祖父母からの継承4
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「ねえ、シキさん」
「なんだ、キツキ」
「あれは帝国では普通の男女の距離なの?」
手に飲み物が入ったグラスを持った俺は、少し高めのカウンターに寄りかかりながら近くにいたシキさんに声をかける。
ヒカリ達とは別の階段で降り、その先には多くの貴族達が虎視眈々とこちらを見ながら近づいてきたのだが、数人が話し始めたのを見て何が始まるのか大体理解は出来たので、それを横目に見ながら、上階にいた時に見えた中央あたりの高台にあったバーにさっさと逃げ込んで来た。高台は上階から見た限りでは会場の左右に6箇所あり、そのうちの真ん中には変わったものがあったので気になっていた。
半円のカウンターを二つくっつけて円状になっているバーカウンターの中央には色々なお酒や果汁の詰まった瓶や樽、それに綺麗なグラスが飾られて目を引いていた。更には高台手摺り側のカウンターの先には視線を遮るものがなく、最初にいた上階ほどではないのだが、会場を少し高い位置から見渡せる。
ここでは好きな種類の飲み物を混ぜ合わせて作ってくれるらしく、シキさんからその説明を聞いて面白そうだったので試しに頼んでみていた。
シキさんにお酒は止められているので、ただのジュースだ。
隣にいたシキさんは先程の俺からの質問を答えるべく、俺の視線の先を追う。
腹黒公爵がヒカリの腰に手を回し、取り巻きを引き連れて歩くものだから、どこにいるのかすぐにわかる。
「いや、あれは異常だよキツキ。あんなことをしていいのは普通は婚約者以上だからね?」
シキさんは少し不機嫌な顔で答えた。
「だよね。なんであんな事になってんの? 許していいの? 腹黒を凍らせて来て良いの?」
眉間に力が入るが、今日ばかりはやめてくれとシキさんに止められた。
グラスを持ちながらシキさんとカウンターに横並びに並んで背中をカウンターに預けると、二人の様子を眺める。
「カロスの考えてることはわからないけど、あの状況だと牽制かもね」
「牽制?」
「ああ、彼がああやってヒカリにくっついてると、周囲は容易にヒカリに手が出せないのさ。囲まれていると言っても、彼等の周りに一定の距離があるだろう? あれはカロスがいるからだよ。あれがヒカリ一人だったら今頃はもっと側に寄られて、誰かがヒカリの手を触っていてもおかしくはない」
「そうなってたら、シキさんは助けに行ってくれるんでしょ?」
「俺が出る前にキツキが凍らせに行っているだろ?」
そう言われるとそうかもしれない。シキさんは俺の事をよくわかっている。
「でもなんでカロスが牽制になるの?」
「彼が国の実権をほぼ握った宰相補佐の上に、筆頭公爵の後継ぎだからだよ。その上あの膨大な魔力だ。帝国では地位も見るけど相手の能力も重要視するからね。彼を無視してヒカリに近づこうなんて本物の命知らずは然う然ういないんだ」
「ふーん、そんなことになってるの」
見てるだけじゃわからないものだ。
ヒカリの場所を目で追いながら、先程作って貰った飲み物を一口飲んだのだがこれが中々に美味しい。果物なのだろうけど、甘味はあるがあっさりしている。それに知らない味だ。思わず一気に飲んでしまったので後ろを振り向き、追加をカウンターにいた女性に依頼する。カウンターの中には四人ほどのバーキーパーと呼ばれる人がいるのだが、そのうちの一人は専任かと思うほどに俺たちの後ろに張り付いていた。
注文するとあっという間に作ってくれ、そのグラスを持って片肘をカウンターにつきながら再びヒカリの様子を眺める。先程から特に変わった様子もなく、入れ代わり立ち代わりに周囲の人が動いているのが遠目でもなんとなくわかった。
「そういえば、シキさん。俺達の場合はどうやって牽制すればいいの?」
「はは、俺も知りたいかな」
俺達のいるカウンターの左右には一定の距離を保っているものの、色とりどりに着飾った令嬢達の壁が出来かかっている。ヒカリ達の老若男女の壁とは違い、女性ばかりが寄ってきていて怖くてそちらの方向を先程から向けない。
「これ、シキさんが原因じゃなの?」
