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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
78/219

再会7

 ****




 華美な調度品で整えられた豪奢の部屋は、賑やかに人が行き来していた先程までとは異なり、一転して静まり返っていた。

 美しい部屋に華やいでいた気持ちが、今はかえって(わび)しい気持ちにさせる。


 キツキが部屋に(こも)ってしまった。

 私はキツキに会えた嬉しさと、見たことのない美しい世界に気を取られ、とても重要な事をキツキに言い忘れていたのだ。


 おじいちゃんの死。


 私だって痛くて苦しかった。

 おじいちゃん子だったキツキにとっては、大事にしていたおじいちゃんを看取(みと)るどころか、自分がスライムに飲み込まれてしまっている間に死なせてしまったのだ。今頃きっと押しつぶされそうな気持ちと闘っているに違いない。


 うっかりで忘れていい事柄(ことがら)では無かったはずなのに、私ときたら目の前の誘惑にあっさりと飲み込まれてしまっていたのだ。自分の情けなさに悔してくて顔を(しか)める。

 シキも先ほどから腕を組んで目を瞑り、ずっと沈黙をしている。


 二人で何も出来ずに座り込んでいると、廊下から扉をノック音する音が聞こえてきた。


 シキは立ち上がり扉を開け、その先で誰かと小声で話をすると、扉を引いて部屋に人を通す。お茶のポットとカップを乗せた銀の繊細な装飾の入ったトレーを持ったエルディさんが部屋の中に入って来た。

 エルディさんはお茶をテーブルに置くと、心配した面持ちで私を見る。


「大丈夫ですか?」

「あの、私がキツキに大事な事を言い忘れていて」


 エルディさんにおじいちゃん子のキツキが行方不明の間に祖父を失った事を伝えると、彼からお悔やみの言葉をもらった。

 エルディさんはキツキの籠った部屋の扉を心配そうに見ると、暫くはそっとしておいた方が良いでしょうと言う。



「ヒカリ様、お食事はここではなくて別の部屋にご準備いたします。公子様のお食事もまだのようでしたらヒカリ様とご一緒なさいますか?」

「ラシェキスで良い、エルディ殿。そうだな、ヒカリ様からお許しを頂ければ、夕食をご一緒させていただこうか」


 ん?

 ヒカリ様?


「やだ、シキ。“ヒカリ様”って。何の冗談?」


 私が笑うとエルディさんは意外そうな顔をし、シキは少し困った顔をした。

 二人の予想外の反応に私は目をパチクリさせる。

 本当に何の冗談?


 シキはエルディさんにしばらく二人にさせてくれと言うと、エルディさんは戸惑ってはいたが、言われるがまま部屋を出て行く。シキはエルディさんが出ていくのを確認すると、憂いを帯びていた横顔は意を決したような顔に替わり、目の前まで来て片膝を床につけると私を見上げて諭すように話し始めた。


「ヒカリ様、これは冗談ではありません。今後は本来の正しい姿でお互い接していかなければなりません」


 シキの真剣な顔を前に私の頬は引き攣る。


「正しい姿って?」

「私は臣下でキツキ様に仕える者です。私と妹であられるヒカリ様ではお互いの立場が違うのです。最初は難しいかもしれません。ですが、いずれ慣れていくはずです」


 一向に崩れないシキの真剣な顔は冗談ではないという事を証明していた。

 お互いの立場…?

 慣れる……?


