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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
97/219

祖父母からの継承2

「キツキ・リトス・ワードジャスティをリトス侯爵位に、ヒカリ・リトス・ワールジャスティをバシリッサ公爵位に叙する」



 壁には精巧な何かの紋章が描かれた鮮やかな壁飾りが何個も垂れ下がり、その中央にはおじいちゃんのリトス家の家紋と、おばちゃまの印と言われる三つ巴の花の模様が入った壁飾りが堂々と飾られていた。

 左右も後方も人で溢れかえった天井の高い大きなホール会場で、私とキツキは胸に手を当て、膝をつき、(こうべ)を垂れている。前方には皇帝と宰相補佐、それに数人の高官達。


 今日は私達二人の継承式と叙位式だ。

 キツキと二人で儀式用の重厚な衣装に、頭の天辺からつま先まで身を包んでいるのだが、これがまた重たい。

 凛とした表情で、ピクリとも動かずブレずのキツキ。その一方で左隣にいる体幹が弱すぎる私の体はぷるぷるし始めるが、もちろんこんな場所での失敗は許されない。人生最大の難関に私は顔を赤くさせて力む。早く終わる事をただただ切に願っていた。


 “ワールジャスティ”とは現皇族の氏族名らしい。

 私達が帝城に帰還して初日で氏族名を使うことを許可された。

 氏族名は氏族長の許可が必要になるのだが、私達の場合は皇帝があっさりと許可された。

 おじいちゃんの実家の“リトス”という氏族名もあるのだが、複数あった場合は高い地位の名を使う。


 このプロトス帝国では個人名、家族名の他に「添え名」と呼ばれる名前がある。


 添え名とは主に、その人の位置付けや立場を表す名前で、公の場所には必要だが、普段はあまり使われない。

 名前・家族名・氏族名・役名の順が基本となる。

 役名は貴族なら主には爵位名となる。


挿絵(By みてみん)


 今回私達はそれぞれの役ともなる爵位をいただく事になったので、キツキは「キツキ・リトス・ワールジャスティ・リトス侯爵」が正式名となる。家族名と氏族名・役職名が同じ場合は省略出来るとか細かいルールがあるがそれはおいておこう。ちなみに私の正式名は「ヒカリ・リトス・ワールジャスティ・バシリッサ公爵」となる。

 今回の継承式でおばあちゃまの「バシリッサ公爵」を引き継いだのは良いものの、国民としても貴族としても国の知識がなく、暫くは家族名を「リトス」にしたまま、結婚をする時か20歳の時に家族名を「バシリッサ」にすることを大貴族院が決めた。つまりはのんびり出来るのはそれまでで、その後は貴族としての務めを果たせと言われているのだ。

 それにしても名が長い。

 ナナクサ村の名前だけの生活がかなり恋しい。



 帝国の爵位の継承式は貴族なら誰でも式を見学する事が出来る。

 今日は大叔父様もいらっしゃっているが、彼は体の調子が悪く、椅子に座り護衛に囲まれながらの参加となった。

 普通の継承式なら親族一族の関係者が主に式を見守るのだが、今日はどうやら違うようだ。


 お世話になった将軍やシキの参加ならまだわかる。

 どう見ても周りは知らない人だらけで、本日の会場は立ち見客でごった返していた。

 私とキツキの姿見たさに、多くの貴族が各地から集まっていると式が始まる前に高官から話を聞いてはいたが、それでも想像を遥かに超える圧倒的な人の多さに息苦しさを感じるほどだった。それでも希望した貴族全員は会場に入れなかったそうだ。

 これだけの大人数にも(かかわ)らず、無駄話をする人は一人もいなかった。神聖な儀式なのだろうかと思うと尚更失敗は許されない。私は開目し背中と腹に力を入れたのだった。