「そんな訳あるか。リトス侯爵新当主目当てだよ」
二人ですこし重いため息をついた。
しばらく眺めていると、カロス達を囲っていた人の壁が面白いぐらいに分かれていく。
その前には一組の男女が。
誰だろうか、周囲の様子では普通の貴族ではなさそうだ。
「シキさん、あの人達は?」
「あれは、ユリウス第二皇子とロクサーナ皇女だね……あれ、ご主人はどうしたんだろう」
「ご主人?」
「ああ、ロクサーナ様はご結婚されていてね、仲睦まじい夫婦なんだよ。だからお一人で来られているとは思わないんだけど」
「へえ、よく知ってるね」
「ああ、俺の従兄弟とご結婚されたんだよ。父の実家に入られた」
親戚内で結婚するんだと思っていたら、再従兄弟との結婚は法律的に問題がないそうで、皇族内では近い血筋との結婚はよくある事なんだとか。
……そういえばヒカリとシキさんも再従兄弟になるんだったな。そう思うと驚いていたはずの俺の心は急に前例があることに安堵した。
それにしても皇子と皇女か。それは道も出来るだろう。
「あの二人は腹黒と仲良しなの?」
「あー………。そう言えばそうだし、そうではないと言えばそうでもないな………」
「何、その説明」
俺の口からはこれ以上は言えないとシキさんは口をつぐんでしまった。
シキさんが言えないなんて、気になるではないか。
「そうだ、お腹がすいただろう? 何か簡単に食べられるものを持ってくるよ。キツキは好き嫌い無かったよな?」
「嫌いなものはあるけど、食べられます」
シキさんは俺の返事を可笑しそうに聞くと、令嬢達に捕まりながら席を離れて行った。
やっぱり、シキさんが目当てじゃないかと彼の背中を眺める。シキさんを追わずにその場に留まっている令嬢達の姿は俺には見えない。
再び、視線をヒカリに向ける。
腹黒の頭が目立つから、どこに居るのかすぐにわかる。
会場の中でたった一人の黒髪でシキさんよりも高い背だ。あいつだけが妙に浮いて見える。
異変はないなと、飲み物を口に運んでいると、気を引く人間がカロスに近付いていく。
………あれ、誰だろう。あの銀髪。
周囲にいる人壁があってか顔は良く見えないが、銀髪と黒髪の人物が向き合っている様子だけは見える。
「キツキ、これでいいかい?」
令嬢の一行を引き連れたシキさんが戻ってきていた。シキさんは俺の目の前に数種類の料理を盛った皿を置く。金の縁で飾られた白い大きな皿には、摘みながら食べられる料理が等間隔に綺麗に盛られていた。
「へえ、全部一口で食べられるようになってるんですね」
「立食だからね。殆どがそうなっているよ。それ以外の料理も食べたければ、食事用のテーブルを押さえるから言ってくれ」
俺はシキさんの持ってきた料理を適当に選び、ひとつ摘むと口に放り投げる。
……美味いな、これ。
思わず皿を二度見してしまった。
飲み物も食べ物も美味しくて、これは癖になりそうだ。
「ねえ、シキさん。あの銀髪の人、誰かわかる?」
入れ代わり立ち代わりする人達とは違い、先程から腹黒カロスと長く話をしているようだ。その様子からして知り合いなのだろうとは思う。
シキさんは俺の視線の先を見ると、苦笑いをしたまま動きが止まった。
「……兄上だ」
「え、シキさんの?」
俺は目を見開く。シキさんは苦い顔で首肯した。
なんだよヒカリの奴! 俺より先にシキさんのお兄さんに会うなんてずるいな。
宴の間、シキさんを独り占めしていることに関してはこの際は無視だ。
「行きましょう! 挨拶にいきましょう!」
丁度話が終わったようで、腹黒達の塊からお兄さんは離れ始めていた。
俺もシキさんのお兄さんと話をしたいと体が動き出そうとするが、はっとしてバーキーパーの女性にこの席を確保しておいてと頼む。安住の地は手放せない。再び目はお兄さんをロックオンして今度こそ移動を開始した。逃さない。
シキさんは勘弁してくれと顔に手を当てていたが、その願いは俺には届かなかった。
俺は銀色の髪を目印に、移動を開始する。
目の端に一緒に移動してきている令嬢の塊が見えるが気のせいだろう。ああ、きっと気のせいだ。
階段で高台から降りてくると、お兄さんの姿を近くまで捉える。
「シキさん、紹介してよ」
