帰還4
馬車に揺られ二日目。
目の前には不満顔のキツキ。
今日は朝からキツキがカロスのいなくなった二両目に乗り込んできた。
私をじーっと見る。
見ると言うよりかは睨むに近い。
「さっきから何よ。言いたい事でもあるの?」
「ああ。昨晩は帰りが少し遅かったなと思ってな」
私はカロスと別れた後、1時間ほど一人でテラスにいて考え事をしていた。
カロスがいなくなって周囲を囲っていた寒さを防ぐ魔法陣が消えてしまった事に気がつかず、冷たい風に当たりすぎたためかくしゃみが出始め、ようやくテラスから撤退をしたのだ。
「街の景色を眺めていたの」
「二人で?」
「一人でよ。カロスは移動するからと早々にテラスから出て行ったわ。っていうかなんでそんな細かい事をキツキに教えなきゃいけないのよ」
「心配だからだ」
出たな、過保護兄め。
「もう大人だから大丈夫よ」
「お前のほうは心配していない。謎防御力が強すぎるからな。男の方を心配しているんだ。きちんと断らないと勘違いされるぞ」
過保護なのに妹を心配しないとか、おかしすぎるのではないだろうか。
「意味がわからない。何、その謎防御力って」
「どうせヒカリのことだから、手を握られても無反応だったんだろ」
昨日の事を思い出すと、確かにそう言われればそうだったかもしれない。
よく知ってるな、キツキは。どこかで見ていたのだろうかと思うほど当たっている。感心したような顔で頷くと、何が気に入らないのかキツキは益々私を睨みつけてくる。
「お前には無効化してわからないだろうが、男の方はそう思ってないから気をつけろって言ってるんだ」
私が一体何を無効化しているというのか。
「特に心配されるような事は無かったよ」
何かがあるはずがない。
えっへんと自信満々に答える私とは反対にキツキは目を細めて冷ややかに私を見る。
何よ、その目は。
「本当か? 何処かにキスされてないか? 結婚しようとかほざかれていないか?」
全て心当たりはある。
本当に何処かで覗き見でもされていたのだろうかと思うほど的確だが、そんなことは昨日のキツキの状態では出来ないことを私が一番よくわかっている。
それにしてもキツキは何を心配しているのか知らないが、カロスとは怪しむような関係ではなく、むしろ話友達という健全な関係だ。特別な関係になった訳でも無い。友人だ、友人。
素直に質問に対して首肯すると、キツキの眉間には深いシワが出来る。何よ。
「されたけど、そんな関係じゃないわよ」
「じゃあ、どんな関係だよ」
「話友達」
「あほ! 結婚の申し込みまでされておいて、そんな関係であってたまるか。それがお前の謎防御力の威力だよ。平気な顔をして。相手が苦労するなんてもんじゃない」
キツキは言葉を吐き捨てるような言い方をする。阿呆とまで言ってくれちゃって、私に失礼だな。
「言っておくが、それは相手に失礼だからな。気がないならさっさと断れ」
気がない。そう言われると確かにそうなのかもしれない。そもそも結婚を受ける気なんてさらさらない。
ちゃんと断ったよねと昨夜の出来事をよーく思い出してみる。
ー あなたとの結婚や恋愛は考えられませんが、話相手や悩み事の相談相手としてならお付き合いしてみたいですね
うん、ちゃんと断ってる。
「断ったつもりだけど」
「だけど?」
ー そう思ってくれるだけでも私は嬉しいよ。
「……それでも良いって言っていたのかな?」
「本当か? おまえちゃんとわかってるのか?」
「もちろんよ!」
胸を張るが、キツキの目は私をこれっぽっちも信用していなかった。
「そういえばお前、シキさんとは仲直りしたのかよ?」
「仲直り?」
なんで今ここでシキの話が出てくるのだろうか。
確かにダウタ城での夜の話し合いの後、会話らしい会話をしてはいないが、喧嘩をしたわけでもないのに仲直りって言われても困る。してもいない喧嘩をどうしろというのだろうか。
「そもそもケンカなんてしていないと思うけど」
キツキは私を疑った目で見る。何よ。
「シキさんと全然話をしていないように見えるが」
「だって話す事が無いもの」
「これぽっちもか?」
「うん」
キツキの鋭い目がさらに鋭利を増す。
「おかしいと思わないのか?」
「何が?」
「無い、というのが」
……なんでよ。
無いんだからしょうがないじゃない。
今度は私がキツキを睨んでやる。
キツキは睨みつける私を冷ややかな目で見るとため息をつき、機嫌の悪そうな顔で無言で頭をガシガシとかいていた。
お昼になる頃には1日目同様、大きなお屋敷で昼食会となった。
私は護衛の騎士達と食堂に向かっていた。
シキと横並びで私の少し前を歩く憎らしいキツキの頭をじぃっと見る。
ー おかしいと思わないのか?
