スライムの住処2
鬱蒼とした北の森の中で一人で佇む。太陽は上がり始め、空は明るい。
ここで暇をしている訳ではない。
「ヒカリ、そっちへ行ったよ!」
剣を持ったセウスがこちらに向かって叫ぶ。
先程キツキとセウスが1匹のスライムを追いかけていたのが見えていた。
そう、私はここでスライムが追い込まれるのを待っていたのだ。
よしよし来たかと、私は網を持って身構える。
セウスの言った通り、茂みから灰色半透明のスライムがヒョコッと丸い頭を出したのが見えると、その瞬間に私は指先に風の魔素を送り込む。手に持っていた網が浮かび上がると風のような速さでスライムを襲う。周囲の茂みや木の枝を巻き込みながら、網はスライムの体に巻きつくと、スライムの動きを止めた。
スライムはもごもごと動くが、網が体から外れずに身動きが取れなくなったようだ。
「やった!」
私は飛び跳ねる。
「ほら、油断してるよ。網口を閉じて!」
スライムを追ってきたセウスに注意され、気がついた私は慌てて網の閉じ口の紐を引っ張りに走る。
網の中ではスライムが右に左にと今にも脱走しようと試みていた。いけない、いけない。昨日と同じ失敗をするところだった。
「はー。捕まえられた」
網口を閉じると、安堵の息をつきながら捕まえたスライムを覗き込む。うん、なかなかに大きい。
「捕獲したか、ヒカリ。そうやってると、スライムハンターに見えるよ」
セウスの背中から現れたキツキが、珍しいものを見るかのような眼差しでこちらを見ている。むむ、私は言わずもがな、スライムハンターですよ?
気を取り直して捕まえたスライムの入った網をよいしょと担ぎ上げると、三人で獲物の保管場所へ向かう。森の一角に、今日捕まえたスライム達が網に入れられて蠢いていた。
「1、2、、、5匹だね。結構捕獲できたね」
スライムを捕縛している網は、キツキが魔素で作った石の杭で括っているうえに、石化させた地面に刺さっているから、力のある大人であろうとも壊すことも引き抜くことも簡単には出来ない。もちろん、大きなスライムだって逃げ出せない。
さっき捕まえたスライムの網も杭をして地面に繋ぐと、一息ついたなと三人で空を見上げる。太陽はまだ空の真上まで来ていない。お昼になる前に既に大きめのスライムがこんなに捕獲出来たのだ。
セウスが一人入っただけで、昨日とこの違い様。私の心の中は、嬉しいような、悲しいような、怒り心頭のような、素直になれないそんな感情が入り混じっていた。
「やっぱりセウスさんに同行をお願いして良かったです。昨日とは全く違いますね」
キツキは目を細めて私を見る。
何よ。昨日も今日も私は頑張ってますよ。
「はは。そんなことないよ。キツキの追い込みが上手いんだよ」
セウスとキツキはお互いを讃えあって笑ってる。少しは私も優しく労って欲しいものだ。さっきのスライムはどう見ても私の手柄でしょうと、網を持って立っていただけの人間が強気だ。
「そろそろお昼だけど、どうする? もう少しスライムを探す?」
むーっと納得のいかない私の顔を見ながら、セウスが訪ねてくる。
「もう少し獲りたいですね」
「お腹すいた」
キツキと言葉が重なる。
息はぴったりだが、やっぱり性格は不一致なんだなと改めて思う。
セウスはニコニコしたまましばらく止まり、早いお昼を食べてからもう一匹ぐらい探そうかと提案すると、キツキはその提案に素直に応じ、私もご飯が食べられるならとセウスの案を承諾した。
「じゃあ、決まり!」
そう言ってセウスは歩き出す。村長の息子は私達の性格をよくご存知のようだ。
お昼ご飯の為に、見晴らしの良い場所か、もしくは背中を魔物や獣に襲われないように、身を隠せる大きな岩かそそり立つ崖になっている場所を探す。
少し歩くと、そう高くはないが背もたれに理想的な崖があったので、私達はそこでお昼にすることにした。風は少し冷たいが日当たりが良くて暖かい。その崖を背にして、私達は座った。
持ってきたお弁当を取り出して二人に渡す。キツキはあたかも当然のように受け取ったが、セウスは驚いた様子で、私からのお弁当を受け取るのを躊躇っていた。
「え……、貰っていいの?」
私の作ったご飯は受け取れないとでも言うのだろうか。
「人数分あるからいいよ」
私はぐいっとお弁当の包みをセウスの目の前に差し出すが、それでもセウスは戸惑っている。
セウスのもう片方の手の先を見ると、鞄からお弁当を出そうとするところだった。
成程。私がセウスの分を作ってくるとは思わなかったのか。安全を共有する同行者は同等に扱うつもりなんだけどね。おじいちゃんも仲間とは信頼関係が大事だって言っていたし。
「あ、必要なかった?」