俺の少し後ろを歩くシキさんに駄々っ子のようにお願いすると、シキさんは渋々承諾する。
「兄上っ!」
シキさんが呼ぶと、シキさんよりも背の高そうな長身の男性は足を止めてこちらを振り向く。
その顔は髪色だけではなく、全体的に似ていた。 瞳だけはシキさんと違って銀色だ。
「おや、ラシェキスでは……これは! リトス侯爵殿、お初にお目にかかります。リシェル・ヘーリオス・ワールジャスティと申します。どうぞお見知り置きを」
弟を見つけたリシェルは最初油断した顔をしていたが、近付く俺を見るなり、表情を変えると低い姿勢で礼をした。
「キツキで結構です。こちらこそお兄さんにお会いできて光栄です。いつもシキさんにはお世話になっています」
「いえ、恐れ多い。愚弟がお役に立てておりましたら幸いです。どうぞ、ご遠慮なくお使いください」
リシェルの顔は真剣だ。
「兄上……」
「先程、ヒカリのところに行っていらしたようですが」
「ええ、バシリッサ公爵の拝顔の栄を得て参りました。本当にお美しい姫君でございますね」
リシェルは笑顔で答える。
姫……。
ダウタの時もそうだったが、その言葉はここでも俺の背中を凍りつかせる。
「中身は大層違いますけどね」
「キツキ、ヒカリに失礼だよ」
「ラシェキス。話は聞いているが、もう少しその言葉遣いはどうにかできないのか」
リシェルはシキさんの言葉遣いが気になる様子だ。
「俺がそうお願いしています。気になさらないでください」
そう言うとリシェルは俺に向き、無言で礼をする。
こういう時の礼は大体「了承した」という意味の行動なのだと、なんとなくわかってきた。
「リトス侯爵、当家にいつでもお寄りください。私は冬以外は帝都に戻っておりますので」
「冬は?」
「寒がりな父の代わりに、北の領地におります。本日は儀式への参加の為に帝都に戻っておりました」
「そうでしたか。ではシキさんとも久しぶりなのでは?」
「ええ、昨日久しぶりに顔を合わせました。晩夏から戻らなくなったかと思えば、急に帰ってきたとの手紙を領地で受け取りましてね。まさかライラ殿下の御令孫とご一緒とは。弟のやった事とは言え、流石に私も驚きましたよ」
シキさんの家族の話は興味を引く。だけどシキさんは家族の口から聞く自分の話が恥ずかしいのか、早急に打ち切って欲しい様子で、ミシェルに目配せをしていた。恐らく「終われ」という念を送っているのだろうと思う。
弟の様子を見たリシェルは顔を緩めると俺に向かい手を胸に当てる。
「では、リトス侯爵。私はこの辺で」
「ええ、また」
ミシェルは俺に礼をすると颯爽と翻っていった。
なかなかに格好良いな、あの人。
ヒカリならシキさんに似ているあの人に見惚れていたことだろう。シキさんは途中でわざと崩すからな。一から十まで真面目なシキさんだ。見惚れないわけがない。
「カッコいいね、お兄さん」
そう言うとシキさんは苦笑いをする。
「公人としてはこの上なく真面目なんだけどね」
「普段は?」
「……そのうちわかるかな。ああ、でもキツキの前では崩さないかもね」
なんで俺の前では崩さないんだよと、シキさんの返答を少しうらめしく思った。
シキさんのお兄さんと別れた後、元の場所に戻ろうと振り向くが、いつの間にか人に囲まれていた。
近くを令嬢達が固めていたが、離れたところに少し歳のいった男性や女性も遠巻きに見ていた。
この状態は俺の嫌なやつだ。
高台にあるカウンターまで逃げたいのだが、逃げ道が塞がっている。
「あの……」
「リトス侯爵様……」
声をかけられたようだが俺は反応を返さない。返すと理解できないほど余計に相手が喜んでしまうと知っているからだ。
無表情の俺を見てシキさんが察したようだ。
「失礼。リトス侯爵はお疲れですので、どうぞ道をお開けください」
そう言ってシキさんは少しずつ道を作る。
それでも纏わりつく人の数は一向に変わらなかった。それどころか、女性達の甲高い声に呼び寄せられて、遠くにいた若い女性達が加わってきている気もしなくはない。
どうやら仲間を呼び寄せたようだ。時々そんな魔物もいたなと、俺は目を細くして周囲の様子を伺う。