ー 無い、というのが
何がおかしいというのだろうか。別に全然おかしくはないじゃないか。
話題も話したいこともないのに、何を話せというのだろうか。
キツキは時々よくわらからない事を言う。
食堂の少し前で私は領主に呼び止められ、歳の近い息子さんを紹介されたのだが、まだ「男の子」と言った方が良さそうなぐらい若い。三男なので帝都へ連れて行っても構いませんよと領主は豪快に笑う一方で、私にはその冗談の面白さがわからずに引き攣りつつもなんとか愛想笑いを浮かべる。
お酒の入ったおじいちゃんのダジャレよりもわからないなんて苦痛以外の何ものでもない。
御子息はキツキぐらいの身長と少しかっちりした体格にさらっとした金色の髪と緑色の瞳を持った少年で、おじいちゃんと良く似た特徴に気を引かれる。特におじいちゃんと同じ瞳の色に惹かれ、近付いてまじまじと見ていると、冷ややかな顔をしたシキに静止された。相手に失礼ですよと注意を受け、そんなに失礼な事をしたのだろうかと焦っていると、息子さんは気にしてませんよと笑う。
ほら、良いって言ってるじゃない。シキは細かい事を気にしすぎなのだ。
案内された食堂では彼と席が向いになっていた。
表情も常に明るく、父である領主のような不可思議な笑い話もせず、快活な印象を与える。そればかりか話も面白く、時間を忘れるぐらい楽しかった。
食堂で別れる際にはまたお会いましょうと手に軽いキスをするもしばらく手を離してもらえなかったが、声をかけると気がついたのかようやくそっと離してもらえた。
この国では異性の手を掴んで離さない習慣でもあるのだろうか。
それを近くで見ていた暗い顔のキツキが私を見ながら「謎防御力の威力よ」と呟いていた。だから何よ、その謎防御力って。
食後は男性陣とは別れて私は領主の夫人に誘われてサロンと呼ばれる場所に招待され、夫人から三男の印象を聞かれたり、美味しい茶菓子を振る舞ってもらったりそれなりに楽しい時間を過ごしたのだが、出発時間になり騎士達に連れられて玄関ホールに到着するもまだ男性陣が到着していなかった。男性陣のいる談話室で話が盛り上がっているのでしょうと近くにいた騎士は教えてくれたが、それならそうと早くおしえてくれれば私はまだお茶菓子をゆっくり食べていられたのだ。なんと迷惑な。
食事のあとにあれだけの茶菓子を頬張ってもまだ私には足りないらしい。
それならば馬車に早々に乗り込んでしまっては寒いだけだろとホールに留まるも、一人寂しく待っているのも嫌なので周りにいた護衛達と話をしようとするが、仕事中の規則だという理由で断られてしまった。
だが、そんなことでは諦めません。
顔に貼り付けた笑顔で粘った成果か、相手が諦めたのか、次第次第に騎士達は対応を軟化させていく。
もしこれで彼らが叱られてしまうのであれば私も一緒に叱られよう。規則違反の原因は私なのだから。
騎士達はほとんどが貴族の身分だが、平民の人もいた。出身地は帝都が割と多いが、半分近くは地方から来ていた。どちらも親切で話題に富んでいて、そこに差はなかった。
平民出身の人たちは帝城や中央に勤めて一定以上の役職になると「卿」と呼ばれるようになるらしい。
本来は貴族の身分に使う敬称らしいのだが、帝国では能力が高いと一代限りだが貴族と同等の扱いを受けられるようになる。
兵団の場合だど副団長以上、騎士団だと上級騎士や隊長以上の役につくと、一生そう呼ばれるようになるらしい。
それがどのくらいの高職なのかは私はわからないが。
そのため、狭き門だが、帝城での仕事を求める若者は後を絶たないそうだ。
卿まで登り詰めて地方の故郷に戻って仕事をする人も少なくはないらしい。
カロスも物知りだったけれど、騎士の人達と話をしても面白かった。
私が知らないことを教えてくれるからだろうか。
それとも笑顔で話をしてくれるからだろうか。
遅れていた男性陣が玄関ホールに姿を表すと、ようやく私たちも馬車に移動しようとお喋りはやめて動き出す。将軍の横を歩いて屋敷の奥から出て来たキツキはなんだか変な目で私を見ていた。
馬車に乗り込んだは良いものの、キツキは馬車に乗ってこない。
午後は一人だろうか。
たまにはそれもいいかもしれない。
窓に寄って外を眺めると、護衛の騎士達は馬に跨り出発の準備を始めている。この様子ではもう少しで出発だろう。
先程、エントランスで話をしていた騎士達と目が合ったので、私が手を振ると振り返してくれたが、どうやら上司に見つかってしまったようで、急に手を隠し真面目な顔をして前を向く。その変わり身の速さを可笑しく思いにやけてしまう。
同年代の人達が多いとやっぱり楽しい。とは言っても私よりかはみんな年上なのだろうけれど。
私も前を向いて座って馬車に揺られる心の準備をするのだが、待てども出発する気配がしない。
なんだか様子が変だな。どうしたのだろうか。
そんな時、馬車の外から興奮した声が聞こえてくる。キツキの声に似ている。いや、本人だろうか。
何かあったのだろうかと声の聞こえる馬車の扉がある反対側の窓に移動しようとした時だった。馬車のドアが乱暴に開く。
