北の森の散歩 ーキツキ回想
タイムリミット1に沿う話です。
一人で北の森の地面に空く穴をどうやって見回っていたのか不思議に思っていた方向けです。
今日も朝の空気は一段と冷え込む。
大きな葉を靡かせていた木々は、ご自慢の葉を少しずつ散らしていた。
今日もとっとと終わらせよう。
手首から指の間を伝って蔓を伸ばす。
一つ、二つ……。
全てを出し終わってみると触手のような長い蔓は両手で十本を超えていた。
両手から出ている蔓を広範囲の地面に這わした状態で、目印の木から北の方角を目指して歩く。
それに合わせて蔓も這うようについてくる。
しばらく歩くが特に地面に異変は見られない。
今日も余裕だな。
そう思っていたが、今日の目標とする探索範囲を半分以上超えた辺りで、指が蔓の一本に軽く引っ張られた。
蔓が地面から落ちたのだ。
俺はムスッとした顔で引っ張られた方へ向かう。
邪魔な茂みを手で除けると、頭ひとつ程の下の見えない穴が地面に空いていた。
じーっと周囲を見渡すが、印も梯子も見られない。
採集で使われている穴ではなさそうだ。
手を穴に向けると土魔素を取り出して、穴を石で固める。
足で踏んでみるが、地面が落ちる様子もない事を確認すると、また同じように蔓を這わせながら前に歩いていった。
今日は二つの洞穴らしき穴を発見して、埋めた。
帰ったら報告をしておかなくてはな。
空を見上げる。
まだ昼少し手前だろうか。
それなら今日も出来るだろう。
手の蔓を消すと今度は足元に岩を何層にも築く。
自分の視界が開け、足元には葉っぱの薄くなった木々が所々隙間を作りながら立ち並んでいる。
そこで俺はしゃがみながら昼ごはんを食べる事にした。
鞄から、紙に包まれたお弁当を取り出す。
紙を少しずらすと、薄い肉と野菜を挟んだパンが見える。
今朝ヒカリが作っておいてくれたものだ。
それにかぶりつくと、そこでじーっと待つ。
カサ……カサ……
ゴソ…ゴソ…
少し遠くから枯れ葉を踏む音と、揺れる藪が見える。
西側に1匹、南側に1匹だな。
視界では今のところ確認は出来ないが当たりだろうな。
残ったパンを飲み込むように食べると、足元から岩を崩すように消す。
先ずは南だ。こっちのほうが獲物が大きい。
足元を地面に着地させると走り出した。
音の近くまで行くと、手から蔓を作り出す。
音のした方に向けて飛ばす。
しばらくするとグッと重みが手にかかって来た。
そのまま蔓を引っ張る。
ズル……ズル……
茂みの中からでて来たのは蔓にぐるぐる巻にされた中型の薄い水色のスライムだった。
「今日の1匹目。」
俺はもう片方の手で蔓の網を作り出す。
それを引っ張って来たスライムにかぶせると、周囲を石で出来た杭を打ち付け、更に刺さった場所も石に変える。
さて、もう1匹。
俺は引き返すと、音のした方向を目掛けて走った。
「スライム捕まえてた。」
「はあ?」
探しに来た夜の北の森で、ヒカリがおかしなことを言う。
しかもスライム狩りを言い出したのはシキさんだと言う。
俺は思わず呆れる。
ヒカリと一緒にいると、行動もヒカリに似てくるのだろうか。
「そういえば今日は中型のスライムを工房に置いてきた。」
「え、何匹?」
「二匹。」
ヒカリは絶句する。
「なんで見回りしているキツキが、中型のスライムを二匹も持ち帰って来れるのよ!」
花月亭の中でヒカリはとても悔しそうな顔だ。俺はしたり顔だ。
シキさんが来るまでの間、ヒカリに問い詰められたが、方法なんて教えてはやらない。
今日、俺に内緒で二人で出掛けた仕返しだ。
それに。
スライムを持ち帰ったのは、お前のその悔しそうな顔を見たいが為に決まっているだろう。
俺の顔は次第に緩む。
「くやしいー!」
ヒカリは絶叫する。
まだ俺には追いつけまいという安堵と、ヒカリのよく動く顔が、俺の今日の疲れを癒してくれるのだった。