嫌いな奴ら ージェノ視点
分厚い木で出来た古めかしいカウンター前にある椅子に座り、いまだに慣れない花や木が乾燥したような香りが漂う室内で憂鬱そうな横顔を見せる彼女の姿を眺める。
茶色の瞳が目蓋から半分も見えない。そして表情は暗い。
「ヒカリが居なくなったの、私のせいかな………」
ハナは頼んでおいた傷薬を整えながら、今日もヒカリが村にいない事を気にしている。
あれからずっとこの調子だ。
もう二週間ぐらいだろうか。
「関係ないよ。男と出て行ったんだろ? ハナのせいなんかじゃないよ」
「でも……」
薬屋のカウンターの椅子に座るとハナを横から見上げられるのだが、下から覗いても彼女の顔色も表情も良くないのがわかる。
ハナはそのまま意気消沈すると口を閉し、しょげたまま手も動かなくなる。
結婚を断ったにもかかわらず、セウスと並んで布団に包まっている姿を見て、思わずヒカリに怒りをぶつけてしまった話をヒカリが居なくなる前から聞いてはいた。
でも、それはハナではなくヒカリがいけないだろう。
気に病む必要がこれっぽちもあるとは俺には思えない。
「ハナのせいじゃないよ」
もう一度言うがハナにその言葉はどうにも届いていないようだ。眉間に寄った皺が消えない。
後ろの棚からカゴを取り出し、分包した薬を入れて行く。
「……二人がいなくなって、村のみんな困っているでしょ?」
困っている、確かにそうかもしれない。だからといって村が存続の危機というわけでもない。
ハナの言う困ったというのは、スライムを捕獲する人間がいなくなったという意味だ。新しいスライム素材がなかなか手に入らなくなっている。自警団が四人がかりでようやく皮の取れる大きさのスライム一匹を捕まえてくる。意外と難しい仕事だ。それを北の森の循環中に片手間で二匹も持ち帰ってくる双子の兄はやはり人外だったと思う。双子がいた時はスライムに困ることがなかったのは確かだ。
双子の住んでいた家はあの魔物の襲撃から空き家になっている。時々ノクロスさんやコエダさんが様子を見に行っているようだ。
ハナは最近笑わなくなった。
襲撃の前も後も、ヒカリに怒鳴ったことを後悔していた。
「ハナはもっと笑ったほうがいいよ」
「こんな時にどうやって笑えるのよ」
俺の要望は一瞬で取り消される。
確かにそうかもしれないが、ハナが笑ってくれないと俺も調子が出ない。最後に彼女の笑顔を見たのはいつだろうか。
「銀髪の男とオズワードさん達の故郷に帰たって話だろう? ハナが責任を感じる必要はないよ。あっちがそう決めたんだ」
「私のことが無くても帰ったと思う?」
それは本人に聞かないとわからない。
俺がすぐに答えられずにいると、その様子を見たハナはため息をつきまた目をカゴに戻した。
「……セウス、今日も行くのかな?」
「……おそらく」
ハナはもう一つの懸念事を口にする。
良くない返事を聞くとハナは顔に手を当て、深いため息をついた。
「……私のせいだ」
「違うよ。そう、決め込むなよ」
「でも、ヒカリがいなくなってからでしょ? セウスが無茶をするようになったの」
そうなんだ。今のセウスを誰にも止められない。
ノクロスさんでさえも。
それどころかノクロスさんに対して侮蔑した態度を取るようになっていた。
何があったかは知らない。でも、あれだけ慕っていたノクロスさんに対してそんな態度を取るとはとてもじゃないが普通ではない。自警団の中でもあの二人の決別だけは警戒されている。自警団の指導者とこれからの村の指導者だ。どちらも簡単に切り離せるような二人ではない。
「……セウスだから大丈夫だよ」
「でも!」
ハナは涙目になり、今にも泣きそうだ。
この顔を見ると俺も何も言えなくなってしまうが、どう言ってもハナは自分を責めてしまって同じ事を繰り返す。どうにかしてあげたくても自分では付け焼き刃のような言葉しかいつも思いつかない。
俺だって何度もセウスを止めたが、飄々と可笑しそうに笑い、まともに取り合おうとさえしない。
原因はヒカリだろうとは容易にわかった。結婚を断られた時ほど衝撃的ではないけれど、それでも周囲が息を潜めてしまうほど変わってしまったのは確かだ。
あれだけセウスに大事にされていたのに結婚を断り、さらには村に来て一ヶ月もしない見目の良い男に唆されたのか、セウスを置いて二人で村を出て行ってしまった。
それを知った時には開いた口が塞がらなかったし、大事なセウスとハナの面影が変わってしまう程に傷つけられたのに、俺はその根源に文句さえも言えない。
悔しい。
