来なさい」
ココはクロエを自分の近くに呼びつける。
ココの机の後ろにある両開きの窓の前に誘導すると、そこに立たせたままココは窓を全開にした。
一気に冷たい風が窓から入り込んでドアに向かって室内を駆け抜ける。
「うわっ! ココ、寒いからやめろって!」
「ささ……寒くなななんか、ないわよ!」
ココは声を震わせながらそう答える。
何をやせ我慢しているのか知らないが、ただでさえインナーを作るためにコートを脱いでいたし、窓の真横にいるのだから寒いに決まっている。
だが、そのすぐ横に立っているクロエはビクともせずに顔を傾げる。
「全く寒くないですよ? こんな薄いの一枚なのにすごいですね!」
寒いはずなのに暖かいという事実だけで既に十分にクロエは混乱しているようで、驚くまで至っていないみたいで、この状況を受け入れてしまっている。
クロエがそんな様子だから、ココもクロエがやせ我慢の演技で寒くないと言っている訳ではない事に気付いたようで、震えながら窓を閉める。
「こ、こここれで……分かったわね」
相変わらず顎をガクガクを震わせながら、ココは得意げな顔をしようとしている。
「とりあえず暖まれって」
ココに近づき、肩に手を置いてココのブラウスに【保温】を付与する。
すぐに効果が現れる訳ではないのか、ココは目を細めて俺を睨みつけてきた。
「ああ貴方……なななな何をしているの?」
「まぁ、少し待ってろよ」
「ふぅん……」
ココは訝しりながらもそのまま大人しく椅子に腰掛けた。
しばらくすると、じわじわと身体が暖まってきたようで、いつものココに戻る。
「なるほどね。すごいじゃない。暖かいわ」
「ですよね! ココ様! これですよ!」
ココは顔を綻ばせながらもまだ頭の中では何かを考えているようだ。
「そうね……ただ、どうやって売ろうかな。一度着てもらわないと、これの凄さは分からないじゃない」
「そうだよなぁ」
返事はしてみたが、良いアイディアは浮かばない。
ヴァーグマン商会はまだ開店して日も浅く固定客は殆どついていない。そこからの口コミを期待していると、冬が終わってしまいそうだ。
「ん……じゃあタダで配りましょうか」
まだ寒さで頭がおかしいままなのか、ココが売り物をタダであげるだなんて言い始める。
「タダ?」
「えぇ。そうよ。この街の住民と、トマスにも協力してもらって他の街にも配ってもらいましょうか。ある程度認知してもらわないと手広く売れないもの。その後はそれなりの価格で売ればいいのよ。これだけ便利なら買ってもらえるわ」
「本当に上手くいくのか?」
「当たり前じゃない。原価はインナー一枚分で……二枚、いや、三枚分の価格でも売れるんじゃないかしら。無料分はこの街と他で配る分だと万単位かしら。住民の五割が買ってくれたとして、他の街まで広がれば……かなり儲かるわね」
ココは頭の中でそろばんを弾いているようだ。目を瞑って計算に励んでいたが、結果が出ると目を見開く。その目は髪と同じゴールド色で金の文字が浮かんでいる。
この街に来た時にココは俺に投資すると言っていた。その投資を回収するタイミングがいよいよ来たとばかりに鼻歌交じりに上機嫌だ。
「さ、一秒でも多く作ってもらうわよ。バンシィ、倉庫に行きましょうか」
ココはそう言って立ち上がり、外套を羽織ろうとしてピタッと止まる。
「これは不要ね」
ココは冗談めかしてそう言うと、春先の服装と言われた方がしっくりくるブラウス一枚という薄着で部屋から出て行った。
◆
あれから数日間、倉庫にこもり続けて【保温】を付与したインナーを作り続けた。名付けて「あったかインナー」。微妙なダジャレはココのセンスだ。
ココは出来た傍からプリムの街、またはトマス経由で他の街で「あったかインナー」を無料配布し続けた。
おかげで売り物として店に在庫を並べた頃には、我先にと言う感じで追加購入を目論む客が殺到した。
