天敵2 ーキツキ回想
生まれつき、外見には恵まれたのだとは思う。
おじいさまも、おばあさまも大好きだ。
そんな人達に似てると言われて、嫌な気などしない。
むしろ、そう言われるのは、とても嬉しかった。
おばあさまのような美しく流れる視線に、おじいさまの相手を射るような強い眼差しが好きだった。俺もそうなりたかった。
決して、こんな事のために使いたい訳じゃない。
ある年齢の時から、村のおじさんおばさんが孫子を見るような視線とは違う視線を感じるようになった。
「あ、こっち見たよ」
「今日もかっこいい」
数人の女の子の群れが、目が合うまで俺を見る事が増えたのだ。
ひそひそと、聞いて欲しいのか欲しくないのか、判断のつかない中途半端な声と一緒に。
その度に、祖父譲りの睨みを効かせるようになってしまっていた。
そういえば、いつからだろうか。
睨みだけでは効かない人間を相手にする様になったのは。
「アカネさん、見過ぎです」
アカネさんは俺から視線を外さない。
「やめてもらっていいですか?」
それでもアカネさんは視線を外さない。
花月亭手伝いのアカネさんは注文が終わったのにも関わらず、あからさまに俺を凝視する。
ここ1、2年辺りから始まっていた。今までは気のせいだろうとか、偶然だろうとか思っていたが、次第に俺に近づいて見るようになり、やっぱり見られていたんだと確信をしたのだ。
そして今では遠慮なしに間近で見るようになった。
反応を変えないアカネさんを睨み付ける。
俺はしつこく見られるのが嫌いだ。
だが、目の前の敵は一味違う。
俺が睨もうとも何をしようとも、視線を逸らさないのだ。
「なんでそんなに俺を見るんですか」
「あら、キツキが綺麗だから見てるのよ」
「は? 見てどうするんですか」
「心の貯蔵庫に貯めておくのよ」
アカネさんは真顔で答える。
全くもって意味がわからない。
そろそろ、いい加減にして欲しい。
首をすこし傾げ、横目でアカネさんを睨み付ける。
「止めるのと、氷でその目を刺されるの、どちらがいいですか?」
わかっている。良い方法ではない事は。
だが、脅した筈のアカネさんは、顔を両手で挟んで目をキラキラさせながら赤面する。
は?
「その顔、良い! 軽薄そうにうっすらと笑う顔、突き刺すような目付きっ! 氷の王子様って感じぃ!」
はぁ?
俺は呆気に取られる。
同じテーブルにいた家族とノクロスさんもだ。
わかるのは彼女を怖がらせたのではなく、喜ばせてしまったという事だ。
彼女は満足したぁ、と本当に満足げに厨房へと戻って行く。
何なんだあの人は。
「はは、キツキもとうとう目をつけられたか」
ノクロスさんが苦笑いする。
「何なんですか、あれ?」
「特に害は無いよ」
ノクロスさんはそう言うけれど、あるだろう、絶対。
「見るだけ見たら満足するから、そう気にするな」
何に満足するんだよ。
「ノクロスは彼女が小さい頃から見られてるからな」
様子を見ていたおじいさまが口を開く。
「綺麗な男を見るのが好きなんだそうだ」
なんだ、それ。
「おじいさまもですか?」
「はは、私は対象には入らないよ」
なんだよ、おじいさまが対象にならないって。彼女は目が悪いんじゃ無いのか?
今度来たら文句を言ってやる。
「それとキツキ。嫌なのはわかるが、脅しはやめなさい」
おじいさまに先程のことを叱られてしまった。
「はい、すみません」
俺は小さくなる。
横にいる妹のヒカリが口を尖らせて膨れっ面で俺を見ている。どうやら、こっちも機嫌が悪いらしい。
「なんだよ、その顔は」
「キツキだけアカネさんに見つめられて、ずぅるーい」
こちらの感覚も、もはや俺にはわからない。
明くる日、またもアカネさんは俺を凝視する。
「本当、懲りませんね」
俺は席に座って、呆れ顔でアカネさんに対峙している。
そんな時、花月亭の扉の鈴が鳴る。
「あら、いらっしゃーい。セウス」
エルサさんのその言葉に、過剰に反応した人間が左右に二人。
隣にいるヒカリと、俺の斜め前にいたアカネさんだ。
セウスさんとヒカリは最近は犬猿の仲だとして、アカネさんは何故だろうか。
俺はアカネさんを横目で観察し始める。
アカネさんはキラキラした目でセウスさんを見つめながら、ワクワクした顔をしている。その様子ですぐにわかった。
セウスさんもターゲットなのか……。
じーっとセウスさんを見る。
スッと高い背に整った顔。性格も良いし確かに男の俺から見ても格好良い男性なのは確かだ。
セウスさんはエルサさんに食材の在庫の確認に来た様子で、カウンターで話し始める。エルサさんからメモ用紙を受け取ると、セウスさんはエルサさんに挨拶してカウンターから離れ始めた。玄関の扉に向かうが、こちらのテーブルに気がついた様子で席に近づいてくる。
ああ、やっぱり来たか。
