Mercato
ダンジョン大国、合金帝国。
僕らの住む母国には多くのダンジョンが点在する。
ダンジョンには内部の環境や出現モンスターの系統がある。そのダンジョン特徴はダンジョンの最奥にいるボスモンスターを倒すことによってダンジョンの秘宝、宝具が手に入り、その宝具を鑑定することによってダンジョンの正式名称が分かり、特徴も判明する。
【合金と甲殻の廃聖堂】だと、合金がダンジョン全体に存在し、モンスターにも特徴として表れる。モンスターの種別を見ると甲殻類系が多い。この甲殻がなんらかの合金で出来ている。
そしてダンジョンの形は廃れた聖堂型だ。
資料を加筆修正しながら、ダンジョンの基本事項を改めていく。
懐中時計を見るとお昼が近いが机の上の報告書の山を見る限り今日は出られそうにない。
仕方がない。
地下から上がって食堂へ向かう。
途中にある窓から演習場を見遣ると僕のことを舐めている軍曹たちが部隊毎に分かれて演習していた。
少し見るが、もうすぐ終わりのような雰囲気。
急いだほうがいいかな。
早歩きで食堂へ向かう。
今日は仕事が多いのに彼らに捕まったら面倒臭い。
正午前なので、まだ疎らな食堂だが、どんどん混み始めるので歩く速度は変わらない。
ビュッフェスタイルの食堂だが、テイクアウトも出来るのでそのコーナーへ進む。
サンドイッチコーナーでバニーニを取り、ドリンクコーナーでキャラメルマキアートを取る。
今日は糖分が欲しい日だ。
お金を払い、出口へGO。
人のことを舐め腐ってる部下連中が多くなってきたので壁際を歩きながら限界まで気配を抑える。
「おや〜?ルーペ中尉、今日は食堂なんですねぇ」
…見つかった。
「いつもは外で独り飯なのに珍しいですねぇ」
ねちっこい喋り方のコイツはマンジーニ曹長。
貴族階級出身だが一般入隊者。ダンジョンが多く、攻略するために強さが求められる実力主義の帝国軍だがコネは存在する。貴族出身となればそれなりの地位に着くことも可能だ。
マンジーニ曹長は子爵家出身なので尉官にもなれるはずだが素行不良が原因で曹長にある。
幹部候補校卒だが平民出身で資料編纂室所属の僕は恰好の攻撃対象のようだ。
「何か用かな?マンジーニ曹長」
「いえいえ、いつもは見かけない方がいらしたので、お声を掛けたまでですよ」
つまり、用はないと。
「そうか、では失礼する」
僕の肩に手をかけようとするマンジーニ曹長の手を躱して食堂を出る。
「チッ」
後ろから舌打ちが聞こえるが無視だ。相手にしていたらキリがない。
バニーニを食べ終え、キャラメルマキアートを飲みながら資料を見る。
この世界の市場経済はダンジョンによって成り立っていると言ってもいいだろう。
もちろん、農林水産業や貿易業などもあるが割合でいうと四割がダンジョンからの供給で経済が回っている。
世界的に見てもダンジョンが二十六箇所も国内にあるのは帝国だけだ。他国では十あればとても多いという評価なのに。
ダンジョンが多い帝国はそれを探索する探索者も多く、それに伴い住民も多い。年々、指数関数気味で増加傾向にある人口は物資の需要量も増加させ、供給量も増やしていっている。
ダンジョンが無くなった日には帝国は亡国の憂いに合うだろうな。
カコンと音が聞こえた。
お昼の報告書が届いたようだ。
机の上の資料を整理してポストを覗きに行く。
あれ、少ないな?