今日も今日とて、たくさんの客にあったかインナーを売りさばいた。クロエやココの部下が手伝いに入ってくれはいるが、明らかにキャパ不足でてんてこまいだった。
「ありがとうございました! またどうぞ! ……だー! 疲れたぞ!」
最後の一枚を売り切って店の中はすっからかん。今日もやり切ったのだが、これから更に在庫を積み増すための作業が待っている。
「お疲れ様でした。皆さん、屋敷に戻っていいですよ」
クロエの号令で店にいたココの部下たちがゾロゾロと店から出ていく。つい数分前まで人と服でごった返していたとは思えない程殺風景な店内に俺とクロエの二人だけが残る。
「クロエ、今日もありがとな。ずっと立ちっぱなしだったろ」
「いえ、ココ様があんなに楽しそうなのは久しぶりですから私も働き甲斐があります。ずっと鼻歌交じりでいくら儲かったって嬉しそうなんですもん」
あくまでクロエはココのために働いている、という事らしい。何がそこまでの忠誠心を生み出しているのか分からないが、クロエのココに対するそれはかなりのものだ。
「どれだけココのことが好きなんだよ……」
「バンシィさんには分かりませんよーだ」
冗談めかしてクロエはそう言って笑う。
「私はココ様のことなら何でも分かるんですから。例えば……あ! ココ様が来られますよ! さん……に……」
見えもしないし人の気配もないのにそんなことを言い出すので、おいおいと突っ込もうとした瞬間、カランカランという音と共に店の扉が開いてココが入ってきた。
「え……お……まじかよ……」
「何? 私が来ると何か不都合でも?」
「い……いや……」
高性能ココ探知機ことクロエはココの死角でクスクスと笑いながら俺の横にある姿見を指さしている。
クロエのスキルにそんな効果があるわけ無いと思っていたら、やっぱり種も仕掛けもあったということだ。
「まぁいいわ。二人で仲良しこよしね。苦楽を共にすると友情も芽生えるんじゃない?」
店に入った途端、珍しいものを見るような態度を取られたからかココはかなり不機嫌そうにそう言う。
「こ、ココ様! 別に私はバンシィさんとそういう関係じゃないですから! 私はココ様一筋です!」
「あら、嬉しいわね。じゃ、このボーナスはクロエにあげちゃおうかしら」
ココは肘にかけた小さなカバンからパンパンに膨れ上がった革袋を取り出す。持ち上げるだけでジャラジャラと音がするので、中に入っているのは金。もし金貨だとするとものすごい金額だろう。
「えぇ!? い、いいんですか!?」
「冗談よ。これはバンシィへの支払い。クロエ、貴女へのボーナスはきちんと用意してあるから私の部屋に取りに来なさい。今晩ね」
「は……はいぃ……」
クロエは顔を真っ赤にして俯く。ボーナスをもらうだけのはずなのだが。
「一体何すんだよ……」
「あら。バンシィも混ざってみる? 何をするのかは部屋に来てのお楽しみよ」
ココがにやりと笑う。からかわれていることは明らかなので無視してココから革袋を奪い取ると、ココは肩をすくめる。
「つれないのね」
「どうせからかわれてるだけだしな」
「あら。それは来てみないと――」
ココが反論しようとした時、店の扉が開かれる音がする。
入り口には、ほぼ裸の女がいた。正確には裸ではないが、胸と股のあたりを隠すだけの鎧を身にまとっている。
この人と切り合いをしたとして、素肌を斬らない方が難しいくらいの露出度の高さだ。それでも肌には傷一つない。冒険者になりたてか、最初から才能に溢れていた手練かの二択だろう。
どっちにしてもこんな寒い日に裸同然の鎧だなんて変な人に決まっている。
「今日はもう店仕舞いなんですよ。すみません、また明日――」
「いえ、バンシィ。お客様を無碍には出来ないわ。いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
ココは彼女の何を気に入ったのか、恭しく頭を下げながらも、見えないように舌なめずりをして露出狂の女を店の中へ招いた。