 私の体温は次第に下がっていく。


「冗談……だよね?」


 目の前のシキは微動だにしない。


「でも、また一緒に旅はできるんだよね? やっとキツキに会えたし、シキやおじいちゃん達の住んでいた街を案内してくれるんでしょ?」

「護衛としてでしたら」

「シキとしては?」

「あり得ません」

「……それはキツキも同じなの?」

「勿論です」


 血の気が引き、何かに殴られたような衝撃がする。


「どういう事? 最初からそうなるってわかっていて連れて来たの?」

「はい、承知の上でヒカリ様をお連れしました」


 何度見てもシキは表情を変えない。

 私の目の前にいる人は一体誰なのだろうか。私の知っているシキとは似ても似つかない。


 記憶の中のシキの笑顔と目の前のシキが混濁していく。


 ……頭が、追いつかない。

 私は力なくふらりと椅子から立ち上がる。


「ヒカリ様?」


 返事は出来なかった。もう、声すら出ない。

 私はそのまま逃げるように寝室の扉に向かいドアノブに手をかける。


「ヒカリ様?」


 後ろからついて来たシキが私の手を止めようとする。


「……構わないで」


 シキは止めようとしていた手を退(しりぞ)ける。


 寝室に入ると、すぐに扉を閉めた。

 もう一度名前を呼ばれたが返事はしなかった。“ヒカリ様”なんて知らない。

 私は部屋の中央にあるベッドまで辿り着くと、体が崩れ落ち、ベッドのカバーにしがみつく。

 暫くしてから向こう側の扉の閉まる音が聞こえた。

 シキが部屋を出たのだろう。

 私はそれに安堵したのかベッドに顔を(うず)める。


 キツキを見つけたらシキに案内してもらいながら三人でおじいちゃん達の国を(めぐ)るつもりでいた。

 ナナクサ村の時のように、キツキとシキの仲の良い後ろ姿をずっと眺めていられるのだろうと。初めてのものを見て、驚いて。楽しくて楽しくて、きっと嫌な事も時間も忘れる程なんだろうって思っていた。


 ……思っていたのに。


 先程の表情のないシキの顔を思い浮かべると、顔も目の前も(ゆが)んでいく。


 立場が違うって、なに?


 それはシキにヒカリと呼ばれなくなるという事だろうか。

 もう近くで笑顔を向けてくれる事も、私に触れる事もなくなるのだろうか。


 ………シキ。


 私は右頬をそっと触れる。

 数日前にされたキスを思い出して、ほんのりと燭台の明かりの灯る豪奢な部屋で、一人項垂(うなだ)れた。





 窓の外は明るい。

 もう朝が来たのだ。早くないか? 

