黒髪の少年 ーカロス回想
小さい頃から自分は他の子供と一線を画していた。
周りには一切いない黒い髪。
巨大な魔力。
その上父親は現皇帝の弟で公爵位、軍の総指揮官である将軍職でもあった。
その一人息子である私を軽く扱う人間なんていない。
子供の頃から魔力は桁外れに高く、帝国内ではありえないと言われた三属性以上を扱えた。
更に母の家系に伝わる秘技も受け継いでいる。
当時から大人達の私への評価と期待は常に両極端だった。
皇族や貴族の宴やらパーティに行けば貴族の子女に囲まれる。
私のことを好きとかではない。
親に言われて取り入るために群がって来ているだけだ。
筆頭公爵の一人息子で魔力持ちだ。どう転んでも爵位は転がってくるし将来は高職を約束されたようなものだった。
こんなに美味しい人間はそうそういないだろう。
私を取り囲む子女達の目の中には常に僕に対しての畏怖が映りこんでいた。
怪物だと陰口を叩かれていることも知っている。
家のためにご苦労な事だ。
怖いのなら寄ってこなければいい。
人ではないと思うのなら触らなければいい。
父はあまり家には帰ってこなかった。通常の仕事が終わると城の自分の執務室で独自に神隠しの皇女を私設の騎士団に探させていた。
寝る時間を惜しんで。
何年も。
実際には何十年もだ。
なぜ彼がそこまで拘っているのかは知らない。
冷たい城の一角で自分の子供よりも、甘い金色の髪の女性の肖像画をひたすら眺めていた。
目の前に絵画の女性を彷彿とさせる少年が現れた時ほど苦々しい気持ちにはなったことはない。
私よりも父の関心を根こそぎ持っていった女性の血縁。
父を国境近くまで呼び出した少年が急に帰ると言い出す。
こちらの話も聞かずに。
どれほど時間を裂いたのか、どんな犠牲を作って来たのかも知らずに。
「丁寧な言葉な割には腹黒だな、あんた!」
「しつけが必要なようですね」
手を緩める必要はない。
犬のしつけをさっさと終わらせよう。
だが魔法陣から放たれた雷は周囲の建物を壊すこともなく、悲鳴も上がらず何事もなかったかのように次第に消えていく。
目の前には絵画の女性にも少年にもよく似た妹姫が立っていた。
彼女は私の魔力を目の前にして恐れず怯まなかった。
彼女は私の雷を手の中に消していく。
重ねた彼女の手を離せなかった。
彼女は逃げようともせずじっと私を見ていた。
絵画の女性の凛とした顔つきと似た表情。
恐れも畏怖も軽蔑もない美しい緋色を帯びた瞳。
地位も血筋も関係ない私だけをみる瞳。
恐怖の源を消し去る女性。
「あなたお名前は?」
このまま彼女を逃してはいけない。
逃げる隙を与えてはいけない。
「ヒカリ、お許しをいただけるのならあなたに結婚を申し込みます」
亡くなった母以外に初めて私に『安堵』をもたらした女性。
この手をどうして離すことができようか。
冷たい風の中で私の頬をかすめたのは、あるはずがない暖かい春の風だった。
<人物メモ>
【ヒカリ】
女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。スライムに飲み込まれた兄のキツキを探しに、シキと一緒に村を飛び出し、帝国にやってきた。
【カロス(宰相代理)】
ダウタへの往訪では宰相の名代。本来は宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。
急に態度を軟化させヒカリにプロポーズをする。将軍の愚息。