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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
96/220

祖父母からの継承1

 ****





 ー 皇帝の執務室 シキ ー


「双子とは驚いたね。妹の方はライラ皇女そのままの姿だ。兄のキツキも、あと十年もすれば初代(プロトス)皇帝に似てくるだろうね」


 皇帝陛下は艶やかな椅子に腰かけ、先程謁見で見た二人の姿を思い出しながら語りかけてくる。

 俺と将軍は皇帝陛下の執務机の前で、陛下の話に耳を傾けていた。


「で、キツキはダウタ砦の壁とサウンドリア王国のアルダマ城の壁を、魔法陣も出さず、触れもせずに壊してきたんだって?」

「ええ」

「本当に初代皇帝の神話に出てくる話のようだね」


 レクスタ皇帝は書類を片手に持ち、どこかおかしそうに笑う。


「あと、報告書にあったが妹の……ヒカリか。ヒカリは吸魔の能力があると記されていたが、それは本当か?」


 将軍は首肯する。

 先程まで顔を緩めていた陛下だったが、鋭利な目付きでそれを確認した。


「そうか、古代能力の持ち主か……。それは恐ろしいな。これは大貴族院で揉めそうだね。……これは表には出せないな」

「ええ。カロスの魔力を見事に無効化しましたからな。疑う隙もありません」


 陛下はプッと吹き出して可笑しそうに笑う。


「そうか。その時のカロスの顔を見てみたかったな」

「カロスにはこれ以上無い良い薬でした」

「はははっ! そうか! それでそのあとからヒカリにべったりなのか?」

「………どうやらヒカリ殿に惚れてしまったようです」

「あっははは! それは良かったではないか、ユヴィルよ。お前も気にしていただろう、カロスの女性嫌いを。帝都の令嬢達は全滅だったからな。そのまま二人が(まと)まればヒカリを他所(よそ)に取られずに済む。一番良い収まり方であろう」


 陛下が笑いながらそう諭すと、将軍は恥ずかしそうではあるが、どこか嬉しそうな表情で視線を()らせた。

 陛下は一見堅そうに見えるが、中身はどちらかといえば第二皇子同様、面白いことに足を突っ込みたい人だ。目の前に開けてはいけないと言う箱があれば、周りが止めたって開けてしまう(タイプ)。特に血縁の人間にはその姿をよく見せる。

 だけど、それが悪いと言っているわけではない。この方のおかげで先帝のように臣下の声に踊らされることも、先々帝のように圧制政治になる事もなかったのだ。

 何事にも面白そうに笑う姿は多いが、名君だと思っている。


「で、ラシェキスよ、そなたは何処(どこ)をぶらついておったのだ。五百人の捜索隊をノイス王国まで派遣したが、なしのつぶてだったぞ」

「ご心労をおかけしまして申し訳ございません。この通り無事に戻って来られました」


 手を胸に当てて、頭を深く下げる。


「はは、お前が何処ぞで朽ちるとは思っていなかったがな。それにしても不思議な縁だな。同じ国で行方不明になって、同じ村にたどり着いたのか?」

「はい、あちらではライラ殿下は既にお亡くなりに。御長男のロイス様は行方不明でした。ライラ殿下の御夫君であるオズワード・リトス様も、帰還手前で魔物との戦いで命を落とされてしまいました。ですが、最後の最後までノクロス・パルマコス殿と共に、ライラ殿下とお二人を守り抜かれました」

「そうか。誘拐でも、駆け落ちでもなかったんだな?」

「はい。オズワード様の話によりますと、私同様、気がついた時には知らない場所に移動していたと聞いております。おそらくですが、キツキ様が帝国に戻られた手段と同じではないかと考えております」


「その手段とは?」


「スライムです」

「スライム?」


 皇帝陛下は怪訝(けげん)な顔をした。





 ****





 帝城の柔らかくも心地のよいベッドで一夜を過ごした私達は翌日カロスに連れられて、帝城で行われる大貴族院という名の会議に出席をしていた。

 大貴族院というのは、貴族の中でも高位の貴族だけの議会らしく、重要な決め事の決定権がある議会なのだという。だけど、どうしてそんな集まりに私とキツキも呼ばれたのかはわからない。

 カロスに聞けば「本物を見せる必要があるから」という返事だけ。


 本物?


 その答えを聞きたかったけど、広い部屋に入った私達が目にしたのは、美しい衣装を着た人達と、私達に向けられた好奇の目。

 とにかく針のむしろだった。かといって単調なものでもなく、ある人からは警戒した目を、ある人からは好意的な目を向けられ、そこにいた若者から初老に至るまで年齢に関係なく、とにかく不躾(ぶしつけ)な目を向けられた。

 それはとても気味が悪かった。

 もしかしたら、カロスの言っていた「本物」とは、私達が本物かどうかという意味だったのだろうか?