 きっとナナクサ村よりも1日4時間は少ないのではなかろうか。


 ……そんなわけないか。

 開けた目を伏せる。


 布団から出たくない。きっと私の顔は腫れている。

 顔を触っただでも膨らんでいるのがわかるんだ。

 もう、最悪。


 私はのそのそと出たくない布団から出てベッドから立ち上がると、壁に備え付けられていた丸い鏡を覗く。

 やはり、目の周りが少し赤い。それにむくんでしまっている。

 昨夜のシキの顔と言われた言葉が頭から離れない。

 今まで以上にシキとキツキと楽しく過ごせるなんてただの妄想だったのだ。


 私はどこにいても理想と現実の違いを受け入れられない。私はなんて面倒な奴なんだろうか。



 キツキと共有の部屋からドアをノックする音が聞こえる。


「ヒカリ様、お目覚めですか?」


 女性の声だった。

 ドアを少し開けるとメイドさんと目が合う。彼女の後ろにも他のメイドさんが控えているようだ。


「おはようございます。お召替えのお手伝いに参りました。今朝は将軍閣下とお食事をすることになっておりますので、お急ぎくださいませ」


 将軍閣下……。

 名前からして地位の高そうな感じだな。


「キツキは起きてますか?」


 そう聞くとメイドさんの口からはすでに起きていらっしゃいますと答えが返ってくる。

 ならば私も急ぐかとメイドさん達を部屋に入れた。



「おはよう」


 寝室から出るとキツキが装飾のある上下揃いの服を着て椅子に座っていた。

 お互い、目の下が少し赤い。


「昨日はすまなかったな。置き去りにしてしまって」


 置き去り……。

 あれは置き去りっていうほどの状況だったのだろうか。


「ヒカリは来たばかりだから驚いただろう、ここの扱いに」


 もしかしたら昨日のシキとの話が聞こえていたのだろうか。


「この国の人たち、みんなあんな扱い方をするの?」

「ああ、そうだな」


 昨夜のシキの抑揚のない言葉を思い出す。

 それだけで涙が出そうになる。


「なんだあ、そうなんだ。はは、知っていたらここに来なかったな。まさかシキにあんな肩の凝るような事を言われるなんて思いもしなかった」


 本当に夢にも思っていなかった。

 これならキツキを見つけた時に()ぐにでも帰れば良かった。

 そう言ってキツキに笑って見せた。


「後でシキさんと話をするよ」


 神妙(しんみょう)な顔のキツキはそう言って私の頭を引き寄せた。





 準備が終わった頃、エルディさんがやってきて朝食の席まで案内してくれると言う。

 いつもと場所が違うのでと言うが、私にはいつもがどこかはわからなかったけれど、キツキはそうかと一言返していた。


 エルディさんの背中についてキツキと廊下に出ると、シキは既に廊下にいた。

 彼は黒い制服を着て、他の護衛の騎士達同様、直立したまま私達と目を合わせようとはしない。

 エルディさんの案内で廊下を進むと、これまた他の護衛騎士と同様に後ろをついてくる。

 キツキの後ろを歩くシキの表情は崩れない。

 本当に今までのようには気軽に話が出来ないのだろうか。

 気分が次第に重くなる。



 階下に降りると、綺麗な庭に出る。

 城全体に囲まれた広い中庭の真ん中辺りに、城の外壁とは異なる丸みを帯びた真っ白な壁の建物があった。壁全体に高さのある窓が等間隔に並び、窓からは白く長いテーブルと席が見える。その周りを使用人達と騎士達が囲っていた。あそこが朝食の場所なのだろうか。


 あの席からはきっと、この素晴らしい庭を(のぞ)めるのだろう。

 何事もなければ、こんな綺麗な庭を眺めながらの食事なんてきっと贅沢で嬉しかっただろうに。今の私ではそれを楽しめる元気はなさそうだ。

 視線が下を向く。


 私達の進路の前方に美しい黒の衣装を身に纏った若い男性と、初老の男性が立っているのが見える。

 一人は昨日、砦に来ていた人だ。

 もう一人は身につけているものからしてこの国の高官のようだ。もしかしたらあれがメイドさんの言っていた将軍なのだろうか。

 私達は何故そんな人達と朝から朝食の席を一緒にしなくてはいけないのだろうか。村長とさえ一緒に食べた事もないのに。

 私は前方にいる二人の姿を無言で見る。あちらもこちらをじっと見ている。


 ふと、私の横に歩いていたキツキの足が止まる。

 前を歩いていたエルディさんもキツキの様子がおかしいことに気がついて足を止めた。

 しばらく無言だったキツキは口を開く。


「エルディ、先に謝っておく。迷惑をかけたな」


 その言葉を聞いてエルディさんはこっちはダメですよと慌てて朝食の会場を背中で隠した。



「ヒカリ、ナナクサ村に帰るか」



 その言葉に周りの人達の顔色が変わる。


「俺はどうやら、おじいさまの墓前(ぼぜん)で文句の1つでも言わないと気が済みそうにない。こんな大事な事を俺達に隠していたんだ。俺たちの知らないところで勝手に話を進めていたんだよな。ここに帰るまでの算段を。帰ったら何があるのかも教えないで。なあっ! シキさん。あんたも知っていたんだろ?」


 キツキは振り返りシキを睨む。


「言ったよな! ヒカリを泣かせたらシキさんでも許さないと!」


 シキにも周囲にも緊張が走る。

 私もだ。キツキが本気で怒っているのは私でも滅多に見たことがない。


 先ほど前方にいた二人が異様な雰囲気に気がついたのか、朝食の席に向かわずにこちらに真っ直ぐ近づいてくる。

 キツキは今度はその二人を睨んだ。


「将軍、俺たちは帰ります。お世話になりました」


 キツキが将軍と呼んだ男性の顔色は変わる。


「何を言っているのですか」


 もう一人の黒髪の男性は冷静な様子で将軍の前に出て、キツキを(いさ)める。

 キツキが手を振ると、男性の足もとから首元までの氷の壁が横に走り、男性の進路を塞いだ。


「帰ります。行くぞヒカリ」


 キツキは私の手を引っ張り、白い建物とは違う方向へズンズン進んでいく。

 情けないが、私はただただキツキに引っ張られるだけだ。


「待ちなさい。勝手は許しませんよ」


 その声とともに、男性の目の前にあった氷の壁は粉々に壊れていくのが見えた。

 男性が人差し指をこちらに向けたかと思うと、キツキの進む前方に大きな魔法陣が現れ壁となる。


「は?」


 魔法陣を見たキツキはすこぶる機嫌の悪い声を出すと、振り向きざま巨大な氷岩を出し、黒髪の男性を目掛けて飛ばす。振り向いたキツキの目は据わっていた。


 ひぃ、やり過ぎ!


