Collega
資料編纂室でやることは既存資料の更新が殆どだが時々、外部からの資料請求が来る。
主にダンジョン関係や遠征訓練地の環境資料などが大体だ。
と言っても、資料編纂室は窓際部署なので基本的には欠員状態だ。
資料の用意は専ら新兵の雑用業務になっていた。
今朝、基地司令に挨拶に行くと資料請求書が渡された。
請求主は帝室警備部。国家警備部所属のエリートのみで構成された帝室の警護部隊だ。
警備隊も帝国軍も名前は違えど内情は同じ軍人だ。
一般人を相手にするか軍人を相手にするかしか違いはない。
そんなエリート軍人が求める資料はなんだろうか?
【UD3の関連資料全て】
これ、昨日の暗号だよね?
念のために昨日の軍港の記録書を確認するが、暗号部分は加筆されていない。
つまり記録上は不明のままだ。
これは試されているのだろうか?
請求書をもう一度見ると早急に欲しいとある。
ふむ。
UD3はUncaptured Dungeon 3、つまり攻略されていないダンジョン三箇所のことだ。
CD11はCapital’s Dungeon 11、帝都ダンジョン十一箇所。
AD7はArmy’s Dungeon 7、軍専属ダンジョン七箇所。
LD5はLocal Dungeon 5、地方都市ダンジョン五箇所。
帝国が把握しているダンジョンの数と完全に一致しているので間違いないと思う。
で、どっちだ?
暗号未解読ということにして軍港関連を送ればいいのか、それともUD3の関連資料を正直に送ればいいのか?
前者だと無能がさらに無能を晒したとして減給があるかもしれない。
後者だと無能が暗号を解読した。いや不審メモの持ち主として疑われる可能性がある。
…詰んだかな?
請求書と睨めっこしながら思考に沈んでいると、資料編纂室のドアがノックされた。
「どうぞ」
緊急の伝達だろうか?
僕は、最下位でも幹部候補校を卒業した中尉なので基地内ではそれなりに地位が上だ。
舐められてるけど…。
まあ、緊急連絡くらいはしっかりと伝達される。新兵から。
「おーっす。ピート、元気かー?」
「カスト?久しぶりだね。もちろん元気だよ。そっちは?」
「元気元気」
ドアを開けて入ってきたのは軍事学校の同期のカストだった。僕のことを愛称で呼ぶ彼は陸軍特殊戦闘部隊所属だったはずだ。帝室警備部ほどではないが出世街道なことは間違いない。
「今日はどうしたの?」
「帝室警備部の使いっ走りだよ。
暗号関連の請求書来てるだろ。その説明」
あ、答えを持ってきてくれた訳だ。
「そのUD3は未攻略ダンジョンを指してるから、それ関連の資料をよこせだってさ」
「なるほど、そう言う意味だったのか。
ありがとう。カスト。もうすぐで軍港の記録書を送るところだったよ」
割と本気でお礼を言う。
僕だって減給の可能性は減らしたい。
「おう、気にすんな」
「でも、なんでカストが伝令に?所属は陸軍の特戦部隊だったよね?」
少なくとも月初めの人事伝達にはカストの名前はなかったはずだ。
「ああ、イーヴォだよ。軍本部に報告書を提出に行った帰りにイーヴォに捕まってパシられた。
暗号は機密事項だから答えは書けないってよ」
「それは、災難だね」
イーヴォも僕の同期だ。軍事学校を主席で卒業し、帝室警備部に配属されたエリート。
学生時代は直接関わりはなかったけど、万年主席と万年最下位と言うことでそれなりに僕らは有名だった。
今は、資料請求関連で時々、連絡を取る間柄だ。
カストと雑談しながら未攻略ダンジョンの資料を用意する。
一般にも解放されているダンジョンだが周辺環境の詳細情報は機密部分なので取り扱いは要注意だ。
