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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
81/219

懐かしい顔 ーシキ視点

 

 サウンドリア王国の砦で倒れる敵の隙間から見えたのは、そこにはいるはずのない顔だった。数人の内、中央にいた人間をよく知っている。


 赤髪に青碧(せいへき)の瞳。背は俺ほど高くはなく全体的に華奢(きゃしゃ)だが身軽に動く。瞳の色そのままの水使いで、小さい頃に出来たそばかすが未だに消え切らないのを気にしている男だ。


 目の前の男達は反対側から来た俺を敵だと思ったのか、一瞬攻撃態勢に入ったのだが、俺の着ている服を見ると手を止めた。

 彼らと同じ制服を着ていたからだ。いや、正確には“似た”制服だ。金属の飾りの色が違う。俺のは銀色だが、彼らの黒い制服の首元と手首に光る模様は金色で描かれているのだ。


「……もしかしてラシェキスか?」

「やっぱりアトラスか?」


 中央の赤髪の男は目を見開いて俺の顔を見る。

 彼は幼馴染(おさななじ)みのアトラスだ。帝都の自宅が隣同士で、子供の頃からの遊び相手だった。そして今も。

 アトラスとは三ヶ月ぶりだろうか。

 お互いこんなところで会えるとは思わずに体が止まる………と思ったのは俺だけだった。


 瞬間、アトラスが飛びついてきた。


「お前! 今までどこ行ってたんだよ! こっちは大変だったんだぞ!!」

「す、すまない。ちょっと色々あってね」

「ちょっとじゃねーよ! 後で根掘り葉掘り聞き尽くすからな!」


 アトラスの勢いに負けそうだ。


「アトラス、失われた皇女と同じ容姿の女の子を見なかったか?」

「キツキ様の妹姫ことか?」


 キツキ様?

 そうか、無事に帝国軍と合流出来ていたか。良かった。


「キツキはどこにいる?」


 アトラスは俺のその言葉にピクッと反応する。


「お前、呼び捨てはやめろ。不敬で近衛(このえ)騎士に斬られるぞ」


 近衛騎士……それはお前のことだろう。

 勘は当たったようで、さっきまで幼馴染みの顔をしていたアトラスが、急に顔に青筋を立てて冷めた目で俺に剣を向ける。

 相変わらず忠義心の強い仕事人間だ。いざとなれば俺よりも仕事を取るだろう。


 すっかり忘れていたが周りは帝国兵だ。

 危ない。いつもの癖が出てしまった。

 本気で斬られる。


「キツキ様なら先ほど城壁上から侵入された。数名の近衛騎士が追っている。俺たちは敵がキツキ様を追って出口から外に出ないための防波堤(ぼうはてい)だ」


 キツキがここに来ているのか?

 まさかヒカリを探しに国境を超えてきたのか?

 キツキにそこまでやらせてしまった自分の不甲斐なさに苛立ちを感じる。


「そうか。それなら俺も行ってくる」


 キツキを追いかけようと(ひるがえ)ろうとした瞬間、アトラスに肩を捕まれる。


「やめておけ、黒公爵がきている。下手に動くな」


 黒公爵……カロスが来ているのか。

 特に驚くことはない。

 キツキとヒカリの帰還だ。当然と言えば当然だろう。


「では、アトラス。悪いが荷物を一緒に探してくれないか。ライラ皇女の由来の品を預かってきたんだ」

「皇女の?」

「後で話す。失くすわけにはいかないんだ」


 そう言うと、アトラス以外の数人も荷物の捜索に参加してくれた。





「おい、これか?」


 隣の部屋から声が聞こえる。立ち上がり、声を掛けられた部屋に向かった。

 質素な部屋の一角に俺の剣と複数の鞄がある。どうやら荒らされてはいないようだ。荷物が無事な様子を見て安堵した。


 ヒカリの鞄を開ける。


 失礼かと思ったが国に関わる大事なものなので、中身を改めさせてもらった。もちろん、余計なものは見ていない。断じて。

 オズワード殿から預かった布で包まれた手の平サイズの小包みを探し出す。

 布を解くと、(まばゆ)い黄金色の装飾と宝石で出来た勲章が出てきた。


「お前、これ…」


 それを見ていた全員が息をのむ。


「無事なようだ。良かった」


 預かった小包をもう一度布に巻いて自分の鞄に入れ直す。


「ありがとう助かったよ。行こう」


 