 努力の賜物なのだろうか、つつがなく式を終えると高官に従い私達二人は継承式の会場を出た。

 安堵の息をつくものの、実はこれで終わらない。


 帝国側もある程度この事態を予測していたのだろう、私達の継承式を見ることのできない貴族達のために私達のお披露目の宴を皇帝の名で催すのだそうだ。


 要は逃げられない。


 そのまま引き続くため、昼から開始されるその宴は歓談する程度の簡易的なものだとは聞いてはいるけれど、その体力が私に残っているかと問われれば、既に背中とお腹、それに足も痛い。更に言えば重量のある飾りの付いた頭を垂れ下げ続けていたので首筋が伸び切る一歩手前でもある。

 カロスが負担が少ないようにと式と宴の日程を一纏(ひとまと)めにしてくれたようだけれど、それが裏目に出ない事を祈る。


「ヒカリ、大丈夫か? すごい顔をしていたけれど」


 部屋の外に繋がる回廊で私達を先回りしていたシキが心配した面持ちで話しかけてくる。

 すごい顔とはどんな顔だったのだろうか。


「この衣装めちゃくちゃ重いんだもん。潰されるかと思ったわ」

「はは、それは帝国の建国からの儀式用の衣装だからね」


 ごってごってに金属や宝石で飾られた腕と袖を振って見せると、シキは苦笑いをする。

 どうやら帝国の建国当初からあまり変わっていない儀式用の衣装だそうで、通常なら軽めの正装程度で問題のない継承式でわざわざ重たい儀式衣装を着せられていた事をこの時初めて知る。その事実を聞いたキツキと私は二人で冷たい視線をシキに向けた。


「爵位の継承というよりかは、皇位継承者……次の国の後継者として大々的に見せたかったんだと思うよ」

「そんなに簡単に国の後継を決めていいんですか?」

「はは。まあ、色々あってね。もう決まったようなものだと思って諦めてくれ」

「なんですか、それ」


 キツキはシキと横に並ぶと、ぶーぶー文句を言いながら高官の後ろをついていく。


 私とキツキは宴用の衣装に着替えるため、それぞれの着替え室に促されるまま入った。この重たい衣装を脱ぎ捨てられると思うと浮き足立つ。

 部屋の中央に飾られていたのは淡い黄色を基調としたドレスで、腰まで背中が開いた袖のないドレスだった。ドレスと同じ素材で作られたオレンジや薄いピンクの花を模した飾りが、胸元や腰にふんだんにあしらわれている。

 おお、帝国のドレスは可愛いけれど露出が激しいなと思いつつも、この国ではこれが普通なのかと気に止めずにいそいそと重たい儀式衣装を脱ぎ捨ていると、城の侍女やメイドさん達に手伝ってもらいながら羽でも生えそうなぐらいに軽いドレスに着替える。

 髪の毛のセットと共に、ドレスの花と同じ飾りを散らすように髪に飾りつけて貰って完成。

 重たい古代衣装から、春のような柔らかくも軽やかなドレスに早変わりした。





 待ち合わせをしたわけではないけれど、廊下に出て隣の部屋に入っていったキツキを待つ。だけど未だに出てこない。

 どうして私よりも遅いのだろうか。

 男のキツキが、私よりも時間がかかるとは思えない。

 私が恥じらいもなく衣装を投げ捨てるかのように脱いだ事を加味したとしても、着付けの時点でキツキよりは遅くなると思うのだ。

 ……はっ! もしかして置いて行かれた?


 心配になりキツキの着替え室の扉をノックしようと扉に近付くと、何やら部屋の中から揉めている声が聞こえてきた。嫌な予感しかしない。私は表情が潰れるのを認識しながらもそのまま扉をノックすると、扉からも顔の青いメイドさんが顔を出す。


「あの、キツキはまだですか?」

「それが……」

「絶対に着ないっ!!」


 キツキのけたたましい声が聞こえた。

 その声からして問題を引き起こしているなと予感を確信に切り替えると、部屋の中に入れてもらった。

 キツキは宴用の衣装に拒否反応を起こしていた。

 部屋の中央に飾られていたのは私のドレス同様、淡い黄色を基調とした差し色にオレンジや白を使ったコート型の衣装だった。中に着るであろうシャツは薄いピンク色でフリルがついている。装飾の金具も銀やピンクゴールドを使うようで背の高いサイドテーブルの上に並べられていた。