 だけど一体どうして?

 本物もなにも、私は私だし、キツキはキツキだ。

 意味のわからない不安がしだいに膨らむけれど、横に座るキツキはこの気味の悪い状況に全く動じていない。村の時同様、自分に向かう視線を跳ね除けるかのような強い表情だ。

 おかげで胸がざわついてしまった私も、少しずつ落ち着いてきた。


 そんな中、前側の席に座っていた、とある銀髪に白髪の混じった男性が近づいてくる。私達の顔とおばあちゃまの遺品である指輪と耳飾りをまじまじと見ると、「本物だ」と驚いた顔で呟いた。

 この国にはそんなにも、私とキツキのまがい物でもあるのだろうか。

 ただ、その言葉を聞いた大多数の人達の顔が安堵したのに対し、こちらを冷ややかに見つめ警戒した人達も少なからずいた。

 一体何なのだろうか。


 その後、会議に参加しているおじさん達から、いつ皇位継承の変更をするのか、それとも爵位を持たせるのかという話が持ち上がっていた。


 そんな折に、将軍であるユヴィルおじ様から一つの議題が出される。

 キツキの希望していたリトス伯爵家を引き継がせたいという話だった。

 それにより、議会は一気に紛糾(ふんきゅう)する。


 今日初めて顔を合わせたおじさん達が、キツキの為に(ののし)り合う。

 村の集会でも見たことのない紛糾っぷりだ。

 一体、何が紛糾したのかと言うと。


「キツキ様が伯爵位とは! あまりにも馬鹿げていますぞ!」

「しかし当代は成果も実績も特にないリトス伯爵家を、一気に公爵位というのはいささか飛び抜けた考えではございませんか? それにキツキ様は今の皇帝陛下直々のお血筋でもない」

「貴殿は、キツキ様を侮辱(ぶじょく)されているのか!」


 リトス伯爵位という爵位が、キツキに対して高い低いで“皇帝派”と“回顧派”の言い争いが始まったのだ。


 “皇帝派”とは今の皇帝の血族を支持している人達、“回顧派”は初代皇帝の特徴が強い人を支持する人達の事で、要はキツキ派。

 本来なら、爵位は皇帝の鶴の一言でどうにでもなるらしいのだが、今回は複雑なので大貴族院を通すように言われたのだと、後にユヴィルおじ様から聞いた。


「俺はおじいさまの家が継げればなんでもいい」


 当の本人がこの状態なので、なおさらキツキに代わって議論は白熱する。


 どこからともなく、ポンッと湧いて出てきたナナクサ村村民であるキツキに、国の最高爵位をドンとプレゼントなんていうのも確かにおかしな話で、反対されるのも無理はないよねと、“蚊帳(かや)の外”気分の私はのんびりと白熱する議論を眺めていた。


「ではライラ皇女のバシリッサ公爵位はどうなさるのですか? リトスをお継ぎになられましても、バシリッサ公爵位をお継ぎになれば、リトスの名はその次になりますぞ」

「まさか、先々帝がライラ殿下がお戻りになられた時の為に創設されたバシリッサ公爵位は廃爵になるのでしょうか? ご令孫のお二人が見つかったとしても、バシリッサ公爵位を受け継がないだなんてことになれば、国内に本物のお孫ではなかったと、間違った印象を与えかねないのですよ? 爵位の継承だけはなさってもらいたい」


 “バシリッサ公爵”というおばあちゃまの爵位はどうも重要なもののようで、目の前の円卓状の会議机ではリトス伯爵位云々(うんぬん)よりも、おばあちゃまの爵位をどうするか、に論点が切り替わっていった。

 どうやら爵位を複数持つことは出来るのだが、その場合は高位の爵位を表立って継ぐことになるそうだ。もしバシリッサ公爵位を引き継げば、リトス伯爵位は引き継げるものの、キツキが望んだ形にはならないようである。カロスが横で時々注釈を入れてくれるので、なんとか話についていける。

 私には難しい話が飛び交っていて、暖かいこの部屋にいると、なんだか眠くなってくる。頭が少しだけぼーっとしてきた。


「それなら、おばあさまの爵位はヒカリにあげてください」


 雲行きの怪しい話をキツキがスパッと切り捨てて、油断していた私に投げつけてきた。キツキの言葉で一気に目が覚める。

 ちょと、まて。


 先程までいがみ合っていた周りの大人達は、キツキの言葉を聞いて一斉に私の顔を見ると、おばあちゃまの爵位については一同納得したのか、さっきまでの(いさか)いが嘘のように消えた。

