Esercito
合金帝国軍資料編纂室所属中尉ピエトロ・ルーぺが僕の名前だ。
国立軍事学校を最下位の成績で卒業し、幹部候補校もまた最下位で卒業した僕が配属されたのは、権力争いに負けた者が飛ばされる左遷先の窓際部署。
帝都から近い街、血掟都市にあり、この街は日々、マフィアと警備隊が抗争を繰り広げる危険地帯なのだ。
二年近く、住んでいるが銃声の子守唄と目覚ましには慣れない。
こんな所で暮らしている一般人の気が知れない。
いや、そもそも一般人なんているのだろうか?大体がいずれかの勢力の関係者な気がする。
朝、帝国軍基地に出勤して、直属の上官である基地司令に挨拶をする。
本当だと室長とか居るはずなのだが、窓際部署なので、それにあたる上官は僕が飛ばされてくる半年前に辞めてしまったらしい。
よって現在、資料編纂室は僕一人だけが隊員である。
正直な話、そこまで悲しくはない。
やることは資料室の整理ばかりなので危険なことは無いし、給料もちゃんと中尉相当で払われているので楽な仕事で高級取りなのだ。
だから結構気に入ってたりする。
資料編纂室は帝国中の膨大な研究資料や論文、地図や自然記録などが収められており、帝国にはこの血掟都市にしかない。帝国軍基地の地下にあり、その部屋は一種の異空間になっていて、全ての資料が圧縮されて収納されている。
「さてとだ。今日は西部の地図か」
配属された者はその日に皆辞めてしまっている資料編纂室だが、僕は辞めてないのでちゃんと仕事もする。
主に保管資料の内容の差異の検分と更新が仕事だ。
先週、帝国西部の方で大きな土砂崩れがあったので、今朝届いた報告書を見ながら、その部分の地図の変更と地域の災害記録の加筆をする。
ここで編纂された資料は予備資料で帝国軍情報分析部隊の本資料と連動しているので、こちらで書き換えが行われると向こうでも、自動的に書き換わる仕様だ。
一応、向こうにも報告書は届いている。
「…」
黙々と資料は更新する。
あ、ここってダンジョンの近くだな…。
…………。
ぐー。
お腹が空いた。
懐中時計を取り出してみると、正午時五分前。
集中してたら、五時間経っていた。
改めて資料を見返すと、殆ど更新が終わっていた。
切りの良い所まで書き換えて、十二時ぴったり正午だ。お昼を食べに行く。
軍内ではみ出し者の僕は基地内でもはみ出し者である。
基地の食堂を使おう者なら、柄の悪い街に染まった不良軍人に絡まれるので、無用なトラブルを起こさないためと基地司令に言って、基地外での食事を許可されている。まあ、自腹なんだけども…。
「ご飯行ってきます」
「おー」
やる気のない守衛に賄賂の煙草を渡し、外へ出る。
基地から歩いて十分。
常連になりつつある個人店に着く。
この店はボロネーゼが美味く、半年前に見つけてからは週に一回のペースで通っている。
四人がけのテーブル席が三、カウンター席が七の小さいながらもお洒落な店だ。
店内に客数は六人、店員は二人。
三人家族、老夫婦、商会勤の紳士かな?
店員は店主とアルバイトの給仕だ。
カウンター席に着き、ボロネーゼを注文しながら店内を観察する。
資料編纂室に届く報告書には警備隊の事件資料も届くので、つい読み込んでしまう。良くないのは分かっているが、図も載っているのでそこらへんの推理小説よりも面白く読めてしまうのだ。
お陰で普段から周囲を観察することが趣味になってしまった。
今、僕の頭の中にはこの店の見取り図が構築されており、視覚、嗅覚、聴覚があらゆる情報をインプットして見取り図を更新していっている。
意味もないことを考えているとボロネーゼが出てきた。
思考を中断し、値段の割に量の多いのボロネーゼを食べる。
昼食を堪能し、食後のコーヒーを飲んでいると良い時間になってきた。
お会計をテーブルに置いて店を出る。
今日はよく晴れており、空気も澄んでいる。だが、風は吹くので暑さを感じることはない良い日だ。
洗濯物もきれいに乾くだろう。
ふと、帝都の方角に目を向ければ、街の外壁の向こう側に帝城の尖塔が見えた。
帝都近郊の街ならではの光景だ。
「戻りました」
「おー」
相変わらずやる気のない守衛に挨拶して資料編纂室に戻る。
地下への階段横に設置されているポストを覗くと新しい報告書が入っていた。
…午後の仕事か。
階段を降りながら目を通す。
軍港付近で発見された不審なメモに関して…。
資料編纂室に入ると、該当軍港の詳細資料と記録書を取り出して報告書の内容を記録する。
メモ内容は暗号かな?CD11、 AD7、LD5、UD3。
素数?いや、それなら文字はなんだろうか?
……特に思いつかないので、情報分析部隊や警備隊の上級組織、国家警備部にお任せしよう。
………。
黙々と作業をして数時間。
遠くから教会の鐘の音が聞こえる。
定時だ。
軍部のお荷物な僕が残業してると、残業代すら嫌がられるので基本定時上がりだ。
資料を片付けて部屋を出る。
基地司令に帰宅を告げると、嫌味を言われながら送り出さる。
残業しても文句言うくせに我儘な司令である。
着任時から住んでいる借家は1Kのアパートだ。
三階建ての二階部分でトイレバス付きで角部屋だが格安だったので即決だった。
近くにマフィア行きつけの酒場があるからだろう。
二年も住んでいればその辺は気にならない。
関わらなければ特に害はないし。
窓の近くに置いた椅子に座り、帰りに買った安物のワインを飲みながらピザを食べる。
窓から外を見下ろすとダンジョン帰りの酔っ払い探索者達がワイン瓶を片手に踊っている。
陽気なものだ。
遠くから警備隊が近づいているのが見えた。
今夜は留置所でお泊まりかな。
グラスのワインを飲み干して窓を閉じる。
明日も七時出勤なのでシャワーを浴びてさっさと寝ることにしよう。
ベッドの中で思いついた。
昼間の暗号は帝国にあるダンジョンの数と同じだった。
まあ、これくらいのことは上の連中ならすぐに思い当たるだろう。
さあ、寝よう……。