人間の都市
少女は誤解を解こうと口を開きます。しかし言葉が出てきません、だってそんな言葉を覚えていないのですから、吸血鬼を狩るのにそんなものは必要ないのですから。
次第に警察が集まりランタンで少女を照らします。
警官の一人が少女を捕まえようと手を伸ばします。
彼女は吸血鬼殺しの神童であり、数世紀にわたり異形を滅ぼして来た戦士である。相手の僅かな動きを見て反射的に手刀を振るった。
胴体に至った直後に、理性を働かせ動きを止める。おかげで警官の一人がうずくまるだけで済んだ、薬で狂ったとでも思われたのだろう。かなり荒く拘束された。抵抗はしなかった。
ただただ悲しかった、人を殺そうとしたことが、人に嫌われたことが、ふと窓ガラスに自分の姿が見える。
化け物を殺すのは人間であって欲しいが現実は非情であった。
彼女は異形を狩るうちに異形に、化け物になってしまったのだ。
彼女の目に映るのは公害の霧に包まれ、ぼんやりとした灯りが街並みを照らし、子供がパンを盗み、それを殴りつけて浮浪者が腹を満たす。人口の集中した都市部はスラム街化し、貧困、失業、栄養不良、売春行為、犯罪、アルコール中毒、自殺、汚染公害といった諸問題に虫食まれていくおぞましき地獄。
幼かった頃には気が付かなかった世界の醜さ、これが私の守りたかったものだったのだろうか?
警察署で様々な言葉を浴びせられたが何もわからなかった、自分はもうこの世界で生きていけないのだろうか?そんな時に教会の人間が現れた。何やら話し合った後に、紙の束を警官に渡した彼らは、私を別の場所に運んだ。
僅かであるが希望を抱いた、簡素な食事を与えられ、シャワーを浴びる事も出来る。その希望にすがるように、血がこびりついた全身を洗う。洗う。洗う。だが髪が、髪にこびりついた血がどうしても流れない、月の様に白かった髪は、ほのかに赤らんでいた。
与えられた部屋からは、かすかに月が見える。満月であろうと霧に遮られ、その光は僅かにしか地上に届かない。
それでも教会の人は自分を、そんな希望が打ち砕かれたのは、競売にかけられた時だった。言葉は理解できなくても、売られたのだという事はなんとなくわかった。
自分が教会の所属者である事を説明しようと、証の十字架を手渡したが返ってこなかった、教会は少女を身の内だとは思わなかった、追放されたのだ。