 本当、待って。


「キツキ様、本気でおっしゃっていますか?」


 表情の薄かったカロスが眉間にシワを寄せてキツキに問いかける。


「本気」


 キツキは憎らしいほど動じない。

 会場は静まり返り、反対する声は聞こえない。

 どうやらさっきのキツキの案で決定してしまったようだ。

 ただカロスだけが不満な顔をしていた。

 そして私は頭が追いつかずに、置いてけぼりにされてしまった。







 結果として、キツキはリトス家を引き継げることになった。

 伯爵位から侯爵位に陞爵(しょうしゃく)されて。


 回顧派と呼ばれる人達はこれには納得せず、最高の公爵位まで上げようとしていたようだったが、皇帝派に押さえ込まれたようだ。


「将軍閣下、ありがとうございました」

「明日、リトス家にご報告に行かれるとよろしいでしょう。先方への連絡はこちらでやっておきます。継承については、この後は皇帝陛下からの承諾がないと話は進みませんが、そちらは私にお任せください」


 ユヴィルおじ様はキツキにそう言うと、側近を連れて足早に会場を去って行く。

 ユヴィルおじ様と入れ替わるように今度はカロスがこちらに近付いて来た。

 表情は不機嫌極まりない。


「キツキ様は、もしやリトスの邸宅にお住まいになるつもりですか?」


 カロスはあの時の馬車にいなかったので、キツキがおじいちゃんの実家の爵位を継ぎたいという希望を今日初めて知ったのか、リトス伯爵位継承の話が出てから、ずっと(しか)めっ面をしていた。


「そのつもりで将軍にお願いしました」


 キツキの返事にカロスの顔が一層険しくなる。


「もしやヒカリもリトス(てい)で?」

「ヒカリがどこに住むかは本人次第ですが、決まるまではそうなるのではないでしょうか」


 不遜な態度で答えるキツキと、険しい顔のカロスの二人の空気が段々と重くなる。何でお互いにそんなに睨み合ってるのよ。

 周囲が近づけない雰囲気が二人を覆う。


「こちらはあなた方の住居に四宝殿の西城(さいじょう)をご用意していたのですが、せめてヒカリだけでもそちらに住みませんか?」


 カロスは今度は私に向いたが、キツキに向けた険しい顔ではなく、弱ったような目で私を見てくる。

 が。


「私も大叔父(おおおじ)様と一緒に住みたいです!」


 カロスの泣き落としにはかかりません。

 それにやっと自分の意見が言えたので、私は満足げに笑った。


「ヒカリ。お気持ちはわかりますが、どうか私のお願いを聞いていただけませんか? リトス家なら西城からなら歩いて行けますよ。大叔父に会えなくなるわけではありません」


 カロスはどこか小動物のような、すがる目を向けてくるのだけれど、いつの間にかちゃっかり私の両手を握っている。キツキに注意されても手を離そうとはしない図太さは健在だった。