偶然女性と目が合うと、目が合ったと勘違いされて余計に拍車をかけてしまっていた。
面倒だな。
先頭に立つシキさんも大変そうだ。シキさん目的の女性達もシキさんに群がっているようにも見えなくもない。
次第にシキさんの足も止まり始める。
どうやら俺たちの道は断たれたようだ。
……邪魔だ。
女性が纏っている強い香りが鼻につく。
この国に来て慣れないものの一つだ。
次第に俺の顔の眉間には皺が寄り、目には力が入ると周囲を睨み始める。
「おや、リトス侯爵殿。今日の主役が浮かない顔でいかがされましたかな?」
斜め前から知った声が聞こえる。
上を向くとお酒のグラスを持った将軍がそこにいた。
「将軍……」
将軍はお酒で少し赤くなった顔でこちらに歩み寄ってくると、周囲に異変が起こり始める。
将軍を見るや否や、先程まで壁のようになっていた女性達は散り散りに遠退いていくのだ。
凄い威力だ。将軍の名は伊達ではない。
将軍に声をかけられてから数分もしない内に、近距離にいた女性達は将軍に礼をして離れて行き、気がつけばシキさんと将軍以外は周りに居なくなっていた。
俺の目は輝く。
「将軍閣下、今日は離しませんよ」
「は?」
「キツキ、周囲の誤解を招く言い方はやめなさい」
シキさんに叱られた。
「ははは、そうでしたか。確かに中々の難問ですな」
俺達は先程の場所に戻って来ていた。
将軍とシキさんは新しい飲み物を注文していたので、俺も三度同じ飲み物を同じバーキーパーの女性に注文した。
「どうすればいいのか知りたいですよ」
俺は将軍と話しながら、新しく取って来て貰った一口サイズの料理に舌鼓を打っていた。
これも美味いなと、料理が美しく盛られている皿を眺める。
「一番良いのはリトス侯爵が早く結婚することです。あっという間に寄ってこなくなりますぞ」
将軍は声をあげて笑うが、それはすぐには無理な話だ。思わずじとっと将軍を見てしまう。
「まあ、あとはうちの愚息みたいな方法ですかな。お勧めはしませんが」
「あれは返って酷くなりませんか?」
ヒカリのように腰に手を置くのはどう考えても自殺行為だろう。
「キツキ、ヒカリと一緒にいる時のカロスの事じゃないよ。ヒカリ以外の女性といる時だ」
シキさんの表情は暗い。
話を聞くと集まってくる女性を殺しそうな目で見たり無視したりするのは良い方で、口を開けば「話しかけるな烏合の衆」「この私に見合うと思っているのか」「私には用がない」と毒突くらしい。
最低だなアイツと、俺は自分のことを棚に上げてカロスを非難する。
それでもするのは寄ってくる未婚の女性だけのようで、その他の女性にはしないのだと言う。常識があるのかないのか。
通りでヒカリにくっついている腹黒を周囲が物珍しいものを見るような目で見てる訳だ。
会場ではヒカリとカロスの様子に加え、ダウタ砦からの帰還中の様子も噂されているようで気になる。
事が大きくならないうちにヒカリには早くハッキリと断ってくれるのが望ましい。
ナナクサでの二の舞は御免だ。
ヒカリは断ったっと言っていたが、カロスのあの様子だとそれを微塵も感じさせない。
それが余計に不安になる。
ふと、俺はある疑問を将軍に聞こうと思っていて、その機会も無く忘れていたことを思い出す。
ちょうど目の前に将軍がいる。いい機会だから聞いておこう。
「将軍、俺たちの今回の帰還についてですが、本当にノイス国との戦争停止の為だけだったんですか?」
俺の質問を聞くと、朗らかだった将軍の顔は急に硬くなる。
将軍は俺をじっと見た後、何か悩んだ様子だったがしばらくすると口を開いた。
「……少し場所を移動しましょうか、リトス侯爵」
将軍はそう言い俺に背を向け歩き出すと、高台から下り、会場のホールを出てすぐ近くにあった休憩室に入った。遠くにいた護衛達はそれを確認すると、扉の前で待機を始めた。
休憩室は会場のホールから出て右に曲がった廊下に等間隔に扉があり、使用中には扉のガラスにカーテンが内側からかけられる仕組みになっている。将軍の選んだ部屋は半円型の小部屋で7〜8人が入れる大きさだ。他の部屋も大体こんな感じらしい。