 確かにキツキは好まない衣装だろうとは思うけれど、かといって私の目からしたらそんなに下品にも見えない。


「いいじゃない。これ」


 私の声に気がついたキツキは振り向いたのだが、私を見ると目を大きく見開く。


「お前! それで行くのか?! シキさんに怒られるぞっ!」


 何でシキが怒るのよ。


「だって、決まってたし」

(あがら)え!」

「でもこの衣装、私とお揃いだよ? わざわざ作ってくれたんだよ。大事に着なさい、キツキ」

「ミネより酷いじゃないか」

「色はミネの服より落ち着いているよ」

「なんだ、お前もミネの服は色が派手だって思っていたのか」


 キツキはニヤリと笑うと意外なところで揚げ足をとってくる。

 こんにゃろう。


「さっさとしなさい。準備が遅いやつは使えないっておじいちゃんも言っていたでしょ?」


 私は腕を組んで踏ん反り返りながらおじいちゃんの言葉を借りると、キツキにはそれが堪えたようで、渋々服を脱ぎ始めた。

 まったく、手のかかる兄だ。



 大人しくメイドさん達に従っているのを確認してから部屋を出ると、先程まで廊下にはいなかったシキが立って待っていた。

 シキの衣装も先程の騎士団の正装から変わっていた。

 白と銀を差し色にした淡い灰色を基調とした騎士団の制服のような詰襟の衣装と白い手袋をし、マントのような布を片方の肩から垂れ下げている。装飾はそう多くはないが、余計にシキの鍛えられたスッキリとした体が浮き彫りになる。


 ……かっこいい。


 いつもとは違う装いに何故だか顔が熱くなる。

 本人には言えないけれど王子様みたいだとしばらく無言で眺めさせてもらっていた。白い衣装を引き立たせるような赤いバラの背景がきっと似合うだろうと、妄想に似た考えが頭の中を膨らませる。

 アカネさんの言っていた“鑑賞”とはこういう気分の事を言うのだろうか。確かにこのままもうしばらく鑑賞していたい。


「シキも着替えてきたんだ。あ、剣も着けていくの?」

「君達のお付きだからね、場所に合わせて着替えさせてもらったよ。それに護衛も兼ねるから、剣は必要だ。今日の佩刀(はいとう)は許可を得ているよ」


 シキの腰にはいつもの殺風景な帯刀用のベルトではなく、金銀の装飾や宝石が付いたベルトをつけていた。これ結構重いんだよとシキは苦笑いすると、今度は珍しく私を上から下まで舐め回すように見てくる。何だろうと思うものの、いつもとは違う視線に少し脈が早くなる。


「………ヒカリはそれで行くのかい?」

「?」


 どうやら私の衣装が気になっていたようだ。可愛い衣装を褒めて欲しいと少しは思っていたけれど、シキの口からは自分の希望とは違う言葉が出てきて気分は少し落ち込む。

 私は可愛いと思っていたけれど、シキもキツキも私の衣装を見て良い顔をしなかった。そんなに変なのだろうか。


 その時、キツキがようやく部屋から出てきた。

 キツキが自分では絶対選ぶことは無いであろう色の服と、厚みのある貴金属の装飾の数々は、いつもよりもキツキを気高く高位の人間に見せる。私の目から見てもキツキが王子様に見えた。こちらは背中に白薔薇でも背負いそうな雰囲気だ。


「いいじゃない。ちゃんと王子様に見えるよ。シキよりも派手だけど」


 何だそれはと、キツキは眉間に皺を寄せて不機嫌な顔でそっぽを向く。


「今日の主役は君たちだよ、俺が目立ってどうする」


 聞こえてしまっていたようで、シキは呆れたような声で返してくる。





「準備は出来たか? そろそろ時間だ」


 廊下の柱の奥からカロスが手袋をはめながら歩いてやってくる。

 どうやらカロスも着替え直したようだけど相変わらず全身が黒い。

 珍しくも、カロスはいつもの柔らかいローブ姿ではなく、キツキと同じように黒を基調としたコート衣装にキラリと金色の金具や装飾が目立つデザインだった。左肩にはこちらもマントだろうか、腰ぐらいの長さの布をつけていた。