 外に出るまでの間、砦の中はだいぶ混戦した様子がわかる。

 敵も味方も怪我人が出ている。

 だが、敵からの攻撃はどうやら止んだようだ。新しい敵が湧いてこない。砦なのでこんなに兵士が少ないわけはないのだが。


 それともキツキ達の方へ行ってしまったのだろうか。


 キツキとヒカリの様子が気になって仕方なかいが、カロスも近衛もいる今、勝手なことは出来ない。

 勝手をしたところで俺なんか容易に捕縛されてしまうからだ。

 悔しい思いとおもどかしい罪悪感をうまく消化できないまま、アトラス達の背中を追った。





 砦の外には、半分程は見たことのある黒服の騎士と、灰色の服を着た兵士が既に何人も出ていた。

 カロスが任務が済んだらここで待つように指示を出していたようだ。


「で、どこ行ってたんだよ」


 アトラスを筆頭に数人の騎士に囲まれる。

 見た感じ近衛と上級騎士しかいない。となれば全員年上だ。

 少し気が重い。


「ちょっと野暮用で……」

「んなわけあるか! お前がノイス国でいなくなったって大騒ぎじゃ済まなくなってるんだぞ」

「……だよな」


 それは自分がよくわかっている。


「失われた皇女の御家族に会っていた」

「は?」


 アトラスは最初は俺を疑った顔で見ていたが、先程の勲章を思い出したのだろうか、驚いた表情から真剣な表情に変わる。


「本当か?」

「残念だが、ご本人はすでにご逝去されていた」

「そうか」

「国に戻ったらすぐに早馬を立ててもらうよ」

「ああ、そうしろ」



「シキさん!」

「シキ!」



 頭上から声がして上を向く。

 目の前に太陽の光かと見紛(みまご)う二人が飛び込んできたと思ったら抱きつかれ、その衝撃で少し後ろにのけぞる。

 さすがに二人分の衝撃は耐えきれなかった


「シキ、無事?」


 ヒカリは白いレースのドレスで着飾っていた。やはり今日が結婚式だったのだ。


「ああ、大丈夫だ。悪かったヒカリ、守りきれなかった」


 よかった。

 この様子なら間に合ったようだ。おそらくキツキが助けてくれたのだろう。

 何も出来なかった自分が本当に情けなく思う。


 首の後ろに回る彼女の手は温かく、ヒカリとの抱擁は思ってもみなかったほど心地が良い。柔らかい体と髪にもう少しだけ触れていたい、そう思ってなかなか離れられずにいた。



「おや、ラシェキスではありませんか。どこをふらついているかと思えばこんなところにいたのですか。まさかあなたがついていながら皇女を敵の手に渡したのですか? 思っていたよりも使えませんね」



 声の主を探して見上げると、カロスが宙に浮いたまま俺を見ていた。

 相変わらずな物言いだけど、俺が確かにやらかしたので文句も言えない。

 そのおかげで国が今どういう状況か、聞かなくても薄々わかる。きっと彼は俺のせいで寝る時間もなかっただろう。カロスにも悪いことをした。

 俺はカロスに向かって深く礼をした。





「で、なんであんなに親しいんだよ」


 城の部屋でアトラスに捕まる。

 俺は今、浴室でタオル一枚だけを巻きつけている。

 城から予備の服を借り、着ていた制服のクリーニングをお願いした。

 流石に辺境の地に帝国騎士団の制服の予備はない。

 簡単に湯を浴びて着替えようと思ったところだったのだが、相変わらず騎士兵士は用事があれば、寝ていようが風呂に入っていようがいつでもやってくる。


 ダウタ砦に着くなり将軍に直ぐに会い、()ずは皇女由来の品の引き渡しと簡潔に経緯を報告をすると、帝城に向け早馬を走らせてもらった。その後、ダウタ城で用意してもらった客室の部屋で休ませてもらっていた。

 キツキとヒカリ、あとは(おも)だった人間と俺は城にある客室に部屋が設けられたようだ。

 俺の場合は双子に近しい為にそうしたようだ。


「ああ、しばらく同じ村に住んでいたからね」

「大丈夫か?」

「何が?」

「お前、今度の春で二十歳になるから近衛騎士の昇格試験を受けるんだろう? わかってるだろ、護衛対象との恋愛は禁止だって」


 アトラスは俺より三つ上の幼馴染(おさななじ)みで去年近衛騎士に昇格した。

 アトラスの言うように護衛対象への手出しは厳禁だ。バレた場合は近衛騎士職が即解任となる。

 当然知っている、そんなことは。


「大丈夫だよ、そんな関係じゃない」

「最年少での近衛騎士への入隊はお前の夢だっただろう! それにあのことだってある」


 アトラスの顔は真剣だ。


「アルマダ砦での雰囲気は誰が見てもそうは見えなかった。副団長も見ている。はっきり態度を示さないと近衛騎士職が遠退くぞ。そうしたらお前の自由がなくなるってことは、お前が一番よくわかっているだろう。気をつけろよ」