入った部屋は壁の半円に沿う形で座面が付いて、奥行きも深くクッションも数個置かれている。色合いも整っており座り心地は良さそうだ。数人と歓談するには部屋のサイズも丁度良い。細長い窓が1つあり、座る位置によっては会場だったホールにつながるバルコニーが見える。
将軍は腰を下ろすと、俺とシキさんにも座るように促す。
「さて、まずは何故そう思われたのか伺っても良いですか? キツキ殿」
場所が公の場から移ったからか、将軍は爵位呼びから名前呼びになる。
何故というのは、俺達の帰還がノイス国との“戦争停止の為”だけだったのかどうかという質問に対してだ。
俺は座ると将軍に向く。座面が思っていたよりも柔らかく、体を沈めた。
「将軍が何十年も祖父母達を探していたと聞きました。もし、今回シキさんが行方不明になった件で探されているのでしたら、何十年なんて時間は必要はない。その時間よりも前にそうしなければいけない理由があったのではないだろうかと思い至ったからです」
将軍は軽く息を吐くと目を閉じる。
「ええ、その通りです」
将軍はまだ目を閉じている。何か踏み込んではいけないことだったのだろうか。
ただ、将軍からは俺かヒカリをとにかく帝国に置いておきたい様子が垣間見えていた。国が諦めかけていた祖母を個人の資産を投資してでも探し続けていた事も気になる。将軍の中ではとても重要なことなんだろうと考えていた。
ヒカリに関しては、息子のカロスを一切咎めないのが気になっていた。
将軍は自分に厳しい人だ。いくら一人息子とは言え、婚約もしていない女性に対してあれほどの行動を看過するのだろうか。おじいさまなら絶対にさせない。
となると、考えられるのはカロスとヒカリをとにかく纏めたいのではないのかと思えて来ていた。
もしくは本当に息子に甘いのかだが、可能性は低いと考える。
仮に、二人が結婚すればヒカリは自然と帝都に住まなければいけなくなる。あれだけ若くして宰相補佐の座についている腹黒だ。そんな有能な彼をここ以外に移住させることは周囲が黙っていないだろう。必然と住まいは帝都だ。万が一、二人が結婚をすればヒカリを帝都につなぎとめる鎖の出来上がりだ。
他には始皇帝に似た容姿の孫が欲しいという理由も考えたが、この人は皇位に全く興味がない。そんな人が自分の血筋の皇位継承順位を高めるために息子とヒカリを利用するとは考え辛かった。
俺としては将軍と取引した、『爵位継承』の代償として提示された『定住』の明確な理由が見えてこない。
他の高位貴族達のように俺を皇帝に祀りあげるためなのか考えたこともあったが、彼の口から俺の皇位継承を語った事は一度もない。
血筋が欲しいわけでも、権力が欲しいわけでもないのだ。
それなのにこの人は私財を投げ打ってまでおばあさまを探しておられた。
おばあさまはこの世にはいらっしゃらないし、直系の皇帝は即位されている。問題はないはずなのに、孫である俺達二人を帝都に繋ぎ止めておこうとする理由が、何度会話を思い出しても見当たらなかったのだ。
だから、「他」に理由があるんだろうと思った。
おじいさまや自分の息子を使ってまで俺とヒカリをここに留めておきたい理由だ。聞いておきたいのは当然だろう。
将軍は目を開き、しばらくすると口を動かした。
「先々帝………キツキ殿とラシェキスから見たら曽祖父に当たる方だが、ライラ皇女を大変可愛がられておられた。それは溺愛に近く、ライラ皇女の兄達もそれは同じだった。200年ぶりに生まれた始皇帝似の子供だ。宝物のように扱われていたよ」
将軍は昔を懐かしむように話し始めた。
「先々帝には二人の妃がいた。一人は私たちの先祖となる帝国出身の皇后、もう一人はノイス国から輿入れされた第一王女のカロリナ妃だ」
ノイス国。
祖母とシキさんが行方不明になったため、関係がきな臭くなった国だ。
「側妃のカロリナ妃には二人の皇子がいた。第三皇子と第四皇子だ。みんなとてもお優しい方達だったよ。私はお住まいの宮殿にお茶の時間を狙ってよく足を運んでは、伯父上や従兄弟達と遊んでもらっていた。
だが、ライラ皇女が行方不明になってから皇帝は人が変わられた。ノイス国の血筋である妃と皇子の家族達を、牢に閉じ込めたのだ」
話を聞いていた俺の顔が青ざめる。奥さんと自分の子供達を監禁?