カストに念を押しながら渡す。
普段は基地同士を行き来する伝令部隊が配送するが、今日はカストがそのまま軍本部に持って帰ってくれるそうだ。
宛先を書かなくていいから楽だな。
「じゃ、また来るよ。辞めたりすんなよ?」
「辞めないよ。またね」
カストがいなくなると、急に静かになる。
僕1人だから当然だが、寂しいものだ。
資料請求以外は警備隊の犯罪検挙報告だけだった。重要の資源や建造物、人物が関わってない限り既存資料を更新する必要がない。もし、重要性のある報告書なら重要印が押されているので問題ない。
興味を惹かれる報告書がないか流し読みをする。
お、昨晩、マフィアの抗争があったようだ。相打ちで二人死んでる。
魔人が関わっているようだが名前や種別までは載ってないか…。
懐中時計を見ると十三時。
意外と時間が経っていた。
遅めの昼食を取るために街へ出る。
「お昼、行ってきます」
「おー」
煙草を吸いながら立つやる気のない守衛に声を掛けて通りを歩く。
………。
15分ほど歩いて人通りの少ない倉庫通りに着いた。
警備隊の報告書にあった抗争現場だ。
一角に野次馬が見えたのでそれに混ざりながら抗争現場を覗く。
焦げたレンガやへし折られた角材が散乱してる。
レンガは倉庫の建材、角材は倉庫の内容物かな。
極東国家とは違い帝国は地震が少ないので建物は基本的にレンガ造りだ。
周囲の倉庫ももちろんレンガ造り。
メモ帳を持っている野次馬がいたので耳を澄ますと記者のようだ。特ダネがどうとか言ってるのが聞こえる。
その記者に気付かれないように近づき彼が注目している場所へ目を向けると他よりも警備隊が集まっている場所があった。
他よりもレンガが焦げており、角材は少し黒ずんでいた。
抗争現場の近くにあった喫茶店に入り席に着く。
店主が明らかに一般人じゃないが気にしない。
抗争地帯に店を構えているのだ。バックにいるのはマフィアに決まってるし、そんな店はこの街では珍しくもなんともない。
適当に注文したバニーニを食べながらさっきの抗争現場を思い出す。
あそこに死体があったのだろう。
死んだのは火の魔法を使う魔法使いと角材で応戦した戦士系の実力者。
抗争を起こしたマフィアの内、片方は探索者を囲っていると噂になっていたはず、だが探索者はマフィアの抗争に関わっていたとバレたら資格剥奪になるリスクがある。探索者ギルドの真偽水晶は欺けない。
つまり、死んだのは養殖物だ。マフィアはレアスキル持ちを養殖にする。
魔法使いが養殖物か。
戦士系の方は天然物の実力だったが、魔法使いとの戦闘の余波で倉庫が脆くなり、倒壊。
下敷きになって敵と仲良くあの世行きってとこかな。
食後のコーヒーを飲んで基地に戻る。
「戻りました」
「おー」
気の抜けた守衛の返事を聞いて資料編纂室へ進む。
ポストを覗くと数冊の報告書が入っていた。
地下への階段を降りながら表題を確認するが、全部警備隊関連で重要印も無し。
つまり、資料室に保管するだけでやることがない。
…帰ろっかな?
定時までダラダラと報告書を読みながら時間を潰した。
ザ・給料泥棒☆
鐘の音が聞こえる。時間だ。
今日も嫌味を言われながら帰路に着く。
いつも寄る個人商会で安物のワインとカルツォーネを買った。
自室でグラスを傾けながら窓を見下ろす。
通りは相変わらず酔っ払いの探索者が騒いでいて賑やかなもんだ。
見たことない顔だからよその町から来たのだろう。
お、例の酒場から人が出てきた。あの風貌は完全にマフィアだな。
あーあ、よそ者が絡みに行っちゃたよ。一人、二人、三人。
三名さんあの世へごあんな〜いっと。