「うっ」


 小動物のような顔をされてしまえばなかなか振り払えない。そして手を取られているから離れることすら出来ない。

 そんな目立つ事をしていたからだろうか、どよめく周囲の好奇な目を振り払えずに、さらに痛い。


「え、でも私一人のためにお城を準備するのは面倒じゃない?」

「面倒という(たぐ)いの話ではないのです。あなたの安全を図るための話なのですよ」

「俺が居るから大丈夫です」


 キツキが頭を傾げて面倒臭そうな顔で睨む。睨んでいるのはカロスの顔ではなく、私の手を握っているカロスの手だ。さっきからずっと離してくれない。

 話を戻すが、確かにキツキがいれば大抵の面倒事は一瞬で片付きそうだ。

 カロスは横槍を入れてきたキツキへ冷ややかな視線を送るが、どちらにせよ私はキツキと大叔父様と離れるのが嫌だったので前言を撤回することは無かった。

 その意思を理解してもらえたのだろうか。


「わかりました」


 カロスは絶対にわかっていなさそうな低い声で答えると、私の手に軽くキスして翻り、会議室から出て行ってしまった。

 怒ったのだろうけれど、やることはちゃっかりやっていく。

 それを見たキツキは機嫌の悪そうな顔で、カロスがキスしていった私の手の甲を服の袖でゴシゴシと拭いた。


「なんなんだ、あれ」


 拭きながらキツキはカロスの去った扉を見ると、機嫌の悪そうな声を出す。

 カロスの不機嫌の理由を、この時の私達には想像することすら出来なかった。







「そうですか、キツキ様がお継ぎになられますか」

「キツキ、ヒカリとお呼びください。大叔父様」


 翌日、朝からリトス邸にお邪魔している。

 訪問の連絡を将軍の補佐官が入れてくださり、朝の馬車の手配までしてくれていた。


 キツキが爵位を引き継ぐことになったと、大叔父様へ二人で報告に来ていた。

 太陽の光がよく入り、先日の応接間とは違う明るい雰囲気の部屋でお茶をいただきながら、大叔父様はキツキの報告を嬉しそうに聞いている。

 キツキは爵位を引き継ぐ継承式が済めば、晴れてリスト邸に移り住むことにしたようだ。


「もちろん、大叔父様は今まで通りこのお屋敷でお過ごしください。それと、私とヒカリとの同居をお許し頂けますと嬉しいのですが」

「何をおっしゃいますか。もちろんですとも。私も家族が増えてとても嬉しいですよ。この年になってこんなに嬉しい事が起きようとは思ってもいませんでしたよ。ほっほっ」


 目の前に座る大叔父様はニコニコして笑っている。こうやってみるとやっぱりおじいちゃんによく似ていて、大叔父様の笑った時の目元がおじいちゃんを彷彿とさせるのだ。本当にその目がよく似ている。

 そのためなのだろうか、先程からキツキは大叔父様を喜ばせるような言葉を選びながら話をしているように思えた。


 爵位の継承式は、普通はそう難しいものではないらしいのだが、もしかしたら少し趣旨が変わるかもしれないとは聞いている。


 キツキの帰還の報告も兼ねての式にするらしい。そして私も巻き添えを喰らうようだ。巻き添えと言おうか、勝手に爵位とやらをくれちゃうと言おうか。

 おかげでその継承式に、私も受ける側として参加しなくてはいけないのだ。


 そのせいなのか今帝城内は大忙しらしい。

 カロスは朝からてんてこ舞いのようで、書類を抱えた部下を四人ほど引き連れて城内を歩いていたのを見かけたのだが、あのカロスが城で目が合っても近寄ってさえもこなかった。本当に忙しいらしい。


 おばあちゃまのバシリッサ公爵位は名前だけが残っていたようで、皇帝から任される仕事や領地とかは決まってはなく、どうせ急には出来ないだろうからと、結婚をするか若しくは二十歳になったら本格的に貴族としてのお仕事を始めるようにと大貴族院が決めた。

 それまでは兄キツキのリトス侯爵家で居候の身になるが、何かは手伝わなくてはいけないだろう。台所仕事でも、庭掃除でもやるつもりだ。

 ナナクサ村の「働かざる者」精神が、ただ飯喰らいを許してはくれなかった。


「ヒカリもおばあさまの爵位を継ぐのなら、一緒に勉強はしておかないとな」

「へ?」


 急にキツキが話を振ってくる。

 考え事をしていて二人の話を聞いていなかった。


「大叔父様が色々教えてくれる先生を紹介してくれるそうだ。これから必要になってくるだろうから、一緒に学ぶぞ」


 大叔父様を見るとニコニコされている。これは断れないやつだ。

 スライムハンターになったはずなのに、別の分野の勉強する事態になるとは。勉強がそんなに嫌いというわけではないが、これは苦労しそうだ。


 そもそも森を駆け回るスライムハンターから貴族になるなんて夢にも思わなかった。

 人生とはなんと皮肉で残酷なのだろうか。


<用語メモ>

<用語メモ>

陞爵(しょうしゃく)・・・爵位を上にあげること


<人物メモ>

【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持つ。祖母は過去、帝国の皇太子だった為に、国の事情に巻き込まれることに。


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。兄のキツキを探して帝国にやってきた。謎防御力の強い女の子。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。双子の再従兄弟でもある。


【将軍(ユヴィル・クシフォス)】

 帝国の将軍職。双子の少し遠い血縁でもある。血縁の子供のかわいがりっぷりがすごい。


大叔父様(おおおじさま)(ヨシュア・リトス)】

 祖父オズワードの弟。今までリトス家を一人で守ってきた。


【カロス/黒公爵(カロス・クシフォス)】

 宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。

 ヒカリに好意を寄せる。将軍の愚息。


【レクスタ皇帝】

 現帝国の皇帝。将軍の兄でもある。真面目そうに見えるが、性格は至って逆らしい。


<更新メモ>

2026/01/09 修正(地名変更、言葉修正、人物メモ修正)、

2022/01/16 加筆、人物メモの一部加筆


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