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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第二章
71/219

老将と絵画と ー初老の男視点

 薄らと暗い部屋の中で、重たくなった外套と大剣を外す。

 少し汗ばんだ背中が冷たくなった空気と混ざり合う。

 初老の男は(うつむ)きながら(しば)し口を真横に結い、時間が止まったかのように動かなくなった。

 一度眼を(つむ)ったかと思えば、すぐに開いて(きびす)を返す。


 重たい色の扉を開き、部屋を出る。

 何も言わずに歩みを進めると、金の飾りがあしらわれた黒を基調とした軍服に身を包んだ二人の騎士が、左右に並び初老の男の後ろからついて歩く。


 男はいつものように警備兵が等間隔に並んでいる(つな)ぎの広間を抜け、本城のエントランスホールへと入る。本城の顔でもある中央階段を横目に進み、中庭から陽が差す廊下を抜けると人気のない(おごそ)かな階段を上がった。

 階上は一風雰囲気が変わり、廊下には赤い絨毯が引き詰められていた。


 その先。

 その先に目的の部屋はあった。


 鋼鉄で出来ているであろう両開き扉の左右には、警備兵が数名立っていた。

 男は無言のまま、その扉へと向かう。

 警備兵達は男を認識すると一礼し、慣れた様子で両脇の兵士が二人がかりで扉を開ける。

 重苦しい音と同時に、視界の向こうには明るくも暗くもなく、ほんのりと暖かい色味の無数の炎で照らされた奥行きのある部屋が現れたのだ。



 (とも)の者を扉の前に待機させ、男は一人で中に入る。

 高い天井のせいか、足音が跳ね返って聞こえる。


 しばらくは壁しかない通路にも似た部屋を歩くと、次第に左右の壁には絵が現れ始める。

 壁には人物を描いた絵画しか飾られておらず、特に右側はどれもこれも絵の構図は単調だ。

 仰々しいほどの衣装を身に(まと)った二人の男女が左右に立っているだけか、もしくはどちらかが椅子に座っているかだ。

 そして、百を越える絵画の群れを抜けた長細い部屋の突き当たりには、どの絵とも比べ物にならないほどの美しい額縁に収まった絵がある。

 自分の身長よりも遥かに大きい絵を、男は見上げた。



 金色とも銀色とも言い難い髪色を持ち、伝説上の生き物とされている首回りに黄金色の立髪(たてがみ)を持った動物を横に(はべ)らせて立っている男性。

 瞳は朝焼けとも夕暮れとも言える黄金に赤を含んだ色をしている。この国で“(あかつき)色の瞳”と呼ばれる目だ。

 頭には金の王冠、手には黄金色の王笏おうしゃくを持ち、腰には体の半分ほどの尺のある剣を携えていた。


初代(プロトス)皇帝」


 初老の男はそう呟やく。

 尊大な絵画を祈るように眺めた後、無言で踵を返した。

 視線を下げ、ゆっくりと進む。


 そして少し進んだところで、立ち止まる。

 右側に、前方を鎖で囲われている絵の額縁が見えた。

 視線を上げると、初代皇帝と同じ特徴を持った女性の絵がそこに掛けられていた。


 淡い金色の髪、暁色の瞳、凛とした表情と豪奢な衣装。透き通るような肌。

 本当に現存したか疑わしいほどの美しい女性が描かれていた。

 女性と言ってもまだ少し幼さが残る。

 椅子に座り、首には勲章を、耳と右の指には、金と水色の石で出来た彼女の印のフヨウバナが刻まれている装飾品が描かれ、手には銀色の一回り短い王笏を持っている。


 男は知らず知らずの内に、絵と正面に向き合っていた。

 次第と眉間(みけん)に力が入る。

 なんとも言えない感情が体を支配する。

 いや、体だけではなく既に人生をも支配していたのかもしれない。


「神隠し姫………」


 ボソッと呟く。

 何年も何十年も求めて止まない。

 何度も何度も記憶を呼び起こすが、その度に嘘か誠かわからない残像だけが脳裏をかすめただけだった。

 本当に存在したのだろうか。


 動けない。

 日課のようにここを訪れるが、その度にここから動けなくなる。

 自分への落胆なのか、運命への絶望なのか。

 気持ちが絵から離れない。

 (しば)し静寂の中で女性と向き合う。

 知らぬ間に手はこぶしをつくっていた。

 この感情が何なのかはわからない。

 憎いのか、恋しいのか。


 しばらくしてから息を強く吐いて呼吸を整える。

 光の入らない部屋に長くいたせいか、体が少し冷えてしまった。

 目を閉じ、部屋を出ようと扉に向かい歩き出そうとした時だった。


 城の廊下をバタバタと誰かが駆けて来る音が聞こえる。

 それは少し妙な感じがした。

 この城の廊下を走るなどの狼藉(ろうぜき)が許されるのは、国の内外を揺るがすほどの緊迫した事態ぐらいだ。

 何かあったなと胸騒ぎを覚えて、急ぎ足で扉まで向かう。



「将軍閣下に至急お取り次ぎを!!」



 扉の外からは聞き覚えのある男の声が聞こえる。聞こえてくる限りでは、息が絶え絶えのようだ。

 やはりただ事ではない。

 外がざわついている。

 警備兵たちが扉の外で声の(ぬし)を足止めしているようだった。

 さらに歩みを速めて廊下へと向かう。


 そこには一人の騎士が息を切らしていた。

 私の側近の一人だ。

 もしや想定していた最悪な状況に突入してしまったのだろうか。


「何があった」


 側近は初老の男を確認するや否や、その場で(ひざまず)いた。


「申し上げます、将軍閣下。フィレーネ地方ダウタ砦の南方で、フヨウバナの印が入った指輪を持った少年を保護をしたと、先程ダウタ砦より使者が到着しました」


 それを聞いた瞬間、思考が止まった。

 冷や汗なのだろうか、背中を冷たいものが伝わる。

 目を見開き言葉に詰まるが、それでも脈は早鐘を打っていく。


 これは自分の病んだ心が見せている幻だろうか。


「それは誠か?」

「はい。ダウタ伯爵よりの書状を携えて、登城されております」

「して、その使者は?」

「今、謁見室前で待機していただいております」

「他は何か申しておったか?」

「保護された少年の御容姿は、淡い黄金の髪に、瞳も淡い黄金と暁色の…」


 ここまで聞けば、ここにいる全ての人間が理解したはず。

 冷たくなりかけていた体が、瞬時に高揚したのがわかった。


「急ぎ馬を用意させろ。ダウタ砦まで行く。クラウスとタキナは供について参れ。陛下との謁見には私も同席する。私のいない間の指揮は騎士団長に委任すると宰相代理に伝えろ。手の空いている近衛騎士と第二騎士隊の騎馬小隊を、追ってダウタに向かわせろ」


 将軍自ら本陣を空けると宣言したのだが、これに対し反故(ほご)を唱える者はここにはいなかった。


 将軍の号令の元、それぞれが急ぎ足で動き出していった。


<メモ>

以前アップしていたプロローグに掛かる話です。


<更新メモ>

2022/07/04  修正

2021/11/14  連絡メモの削除、加筆



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