 アトラスは言いたい事だけ言って部屋を出て行った。


 言われなくても知っている、そんなことは。

 そんなことにはならない、絶対に。





「………構わないで」


 ヒカリは部屋の扉を閉めてしまった。


 俺は一人取り残された部屋で目を瞑る。

 自分のことで頭がいっぱいで、彼らの事をあまり考えていなかった事に、ここに来てようやく知る。

 態度の変化に驚かれたのだろう。

 かといって今まで通りには接するわけにはいかない。

 彼らはこの国では『特別』なのだから。

 それは俺がよくわかっている。周囲だって黙ってはいないだろう。


 何処からならヒカリの心に折り合いがつくだろうか。

 何処までならラシェキスとして問題がないのだろうか。


 目を開くと俺は部屋を出て将軍に会いにいった。




「おお、ラシェキスか。お二人の方はもういいのか?」


 酒を飲もうとしていた将軍は部屋に入ってきた俺を見て少し驚いた顔をする。

 珍しい、将軍がお酒とは。

 最後にその姿を見たのは俺が騎士団に入った時の祝いの時だろうか。あの時に人生初めてのお酒を断れずに次の日まで潰れたんだったな。


「お酒ですか」

「はは。いや何、皇女の血縁が見つかった祝いだ」


 そう言って嬉しそうに笑う。

 将軍の気持ちはとてもよくわかる。

 何十年もの悲願が叶いつつあるのだ。


「して、どうした?」

「実は色々ありまして、お二人ともお部屋に籠られてしまいました」


 それを聞いた将軍の顔色が変わる。

 わざわざ将軍に辺境まで足を運ばせたのに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「どうした、なにかあったか」


 将軍はグラスを机に置く。

 将軍は二人の時は相変わらず親戚の伯父のままで接してくれる。甘えてしまう俺もいけないのだが。

 祖父のオズワード殿のこと、ヒカリが今の境遇に戸惑っている事を説明した。


「……そうか。こちらも知ってしまった以上、いまさら元の村にお戻しするわけにはいかない。それに既に御令孫を保護したことを早馬で知らせてしまった。まずは帝城までは来ていただかないといけない。どうしたものかな」

「お願いがあるのですが、しばらくの間、あの二人のお付きをさせていただけないでしょうか。このまま他の騎士達と同じ行動を取ると二人からの信頼が壊れかねません。それだけは絶対に阻止したいのです」


 将軍は(あご)に手をやり、少し考えると(うなず)く。


「よかろう。その件は明日朝食の後に私からお伝えしよう。副騎士団長にも私から説明しておく」

「ありがとうございます」


 俺は立ち上がり将軍に礼をして立ち去ろうとすると後ろから声をかけられた。



「時にラシェキス。そなた、ヒカリ殿と恋仲なのか?」



 思いもよらない言葉に振り向き、将軍を凝視する。

 何処から仕入れた情報なのだろうか。将軍を(あなど)っていたわけではないが。

 ただ、そんな仲ではないのは自分がよく知っている。


「いいえ、そんなわけありません」

「そうか。今後、色んなところに影響するからな。聞いておきたかったんだ」


 おそらく近衛騎士の昇格と家の問題についてだろう。


 忘れかけていた”家の問題”がこんなところでまとわりついてくるとは。

 俺は下唇を噛む。

 アルマダ砦以上にもどかしくて悔しい思いが湧き出てくる。

 俺はこの先もこうやって否定をしていかなくてはいけないのだろうか。


 ー はっきり態度を示さないと近衛騎士職が遠退くぞ。


 ああ、わかっている。

 もう少しなんだ。もう少しで整うのだ。


 俺を見る将軍の眼差しを振り切るかのように再び翻る。

 俺は扉の先を見据えて将軍の部屋をあとにした。



<人物メモ>

【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。ある夜巨大スライムに飲み込まれてプロトス帝国のダウタ砦まで辿り着く


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。スライムに飲み込まれた兄のキツキを探しに、シキと一緒に村を飛び出し、帝国にやってきた。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 ナナクサ村に漂流してきた銀髪の男性。へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。


【黒公爵/宰相代理(カロス・クシフォス)】

 ダウタへの往訪では宰相の名代(みょうだい)。本来は宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。魔力が異次元すぎて一部から敬遠される。


【アトラス】

 シキの3歳年上の幼馴染み。帝都の家がお隣同士。去年近衛騎士の試験に合格して昇格した。赤髪に青碧(せいへき)の瞳をもち、水と火使いである。※使い=魔法を使うという意



<更新メモ>

2021/07/02 誤字の修正。人物メモの追加

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