俺の横に立っているアカネさんの顔を下から覗く。アカネさんの目は輝きと潤みが乱立し頬は赤い。どうやらワクテク度は最高潮の様だ。
本当、なんなのこの人。
「なんだ、今日もここか?」
セウスさんは今日も爽やかな笑顔だ。それに呼応する様に、隣にいたヒカリの顔は歪になっていく。
後ろで見ているアカネさんの目は輝きを増し、口に両手を当てながら、事の成り行きを見守っている。
「悪かったわね。今日も狩りで遅くなったから夕飯をお世話になってるの」
「そういえば今日は倉庫に魔石が届いていたね。スライムを狩れたの?」
「おかげさまで」
「ああ、キツキのおかげだよね」
セウスさんは俺に素敵な笑顔を向ける。俺は呆れ顔をセウスさんに返すが予測済みなのだろう、セウスさんの素敵笑顔は崩れることはなかった。
ほんと、俺を二人の間に引っ張り込まないで欲しい。
「むっかー!」
横にいるヒカリはご機嫌絶不調だ。
後ろで見ているアカネさんの目は潤みだす。本当、何なんだよ、あの人は。
セウスさんはヒカリに絡めて満足したらしく、笑顔で軽く手を振ると花月亭から出て行った。アカネさんも手をひらひらさせてセウスさんを見送る。
「何してたんですか?」
こっちを向いたアカネさんの目は潤みっぱなしだ。
「は〜。目の保養だったわ。良いわ、セウスとキツキのツーショット」
アカネさんは手を頬に当て満足げだ。
ツーショット……。どこの国の言葉だよ。
「何ですか、セウスさんだけ見てれば良いでしょうに」
「あら、セウスは滞在時間が短いのよ。今日はヒカリがいたから、長くて貴重だったわ」
どうやらヒカリを餌にされたようだ。
おれは少しムッとする。
「なんで綺麗な男が見たいんですか?」
そう聞くと、アカネさんは急に困り顔になり視線を逸らす。指に髪を絡めるとチラッと俺を見た。
「死んだパパがね、美形だったんだって。もう薄らとしか覚えてはないけど、パパが生きてたら、きっとこんな感じだったのかなぁって思うと、ついつい目がいっちゃうのよね」
アカネさんは眉を下げると、恥ずかしそうに首を少し傾けた。
「父親ね……」
俺は頬杖をつく。
ノクロスさんやセウスさんはわかる。茶色の髪と瞳だ。赤茶色の髪と茶色の瞳のアカネさんに容姿の特徴が近いから、父親の影を投影されても仕方はないのだろう。
だが。
「…………俺は関係無いですよね? どう見てもアカネさんの父親に似ている可能性はゼロでしょう?」
なよなよしていたはずのアカネさんは、ぴたっと体が止まると、バレたかと舌をちろっと出して目も合わさずにそそくさと厨房に戻って行った。
あんの野郎〜〜!
結果として、ただ見たいという好奇心だけなのだとわかった。
「キツキ、最近疲れてるんじゃない?目が据わってて怖いわ」
「アカネさんが見なければ目が合いませんよ」
「キツキを見てると視力が回復した気がするわ」
「アカネさんは1km先の小さい獲物が見えるほど目が良いってソウさんが言ってましたけど、もう老眼ですか?」
「今日、百発百中のキツキが珍しく弓の練習をしてたって自警団員に聞いたけど、どうしたの?」
「いつか赤茶毛の大物を狩ってやろうと思いましてね」
いつの間にか、アカネさんを撃退する目的から始まった会話が、花月亭での食事前の儀式になっていた。
それから1年経った頃だろうか。
相変わらず、目の前の赤茶色髪の女性が目障りだ。
ヒカリがまた捻くれてしまうだろうが。
「アカネさん、注文を取ったのなら、さっさと厨房に戻ってくださいよ」
アカネさんは注文を取り終わったのにも関わらず、シキさんから離れようとしない。
「だって、シキさん素敵なんですもの。まるで私のパパみ……」
懐かしい話を聞き、ギロっとアカネさんを睨みつける。
「はあ?! 流石にシキさんとアカネさんの父親が似てるっていうのは、無理がありすぎでしょ? 鏡を見て来てください。図々しいにも程がありますよ!」
「んまあ。キツキだって自分だけシキさんを独り占めにしようなんて甚だしいわ! シキさんは村の共有財産よ!」
やはり、アカネさんに睨みは効かない。
斯くして、翌日には俺はアカネさんとシキさんを取り合いをする仲だとの噂を、村中に立てられたのだった。
<人物メモ>
ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄
セウス・・・・・・・ヒカリにつっかかるが村人からの人望は厚い村長の息子
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった
アカネ・・・・・・・花月亭の元気な看板娘。綺麗な男を鑑賞するのが趣味
おじいちゃん・・・・ヒカリとキツキのおじいちゃん
ノクロスおじさん・・おじいちゃんの長年の友人。セウスの剣の師匠でもある
<更新メモ>
2021/06/27 改行、修正と加筆(ストーリーの変更なし)