「ちょっと待て! キツキ!」
シキが馬車に押し込められたかと思うと、馬車の扉は乱暴に閉められ更には外から鍵をかけられる。
思わぬことで目が点になる。
一体何が起こったのか。
シキと目が合うがシキは気まずそうな顔をして私から目を逸らして場がしらけていくが、馬車はこちらの事情を加味することはなく、少しずつ動き出す。
「……どうしたの?」
無視もできずにそう聞くと、シキは諦めたようにため息をつき、私の向かいの席に座ると手を組み項垂れる。
チラッと私を見ると、ようやく事情を説明してくれた。
「その、キツキにヒカリときちんと話をしろと叱られた」
「はあ」
何を考えているのだろうか、キツキは。
特に話す事もないと言ったはずなのに。
「なんかキツキは勘違いしているみたいなの。ケンカなんてしてないって言ったんだけどね」
私は視線を窓の外に向ける。
馬車の横には騎士達が早くも遅くもなく、一定の速さで並走する。騎士達はそれぞれに乗馬の技術は高そうだ。みんな大変だな。
「ダウタ城では、その悪かった。急で驚いただろう。俺の説明も悪かったよ」
シキは申し訳なさそうな顔で私を見る。
私は窓に映る城下町を眺める。
「仕方ないよ、事情があったんでしょ? カロスに聞いた。私は大丈夫だから」
私はシキに笑顔を作る。
私の顔を見たシキは少し変な顔をした。何か顔にでもついてるのだろうかと頬をさするが問題はなさそうだ。
「……そうか、それならいいんだ」
「うん」
私はその後も窓の外に広がる景色を眺めていた。
キツキに言った通り、やっぱり話すことは何もなかった。
時折馬車は小石を踏むのか、ガコンッと揺れる。
その音だけが馬車の中に響いていた。
早く、次の休憩地点に着かないかな。
ここはなんだか息苦しくて落ち着かない。
「ヒカリ? 大丈夫か。顔色が悪そうだけど」
「大丈夫、平気だよ」
私はシキに笑顔を作る。
シキの表情はまたしても強張る。
「本当にか?」
「うん、問題ないよ」
私は目を伏せて答えた。
それから馬車の中は静かになった。シキも何も聞かなくなった。
何故かわからないけれど、話さなくていいことに私は安堵していた。
どれだけ経っただろうか。
外は砂の景色から小さな町に入り始めた。
次の休憩地点に着いたのか、馬車は道から外れだす。
どうやらようやく着いたようだ。
馬車が止まると、シキが先に降りて私に手を差し出す。
私はその手に触れていいのかわからなくてしばらく困惑していたが、待ってもそれ以外の人が迎えに来る気配はない。
仕方なしに私はシキの手の上に手を載せると馬車を降りた。
「ヒカリ、……」
私は馬車を降りると、近くにいた女性の護衛騎士をすぐさま捕まえる。行きたい場所を伝えると、彼女は笑顔で案内をしてくれた。ほっとした私は歩き出す彼女の後に続く。
近くにいたキツキが私を変な目で見ていた。
何か言いたそうだったが、後で聞けばいい。私は案内をしてくれている女性騎士に視線を戻した。
休憩で止まった場所も大きな屋敷だった。
用を足すと、廊下では数人の護衛騎士が待っていた。気がついて話しかけられる。
「ヒカリ様、お茶の席がご用意がされています。ご案内します」
そう言われたけれど、きっと行ってもつまらないだろう。
「ううん、みんなと一緒に話をしている方が楽しいわ」
「ですが」
「だめ?」
キツキぐらいの背の高さの騎士を見上げる。
騎士をじっと見ると、表情を和らげ、もう一人の騎士に何か耳打ちをする。耳打ちされた騎士は足早にこの場を去った。
「将軍に連絡を入れました。外では寒いですし玄関ホールで待っていましょうか」
「ありがとう」
護衛騎士達とホールに行くと、そこにあった椅子を勧められたので座る。
昼食で立ち寄った領主の館の時と同様に、騎士達は私の知らない色々な話をしてくれた。
純粋に楽しかった。
彼らとなら、色々悩まなくていいから。
ふとした言葉に傷付けられることも、感情を揺さぶられる事もない。
ただただ楽しい話に耳を傾けていられる。
笑っていられる。
惑う事もない。
次第に私の周りには騎士が集まってくる。
お茶をしているキツキ達が戻ってくるまでは、話題が途切れることもなく楽しくみんなの話を聞いていられそうだ。
私の周りに集まる自然な笑顔を見て、馬車の中とは違う空気を感じ、ほっとする自分がそこにいた。
<人物メモ>
【キツキ】
男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。ある夜巨大スライムに飲み込まれてプロトス帝国のダウタ砦まで辿り着く。皇太子だった祖母を持つ。
【ヒカリ】
女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。スライムに飲み込まれた兄のキツキを探しに、シキと一緒に村を飛び出し、帝国にやってきた。
【シキ(ラシェキス・へーリオス)】
ナナクサ村に漂流してきた銀髪の男性。へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。
双子の再従兄弟でもある。