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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
73/219

再会2

「二度とやらないからな」


 目の前には目を泳がせているエルディ。

 俺の目は逃さないとばかりにエルディを睨みつけ、部屋に入ったすぐ近くの壁で、エルディの体を挟み込むように両手を壁についている。

 これは獲物を逃がさないための“壁ドン”という技法なのだとアカネさんに最近教わった。アカネさんが「そんなことをされちゃったら逃げられないわ」なんて、目をキラキラさせながら話をしていたことを思い出してやってみたんだが、確かにエルディは逃げられない。これはいい。


 食事後、領主達に色々誘われたが、速攻でエルディを回収して部屋に戻ってきた。

 俺から逃れられないエルディは、視線をあらぬ方向へと向けている。

 (のが)してたまるか。


「いやあ、これでもだいぶ減らしたんですよ?」


 目を合わせないエルディが、口答えを始めた。


「今やこのフィレーネ地方では、キツキ様の話で持ちきりですからね。キツキ様を一目見たい人達が沢山居らっしゃるのですよ。流石(さすが)に、父よりも上役の地方統括様だけは押さえられずに……」

「誰だろうが、もう会わないぞ!」


 ごちゃごちゃと言い訳をするエルディを睨みつける。何でわざわざ俺を見たいんだ。


「極力、努力します」


 そう答えるエルディと(なお)も目は合わない。

 良い返事ではなかったが、これ以上は良い答えは出なさそうだなと、仕方なしに壁から手を離した。


「で、あとどのくらいで俺は自由になれるんだ?」


 俺から解放され、安堵の息を漏らしながら崩れた服を整えるエルディは、俺の質問に真面目な表情でこちらに向いた。


「早馬を出していますので、早くても三日後に帝城に到着。帝城側からすぐに遣いが派遣されれば、ここまで最短で六日程でしょうか。ですので、少なくともあと九日程かかります。その後、自由になるとは限りませんが」


 最後の言葉がとってもイヤだな。

 まだそんなに時間がかかるのならば、腐らずにこの際と割り切って、色々見ておいた方が良いだろうか。ここには俺が見たことのない物が沢山ありそうだしな。


「敷地内ならどこへ行ってもいいんだな?」

「はい、城壁に囲まれている内側の場所でしたら。護衛はつけさせていただきますが」

「わかった」


 俺の落ち着いた返事を聞いたエルディは、安心したように礼をして部屋から下がっていった。

 部屋の扉が閉まるのを確認すると、くたくたになった俺は豪華な衣装とブーツを脱ぎ捨てて、ベッドに横になる。


「はぁ。何だったんだよ、あれ」


 手を投げ出すと同時に、大きなため息が口から漏れた。

 ジロジロと視線の刺さる食事会だなんて初めてだった。それにおべっかの嵐。俺を可愛がってくれた村のおばちゃん達でさえ、あんな(おだ)てるようなことなんて言わない。

 あんな食事会が何度もないことを願いたいものだ。こんなにも精神力を試されるのは久しぶりだ。


 体から力が抜けていくと共に、自然と目蓋(まぶた)が落ちてくる。

 目を閉じると、あの時のヒカリの悲壮な顔が浮かんできた。

 護ると思っていたのに、この(ざま)だ。

 自分のいるここが何処(どこ)かさえわからない。

 腕を目蓋(まぶた)の上に乗せると、自然と手は拳を作る。


 思い出したかのように起き上がると、手からヒカリの魔素を取り出した。

 朝と同様、ヒカリの小さな魔素は、南西の方向へと動いていく。

 俺はその様子を見てほっとすると、再びベッドに横になって目を瞑った。







「この先には何があるんだ?」


 時々、頬に強い風が吹き付ける。

 目の前は草原。そしてその奥には延々と木々が茂る森。

 ダウタ砦の西側にある城壁の上の歩廊から、俺は目を細めて遠くを眺めていた。


 エルディから許可をもらい、護衛をつけて砦の中を見て回っていたが、二日程で大方見終わってしまい、今日は新たに城壁の上を案内してもらっていた。

 遠くの森の中には、薄らと建造物が霞むように見える。

 なんだ、あれは。


「この先は国境です」


 目の前にいたフィオンが答える。


「国境?」

「はい、国の境です。国境には両国の兵士が立っていますのですぐに判るかと思いますが、絶対に国境は越えないでください。我々の命がいくつあっても足りなくなります」


 最後の言葉の意味はわからないが、物騒な話ということだけはわかった。


「あの建物は?」


 フィオンは俺の視線の先を確認すると、目を細める。


「あれは、隣国の砦ですね」

「国境ではないのか?」

「国境よりも奥にある建物です」

「そうか」


 あの砦はすでに隣国なのか。意外と近いんだな。

 フィオンの答えに納得した俺は足を進める。


 俺の少し前にはフィオンが歩き、横には別の兵士が並んで歩く。途中まで気がつかなかったが、自分の周りを囲むように兵士たちは歩いてついて来ていた。

 それにしても大きい城壁だ。どこまで続いているのかとフィオンに聞くと、北は国境に沿うように延々と繋がり、南はダウタ南砦まで繋がっていると答える。南は南砦までなのか聞くと、それより南方は海なのだと言う。要は南北に城壁が隙間なく建てられているという事だろうか。


「国全体の南までではありません。途中で海の湾を挟むのですよ。そこから南下すると今度は別の国との国境になりますので、そこからまた違う城壁が国境に沿って建っています」