 そう思ったが、男性は手を前に出し大きな魔法陣を出すと、巨大な氷岩を粉々にしていく。

 私は目を見開く。

 あれだけのキツキの氷魔素を瞬間で崩したのだ。私は信じられないものを見ていた。


 この人、魔力が全然違う。


 シキが魔法の訓練の時に、手から大きい魔法陣を出せる人は魔力が強いので気をつけるようにと言っていたが、この人のことだったのだろうか。

 キツキと黒髪の男性は睨み合い、二人の間の空気はどんどん険悪になって行く。

 私は一人あわあわする。いや、キツキと黒髪の男性を除いて全員が浮き足立っていたかもしれない。



「丁寧な言葉な割には腹が黒いな、あんた!」

「……しつけが必要なようですね」



 黒髪の男性はキツキを汚いものを見るかのような目で睨む。黒髪の男性の後ろにいた将軍はいつの間にか護衛達に囲まれていた。

 男性は巨大な魔法陣をキツキの前方三方向から出したかと思うと、その魔法陣の(ふち)からは雷光が走るのが見えた。


 それはまずい。


 キツキは雷を防御する(すべ)を持っていない。

 防御魔法を出したところでこの魔法陣の大きさと数では到底防ぎ切れないだろう。

 危険過ぎる。

 瞬間、私はキツキと魔法陣の間に入り込んだ。


「ヒカリ!」


 シキの声が聞こえた気がした。



 朝にもかかわらず一瞬にして目が眩むような雷が降り注ぐ。


「カロス、やめなさい! カロス!」


 将軍が男性が止める。



 眩しかった閃光が落ち着き始めると、周囲の景色は少しずつ色を取り戻し始める。

 キツキを睨んでいた鋭い目は、間に入って来ていた私の姿を信じられないものを見るかのような目で見ていた。

 黒髪のその人は、前に出した手はそのままに、呆けて動かなくなったかと思えば、少しずつ私に近づいて来る。彼の指からは雷が止めどなく出続けているが、私はそれを手で吸収し続けた。


 ゆっくり、ゆっくり……。


 最後に私の目の前まで来ると、雷を吸収している私の手の平に彼は自分の手を重ねた。


 私の顔をじっと見てくる。


「私の魔法が怖くないのですか?」


 なんか変な質問をされた気がする。

 魔法が怖いというよりかは、朝から防御する術がなさそうなメイドさんや働いている人達がいるところで雷を大出力するその神経が怖い。


「違う意味で怖いですが」


 正直に答える。


「魔法を無効化するのですか?」

「……魔力を吸収しています」


 男性の目から鱗が落ちる。いや、実際に落ちたかは知らないが、そんな顔をしていた。


「あなたお名前は?」


 男性は今までのような尊大な態度はなく、背の高い体を少し(かが)めると、私の顔を覗き込み、柔らかい笑顔になる。

 シキと同じ黄金色の瞳。さらっと風になびく長い黒髪。

 さっきまでは無表情で怖かったけど、よく見るととても綺麗な顔をしていた。


「ヒカリ、です」

「そう、ヒカリ」


 男性は私の手を握り目の前で膝を付くと、手の甲に優しくキスをした。

 衝撃を受けたが、周囲はもっと恐ろしいものを見ているかのような顔をしている。



「ヒカリ、お許しをいただけるのでしたら、あなたに結婚を申し込みます」



 男は頬を染めて私を見上げる。


 ん?


 私は自分の耳と目を疑った。

 その場にいる誰一人として動くことも口を開くこともしない。

 時間が止まったかのように、何も動かないし何も聞こえない。



「はあ?!」



 ただ一人、キツキの声だけは空高く響いていた。


【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。ある夜巨大スライムに飲み込まれてプロトス帝国のダウタ砦まで辿り着く


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。スライムに飲み込まれた兄のキツキを探しに、シキと一緒に村を飛び出し、帝国にやってきた。


【シキ(ラシェキス・へーリオス)】

 ナナクサ村に漂流してきた銀髪の男性。へーリオス侯爵の次男。帝国騎士。


【エルディ】

 キツキがたどり着いたダウタ領伯爵の次男坊。


【ユヴィル・クシフォス(将軍)】

 帝国の将軍職。金色の髪に白髪の混じった初老の男性。キツキのために辺境のフィレーネ地方のダウタ領までやってくる。


【カロス(宰相代理)】

 ダウタへの往訪では宰相の名代(みょうだい)。本来は宰相補佐。黒く長い髪に黒い衣装を纏った二十歳ぐらいの男性。

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