いつもより少なめな報告書の束を見ながら机に戻る。
一冊目はいつも通りの報告書だが二冊目以降に重要印が押されていた。
帝国鉄道復旧日目算、新人魔人の登録、第四皇子の探索記録か。
鉄道は予想通り七日間が目処。スタンピード決定だね。
新人魔人は今年の幹部候補生か。次のエリート様の誕生かっと。
第四皇子は別名探索皇子。自力でA級探索者になったガチ勢だ。魔人でもある。
重要印付きだけど、更新内容としてはそこまで多くない。
すぐに終わるな。
さっさと更新を終えて、探索者ギルドの地図を取り出す。
巨大な藁半紙に描かれた地図は帝国全土が事細かに記載されている。
これは探索者ギルドが管理しているダンジョンの産物で登録した生物の所在地が分かる便利グッズだ。
リアルタイムの能力値によって色分けもされるので単純な力量だけならばA級などの区分が楽に分かる。
拡大縮小に表示非表示や他の地図との連動もできるので世界中の探索者ギルドで使われている。
本当は帝国軍が持っていていい物ではないのだけど、この街の弱小マフィアが闇ルートで手に入れたものの、薬物事件が起き、弱小マフィアを家宅捜索。その際に差し押さえられた地図だ。弱小マフィアは他所のマフィアに吸収された。構成員は生きていない。
忘れられて資料編纂室に埋まっていたこの地図は本来なら探索者ギルドへ返還するべきなのだろうけど、便利なのでそこは見て見ぬふりだ。
他人にばれない限り借りておく予定だ。
「A級を表示」
地図に手を当てながら登録されたキーワードを呟くと赤い点が表示される。
A級探索者並みの実力の持ち主の所在だ。
当たり前だが帝都の王城や軍の基地、ダンジョンのある街に集中している。
北部付近に両手を置いて、両手を外側へスライドさせると北部が拡大される。
災害のせいで赤い点が極端に少ない。近くの街に数人いるがそれだけだ。
「A級探索者を表示」
赤い点が二つに減った。
なかなかヤバいね。
ノートに情報をメモして、基地司令に早上がりすることを告げて基地を出る。
北の方角を見ると曇っている。血掟都市にも大雨が降るかもしれない。
行き先は自宅ではなく商業組合だ。
迷わず証券窓口へ進み、顔馴染みの受付に声を掛ける。
「やあ、エレオノーラさん」
「一週間ぶりですね。ピエトロ様。
こちらが一週間分の約定照会と日足チャートです」
エレオノーラは血掟都市に来てからお世話になっている組合員なので慣れたように僕のパフォーマンス資料とチャートを渡してくる。
儲け分を確認して、チャートを見る。
微々たるものだが北部の商会の株価が下落している。
予想通りだ。
「追加で入金するよ。
で、これを合わせた余力分八割を使ってこことこことここの株を買う」
商会の名前は出さない。
誰に聞かれてるか分からないからだ。
「承知いたしました。
こちらの用紙に買い付け金額の記入をお願いします」
今の株価よりもさらに下がると予想できるが、低過ぎる金額を書いたら書い損なう可能性がある。
最低値を予測してそれよりも少し高めの金額を書く。株取引の基本だ。
用紙を渡せばやることは終わりだ。
株価が提示した金額になれば買い付けされる。
さて、どうなるかな?
商業組合を出て帰宅する。
帰宅路でいつものように安物ワインを買ったので、窓を見下ろしながらグラスを傾ける。
毎晩の如く例の酒場にバジリカータファミリーが続々と入ってる。
そのうちの一人、マテーラがこちらを仰ぎ見た。
ハンドサインで順調と伝える。
マテーラは顔を戻し、酒場へ入って行った。
昨晩の投資話は僕に対するバジリカータファミリーからの投資だ。
北部の株価が下がることが予想出来たので資金力のありそうな彼らに話を持ちかけた。
マフィアと協力関係になることは法的に禁止事項だが、そんなこと言ったら大抵の大貴族が監獄行きになる。
バジリカータファミリーを含めた二十の古参マフィアは血の掟という特殊な契約でファミリーを結束していて、その掟の内容には他者へ情報を漏らさないというものも含まれている。
血を媒介にした契約故に拘束力が強く、契約者が死んだとしても情報は守られる。
因みに街の名前であるオメルタという名前はこの掟を作った伝説のファミリーのボスの名前だそうだ。
僕の名前の信用もあり、賢いバジリカータファミリーボスの側近、マテーラはその場で運用資金を用意して僕に任せてくれた訳だ。運用資金と儲け分が借金分だ。
もちろん、僕も慈善団体じゃないので対価も要求しているが、これはまだいい。
まだその時じゃないからだ。
さて、明日に備えて寝るとする。