 想像は難しいが、南北に走る城壁はここ以外にも湾を挟んだ南側にもあるということだけはわかった。


 しばらく歩くと、城壁に沿うように立っていた砦が途切れたのだが、その影からは城の本体が現れ、更にその奥には城壁に囲まれた赤みのある屋根の集合体が見える。


「もしかして、あれは“街”か?」

「はい、そうです」


 ナナクサ村なんて比じゃないぐらいの建物がひしめている。国境とは反対側にあるその街は、砦と城に守られるかのように存在していた。

 本当に街ってこんなにも隙間なく建物が立っているんだなと、城壁に引き続きおじいさまから聞いたお伽噺(とぎ)話のような世界が実在するのだと実感すると、俺の気持ちは少し高揚した。


「そろそろお疲れではないですか? エルディ様から、休憩のための席を城の中庭に用意しておりますとの伝言をお預かりしております」

「そうか、ではそのようにしよう」


 先日の食事会で、兵士たちにいらぬ苦労をさせたので、今日は出来るだけ我儘を言わないようにしたい。ここで断ればおそらくフィオンがエルディか城主の不興を(こうむ)ってしまうだろう。


 了承の返事を聞くと、フィオンは迷いのない足取りで、城壁の途中にあった階段を下りる。砦の通路下のアーチ状のトンネルをくぐり、石畳の道を抜け、城の角を曲がると広い庭に出る。そこには緑色の芝生の上に、いくつもの同じ絵柄を模した低木が所狭しに等間隔で並んでいた。


 何だこの庭、無駄にすごいな。


 周囲を見渡せば、ナナクサ村では見たことがないような細く美しい窓枠のついた壁に四方を囲まれている。ここがフィオンの言っていた城の中庭というところだろうか。

 その中央にエルディはいた。

 円形状の石畳の上に、白くて丸いテーブルと、四脚の白い椅子が置かれていたのだが、その一つにエルディは座り、数人の召使い達に囲まれながら本を読んでいた。エルディの髪が風に揺れるが、エルディはそんなことは気にせずに、本に目をやっていた。何だかそこだけが別世界のようだ。

 こういうのを優雅というのだろうか。なんだか様になるな。

 エルディのそんな姿に、少しだけおばあさまを思い出した。


 エルディはこちらに気がつくと本を閉じて立ち上がり、俺の席を案内する。

 促されるまま席に座ると、すぐに暖かいお茶が出て来た。

 居候(いそうろう)の身で、何だか少し申し訳なく思ってくる。


「西側は如何(いかが)でしたか?」

「一面の森だったな」

「はは。一応国境近くですので、近寄らないでくださいね。いつ襲われてもおかしくはないのですから」


 物騒な話を、笑いながらエルディは言う。

 出されたお茶に口をつけると、香りは良く、味も格段に美味しかった。


「襲われるというのは、魔物にか?」


 そう言うと、エルディは少し驚いた顔をした。


「いいえ、最近ではこの辺りには“魔物”というものは出ませんよ。国境を(のぞ)まれたのでしょう? その先のサウンドリア王国にですよ。今の状況が、……まあ、(かんば)しくないのですよ」


 話を聞くに、人が襲ってくるということか。ナナクサ村では考えられない事だな。だけど、おじいさまからも昔は人と戦ったと話していたことがあった。ここではそういうことがあるのか。

 魔物にせよ、人間にせよ、襲われればどちらも死活問題だ。


「そういえば、城壁から街が少し見えたな。街には行ってもいいのか?」


 街は城壁に囲まれていた。エルディとの約束は“城壁の内側”という条件だったのだから、街だって許可範囲だろうと聞いてみた。

 俺からの質問を聞くと、エルディは顎に手を当てて考え始める。


「大丈夫ですが、その場合は護衛を増やして私も同行いたします。変な(やから)はいないと思うのですが、誰でも出入り出来るところですので、念のため。城主息子の私が同行していれば、下手に手出しはされないでしょう」

「自分の身は、自分で守れるけどな」

「おや。砦の南側でお倒れになられていたのは、どなたでしたかな?」


 俺を横目でチラッと見たエルディは意地悪く言う。その言葉に俺は押し黙ってしまった。


「わかった。その条件に従うよ」


 ぐうの音も出ずに諦めると、それは良かったとエルディは満足そうな笑顔を俺に見せた。


「そういえば、あと七日ぐらいか?」

「そうですね、うまく繋がっていましたら」


 七日か。先は長いな。

 まだ見る場所はあるし、剣の稽古も参加させてもらえているから暇というわけではないが、魔物に襲撃された村と家族の安否が気になって仕方がない。


 顔を上げて四角い天を仰ぐ。

 冬の空は遠い。

 家族や村の人たちの幻を、消えそうな青の中に映し出すと、目を(つむ)って帝城の遣いとやらが早く到着することを祈った。


<人物メモ>

【キツキ】

 男主人公。ナナクサ村出身。ヒカリの双子の兄。ある夜巨大スライムに飲み込まれて行方不明になる。


【ヒカリ】

 女主人公。ナナクサ村出身。太陽の光のような髪に暁色の瞳を持った女の子。スライムに飲み込まれた兄のキツキを探しに、村を飛び出した。


【エルディ】

 キツキがたどり着いたダウタ領の伯爵の次男坊。


【フィオン】

 ダウタ砦の目つきの悪い兵士。



<更新メモ>

2022/07/27 加筆

2021/11/14 用語修正、連絡メモ削除

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