でも、今の俺では二人を守る事も助ける事も出来ない。指を咥えて見ているだけだ。
それが余計に甘い金色の髪をした女に腹が立つのだ。
「ジェノ。これ、頼まれていた自警団のお薬。出来たから」
ハナはそう言って傷薬と化膿止めの薬が入ったカゴを俺に渡す。
それを受け取ると、もうしばらくここにいる理由を探すがいつも上手く見つからない。
「……ありがとう、ハナ」
「うん。また何かあったら」
ハナはそう言って店の奥に引っ込んで行ってしまった。
話し下手な自分にため息をついてしまう。いつもハナを必要以上に引き留めることが出来ないのだ。
双子の片割れのようにどうやったって上手く話を引き延ばせない。あいつはどうやってここに居座り続けていたんだろう。
自分で回復を使えるはずの人間がよくここで長い間座っていた。薬草なんか必要ないだろうに妹をダシにして薬を貰いに来ていたキツキは、薬を受け取った後も暫くの間カウンターから離れずにハナと話し込んでいた。
ハナはあいつが店にいる間は始終表情が豊かで、何がそんなに面白いのかと窓の外から羨ましくもそんな二人をよく眺めていた。
他の女の子にはニコリともしない綺麗な顔が、ハナの前だけではいつも緩んでいたんだ。
……何でハナなんだよ。
セウスにも負けない祖父譲りの剣の腕前と半端ない魔素量。
常に誰からも頼られて、見られて。
ハナだってあいつの事は信用していた。聞かなくてもわかる。
それにセウスだって特別に仲良く話をするような間柄でもないのに、キツキには大きな信頼を寄せていた。
そんな奴がヒカリと双子なのだ。どちらもそれぞれの理由で俺は嫌いだ。
もう一度ため息を吐くと、俺は薬局を後にした。
「出来るだけ早く帰ってこいよ」
「あはは。心配性だな、ジェノは」
少し顔の青いセウスが軽く笑う。急に昼夜が反転した生活をしているから体がまだ適応出来ていないのだろう。それなのに彼はその生活を終わらせようとはせず、むしろそれを推し進めようとさえしている。
体にはスライムの外套を羽織り、手には剣だけを持ったセウスは西門から外に出ようとしている。
日はもう暮れ、街灯も明かりもない西の森は真っ暗だ。
「ノクロスさんに剣を返したのか?」
「………僕には過ぎたものだよ」
彼の手には村で作った剣が握られている。
丁寧に作られてはいるが、ノクロスさんの剣ほど切れ味は良くない。
「俺もついていっては駄目か? 今日も魔物の巣にいくんだろ?」
「一人で大丈夫。大袈裟だよ、ジェノ」
そういってセウスはどこか遊びに行くような顔で笑う。
「前には出ない。弓で後方から支援するだけでも……」
「ジェノ、必要ない」
さっきまで笑っていたセウスの目が冷ややかになると俺を睨む。
最近はこんな目をすることが多くなった。
「わかった。でも、気をつけてな」
「ああ、わかているよ」
そう言って再び笑顔になると足を村の外に向けて出発する。
あれ以来、セウスは村の傷薬を使おうともしないし、誰にも頼ろうともしない。
外套の隙間からセウスの横の首には治りもしない大きな傷跡が見える。一歩間違えれば大事だったのにそれすらも致命傷ではないと笑い飛ばしていたんだ。
セウスの背中を見送りながら手を握り締める。何も出来ないことが歯痒い。
死に急ぐな、セウス。
闇に消えゆくセウスの背中を見送りながら、滲んでかすみそうな目の前を力一杯睨みつけた。
<連絡メモ>
「帰還」は前回投稿分で終了です。
次の話(祖父母からの継承・6話分)から月・水・金に投稿します。
それ以降〜2章終了まで完全に整っておらず、また投稿を一時的に止めるかもしれません。orz
<人物メモ>
【ジェノ】
1章の魔物の襲撃にチョロっと名前が出てくるセウスと仲の良い男の子(しかも更新後)
ハナとセウスを大事に思っている。二人を翻弄するヒカリが嫌いで、自分よりも二人に信頼されすぎているキツキが苦手。
【ハナ】
薬局の手伝いをする女の子。セウスが好きで、ある日セウスとくっついていたヒカリを目撃して感情的に八つ当たりをした事を後悔中。
【セウス】
ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとしていた。村人からの人望の厚い村長の息子だったが、どうやら様子がおかしい。
【ヒカリ】
言わずと知れた女主人公。可愛い顔をしているのだが、謎防御力のせいなのか、鈍感で大雑把な性格が災いしているのか、あちこちでトラブルを撒き散らす。
【キツキ】
男主人公でヒカリの双子の兄。無愛想だけど意外と村では信頼を置かれていた。ハナに恋心を抱いていたのだが……?