 うーん、カロスの場合はやっぱりそのまま黒い薔薇が似合いそうだ。そんな事を考えながら近付いてくるカロスを眺めていた。


 黒い手袋をはめ終わったカロスは正面を向くと、ちょうど目の前にいた私とそのまま目がばっちりと合う。

 カロスは私を見ると足を止め、そのまましばらく動かなくなった。


「……誰だ?」

「え?」

「この服を選んだのは誰だ?」


 カロスの顔は魔物へ……いや怒っているのだろうか。次第に顔が闇に覆われ始める。

 きれいな顔が次第に変貌していく様を眺めながら、美男子の怒った顔はホラーに近いんだなと感心する。いや、感心している場合ではない。

 つかつかと私の近くまで歩いてくると更にカロスのこめかみには力が入る。


「え、部屋に入ったら既に決まっていたよ?」


 その言葉で更にカロスの眉間の皺が深くなる。

 いつものように笑顔を返してくれない予想外のカロスの反応に、私はまごまごしだす。


「誰だ! この衣装を選んだのは!!」


 その前に「あなたこそ誰?」と聞きたい。普段私に見せる笑顔は一体何だったのかと思うほどその面影も欠片もなく、カロスは顔姿が魔物化していく。カロスは近くにいた使用人達に低く高圧的な声で聞くがそれに答えられる人間は周囲にはいなかった。メイドさん達や侍女達は怖がって声も出せない。そして私も一緒にビビって声が出ない。


「え、私が何か変なの? カロス!」


 遭遇したことのない状況に、ようやくおそるおそる声を絞り出すと、焦りのあまりカロスの腕に手を掛けてしまう。

 ピリピリしていたカロスに触ったのがいけなかったのだろう、バッと腕を触った私を先程の怖い顔で見るが、少しすると急に冷たかった目に色がつき、強張った顔が緩んでいった。


「ああ、いや。すまないヒカリ。君が変なんじゃないんだ。ただ、少し肌が、ね?」

「肌? あ、もしかして背中? ごめん、考えなしに着ちゃった」


 しゅんと落ち込む。三人ともこのドレスを褒めてくれなかった。

 露出が多すぎたようで、帝国ではこれが普通なのかと思っていたが、違っていたようだ。


「どうしよう。今から着替える時間ある?」

「……急ぎこれに合うショールを持ってこい。時間がない、急げ!」


 カロスは周辺にいた城の使用人達にそう命令すると、周囲は蜘蛛の子を散らすように散り散りに廊下や部屋に駆け込んで行った。



「駄目だなこれでは背中が隠れない。ああ、これにしよう」


 カロスはメイドさん達が運んできたショールの山から金の刺繍が入った薄い大きめのショールを私の肩にかけた。

 背中が見えなくなる事を確認すると、カロスはようやく落ち着きを取り戻したようで私を見る目がいつもと同じ穏やかな目になる。


「後で衣装を選んだ人間を報告するよう、侍従長に伝えておけ」


 カロスは低い声で周囲に命令を下すが、次の瞬間私には笑顔を向けてくる。


「綺麗だよ、ヒカリ」


 カロスはいつも通りの柔らかい口調で私の手に軽くキスをすると、では行こうかと私の手を引き出す。

 そのカロスの豹変ぶりに、私だけではなく後ろで見ていたキツキも硬直していた。

 シキだけは全く動揺はしておらず、キツキに前に進むように促していた。


<用語メモ>

● 佩刀・・・剣を腰に携えること


<人物メモ>

【キツキ(キツキ・リトス)】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。皇太子だった祖母を持つ。


【ヒカリ(ヒカリ・リトス)】

 女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。謎防御力の強い女の子。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。

 双子の再従兄弟でもある。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 宰相補佐官。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。

 ヒカリに好意を寄せる。将軍の愚息。



<更新メモ>

2021/09/17 誤字修正、文節修正

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