要らなかったかと思って、セウスの分の包みを引っ込める。後でキツキと半分こして食べるか。
食いしん坊の私には予備の食料はいくらあっても困ることはない。
「あっ! いや、食べるよ。ありがとう」
セウスは自分のお弁当を鞄に押しやり、笑顔で一度引っ込めた私の作ったお弁当を受け取ろうと手を伸ばしてくる。なんだ、食べるのかと、もう一度セウスの分を取り出して渡した。
包みから出すと、セウスは野菜と肉で厚くなったパンを頬張って、嬉しそうな横顔で「美味しい」と言う。いつもは意地悪しかしない彼の素直なその姿が少し意外だ。
無言で食べていたキツキはもう食べ終わったのか無言で立ち上がると「水を飲みたいので北の湖の水源まで行って来る」と急に言い出す。
水源とは湖のさらに北にある湧き水が出ている場所で、湖自体はそんなに遠くはないけれど、ここから水源までは往復で小一時間はかかってしまう。すぐそこの川の水じゃダメなのか聞くと、「美味しくない」と言って手を振ってまだ食事中の私とセウスを置いてすたすたと行ってしまった。
今までそんなに水の味にこだわることなんてなかったのに、急にどうしたのか。我が兄ながらマイペース過ぎで理解不能だ。私が単独行動すると、すぐに怒るくせに。
私は呆れながらキツキの影が消えた森の影を眺めていた。
私とセウスの食事が終わる頃、キツキが戻るまでどうしようかとセウスが尋ねてきた。
あまり遠くに行くわけにはいかないので、この辺りでラスカさんのお土産になるような香辛料やハーブの素材があれば採取したいと伝える。ラスカさんとは村の香辛料の加工生産者で、昨日こっそりと台所棚に乾燥させたピパーの実を置いていってくれた人だ。ピパーの材料は、村ではまだ量産する方法が確立出来ていないから、森から自然の材料を調達した方が早い。
「ピパーの実か。この辺りは難しいんじゃないかな。どちらかと言えばハーブの方が採れやすいかもね」
「そっか」
残念だけどハーブでも喜んでくれるかなと思い、地面から伸びている草木に目を配る。何も言わずに私が採集モードに入ったと理解したセウスは後ろをつけて来る。
「ああ、そうだヒカリ。この辺りは足元にも気をつけて」
そう言いながら、セウスも地面を探し出す。
慣れない草探しで私の眼には力が入る。
「あ、これは肉料理の臭みが無くなるハーブじゃなかったかな?」
わかんないけど、根元をちぎって鞄に入れた。例え間違えていたとしても、きっとラスカさんが仕分けてくれるだろうと簡単な気持ちでどんどんと手あたり次第に鞄に入れていく。
「これなんか、ジンガーじゃないかな?」
セウスは細長い植物の茎の根本を引っ張り根っこから取り出す。引き抜いたその先には黄色い実がついていた。
「実をすり潰したり薄く切って乾燥させたりしたものを、料理やお茶に混ぜると体が温まるから、寒い時期の必需品だよ」
セウスは実の部分以外を切り落としてそれを私に手渡すと、その後も休むことなく私も知らなかったような葉や実を採ってきては私に渡す。昼食を入れてきた鞄の半分が、あっという間に埋まった。
森の地面をきょろきょろと見回すセウスの姿は珍しい。村にいれば、私に意地悪する姿しか見ていなかったから。
「へえ、よく知ってるね?」
「倉庫で手伝いをしてるからね。兄さん達に色々教わるんだ」
セウスはだいぶ前から倉庫の手伝いをしているのは知っていたけれど、どうやら伊達に倉庫で働いているわけじゃないんだなと、いつもとは違う角度からのセウスを見た気がした。
それでなくても、村の中ではセウスへの評価は高い。キツキと喧嘩しつつなんとかスライムを捕獲してくる私とは違って、村の役に立っているのかと考えると、なんだか私だけ未熟な感じがしてきて気が滅入る。
何にせよ、セウスが仕掛けて来ても今後は倉庫前で喧嘩するのはやめよう。みんなが其々苦労して集めた素材を保管してる場所だ。
採集を黙々と続けるセウスの背中を見ながら、私も負けてられないと意気込むと、こっちはまだ見てないなと鬱蒼とする茂みの方へ足を向けるとガサガサと踏みこんでいく。
手付かずでハーブが群生している場所がないかなと、意気込んだ割には一発逆転を狙ってみた。
そんな都合よく良い場所が簡単に見つかるはずもなく、腰よりも高い茂みや雑草をかき分けながら、頭を左右にキョロキョロさせながら進むけど、薮があるだけで全然見つからない。悔しいなとさらに足を進める。
「あっ! ヒカリ、そっちはっ…!」
後方にいたセウスの叫ぶ声が聞こえた次の瞬間、私の目の前は青々とした景色から一転、暗黒に変わった。
<更新メモ>
2023/02/01 加筆、人物メモの削除(既存人物の省略)
2021/06/11 文章修正。文追加。