まともな考えの人がすることではない。
俺は何も言えずに将軍の次の言葉を待った。
「当時、私は7、8歳ぐらいだっただろうか。監禁された彼らを処刑するだの、ノイス国に送り返すだの、まあ、物騒な話が城中を駆け巡っていた。子供の頃の私にはどうしてそんな恐ろしい話になっているのか理解もできなかった。私は突然、彼らに会えなくなったことだけは理解できたよ」
将軍の目は遠くを見ている。
「本来、皇帝になるはずだった皇女だ。他国で行方不明になったのだから戦線布告だと思われても仕方がない。
ただ、ノイス国は捜査のために自国はもちろん、前向きに帝国の兵士たちを定期的に受け入れていた。だから戦争までには至らなかった。
だが皇帝と側近はノイス国に恨みを膨らませて許すことが出来なかったのだろう。
牢にいた彼らの身柄を帝都から離れた貧しい領地に移し、皇子達の皇位継承権を取り上げ、カロリナ妃からは妃の称号も取り上げた。彼らの扱いは皇族からただの貴族になった。いや、それ以下だったかもしれない。我々皇族の人間との接触を禁止する法令も作られた」
祖母の行方不明が原因で、帝国内がそんなにも荒れてしまっていたなんて思いもよらなかった。
確かに皇帝になるはずだった皇女だ。ただでは済まなかったのだろう。ノイス国も周囲もいい迷惑だ。
チラッとシキさんの顔を覗き見るが動揺をしていない。どうやらシキさんは知っている話のようだな。
「キツキ殿。貴殿らの帰還でノイス国の関与が無いと証明が出来れば、カロリナ妃の一族の汚名は雪がれる。大貴族院で正当な権利を彼らに返す法令も整うだろう。もし証明が出来なかったとしても、貴殿らが永住される事で、多くの貴族の溜飲が下がり、彼らへの風当たりも弱まる。それだけでも私は嬉しいのだ」
将軍は真剣な目で俺を見る。俺が思っていたよりも事態はだいぶ重かった。
「それで、俺の定住ですか」
「そうです。今回キツキ殿が御祖父のご実家の爵位を継ぎ、帝城からも近いリトス邸に住まわれる事が決まり余計にそれが鮮明になった。今回暫定ではありますが、カロリナ妃一族への皇族への接触禁止と帝都への訪問を禁止する旨の数個の法令が停止となりました。今日もあなた方を見に数人来ているはずです」
そう言うと将軍は嬉しそうな顔をした。
そんな将軍が、不意に窓の外の何かに目を止めた。
「おや、今ヒカリ殿と一緒におられる」
俺とシキさんはその言葉に驚いて立ち上がると、窓の外を見る。
テラスにヒカリともう一人金髪の男が並んで立っていた。
カロスはいない。
金色の髪まではわかるが、ヒカリの横に立つ男の顔までは見えなかった。
<用語メモ>
● 溜飲が下がる = 不平・不満・恨みなど、胸のつかえがおりて、気が晴れる。
<人物メモ>
【キツキ(キツキ・リトス)】
男主人公。ヒカリの双子の兄。祖父のリトス伯爵家を継ぐ。陞爵されてリトス侯爵となる。
【ヒカリ(ヒカリ・リトス)】
女主人公。祖母のバシリッサ公爵位を継がされる羽目に。
【シキ(ラシェキス・へーリオス)】
へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。
【カロス/(腹)黒公爵(カロス・クシフォス)】
魔力が異次元な宰相補佐官。ヒカリに好意を寄せる。将軍の愚息で皇帝の甥っ子。
【将軍(ユヴィル・クシフォス)】
帝国の将軍で皇帝の弟。クシフォス公爵。神隠しの皇女を探し出す事に人生をかけていたのには理由があった。
【リシェル(リシェル・へーリオス)】
銀髪銀目のシキと似た顔の兄。シキよりも少し背が高い。カロスは彼に対して一目を置いているので雑に扱わない。女性にもてるらしい。
※添え名は省略
<更新履歴>
2021/08/07 用語メモ追加、ルビ追加、修正
2021/08/06 挿絵の追加、文章修正




