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Slime! スライム! Slime!  作者: 笹餅よもぎ
第一章
57/219

立待月 表 ーセウス視点

立待月(たちまちづき)

「帰る」


 力なく立っていたヒカリは僕を力任せに押しのけた。



「ヒカリ!」 

「もう、大丈夫。ありがとう」



 血の気のない顔をしたヒカリは、こちらを一瞥(いちべつ)することもなく、墓地から去っていった。

 彼女を見送った後、一人残された僕は彼女を抱きしめた手をじっと見つめる。


 僕は本当に()りない奴だ。





 ヒカリからは結婚の申し出を断られている。

 かといって、彼女への思いが消えた訳でも、無かった事になった訳じゃない。

 今でも大事に思っているし、彼女が笑ってくれるなら何でもしたかった。

 だから一緒になろうって言ったのは、僕の……まあ、確かに願望も少しはあったけれどそれだけではなくて、一番は家族が急にいなくなった彼女に淋しい思いをさせたくなかったからなんだ。




 夕刻、ノクロスさんから話があるから花月亭に集まって欲しいと言われた。


 今日の集会の発起人はシキだと聞いて顔を(しか)める。

 まだ村が落ち着かない時だというのに、村の役付きを集めて何の用だと言うのだろうか。

 かといって、彼には先の魔物の襲撃で大きな助力を貰っているし、それにノクロスさんのお願いを無視できるはずもない。少しの苛立ちはあるけれど、無下にも出来ずに夕刻までにやることを終えた僕は、花月亭へと足を運んだ。



 花月亭に入ると、集会席にはすでに数人が来ていた。

 村長の父と、自警団長のフォアさんと副団長のルドルフさん、木工所所長のドクさん、それに席の一番奥にはノクロスさんとシキ。

 僕が集会所の階段を登りだすと、ハンター代表のソウさんも花月亭に入ってきた。最後に倉庫番長のデリックさん。

 本当に村の役付きを集めたんだな。

 各々(おのおの)が席に座る。僕も末席に着いた。

 一番奥の席に座るシキの横には、ノクロスさんが補佐のように立っていた。

 その様子は少し奇異な感じがした。


 全員が揃ったからなのか、ノクロスさんがシキに耳打ちをするとシキは立ち上がる。

 席に座った全員の顔を見回すと、彼はおもむろに口を開いた。


「お忙しいところ、ありがとうございます。

 大事なお話があり、集まっていただきました。

 明日、私はオズワード殿の孫であるヒカリを連れ、オズワード殿の故郷に連れて帰ります。

 これは連れ去りではなく、故オズワード殿の遺言だという事を知っていただきたくお集まりいただきました。

 勿論、オズワード殿にもヒカリ本人にも承諾済みです。そしてキツキも承諾済みの話です」


 思いもよらない唐突な話に絶句する。

 シキは一体何を言っているんだ。

 連れ帰るってどこへだ。


 ヒカリが村を出ていくってことなのか?


 顔から血の気が引いていくのがわかる。

 ヒカリが村からいなくなるなんて今まで考えたこともなかったし、それだけは認められなかった。


「どこに帰るというのだね?」


 父が渋い顔で聞く。


「我々の故郷としか言えません。ここからどこかと言われても確定して言えるほど確信もありません」


 シキの曖昧な答えに苛立って、思わず口を挟んだ。


「遺言だとしても、目的地もはっきりしない場所に連れ帰らないといけないのか? そもそもどうやって帰るつもりなんだ?」 

「急ぎ帰る必要があります。場所についても方法についても、確実でもありませんが不確実でもありません。これは遺言だけではなく、オズワード殿とノクロス殿の名誉を守るためでもある事をどうかわかっていただきたい」


 場所もわからない場所に帰るなんて、そんな危険な賭けにヒカリを巻き込むっていうのか? 場所もわからないということは、どれだけ日数がかかるのかもわからないということだろう。

 その上ヒカリはまだ不安定な状態なのに明日に出発とか、一体何を考えているんだ。

 シキの勝手な言葉に無性に腹の底から怒りを覚える。


「そんなの認められない! 何を考えているんだ!」


 シキの話を壊したくて目の前のテーブルを叩く。

 だが、シキは淡々とした冷めた目でこちらを見ていた。

 その態度が余計に許せない。


「話は以上です」

「まだ終わっていない!」


 終わることなんかできない。

 彼女を連れてなんて行かせない。

 そう思っているとノクロスさんがシキの前に出る。


「シキ殿からの話は以上です。あとは私から必要があれば説明をしますので、私に聞いてください。今日はこれで。セウス、話がある」


 無理やり話を打ち切ったノクロスさんに呼ばれる。

 シキを守るかのように立ちはだかったこの人を、生まれて初めて睨んだ。





 ノクロスさんと二人だけで花月亭の庭へ行く。

 外は勿論暗く、人影も無い。

 秋から冬に移り変わろうとする冷たい夜風が、強張った顔を時々叩きつけていた。


「どういうことですか、ノクロスさん! シキの肩を持つって」


 ノクロスさんは無言で僕を見る。


「本当にヒカリを村から連れ出させる気ですか?!」


 ノクロスさんは一度目を閉じると、硬い表情で僕を見る。


「そうだ。ヒカリには我々の故郷に帰ってもらう。本来ならキツキも一緒のはずだった。オズワードさんの希望でもあったし、私の希望でもある。オズワードさん亡き今、尚更彼女はナナクサにいる理由がない」


 絶句した。


 ノクロスさんの口からそんな非情な言葉が出てくるとは思わなかった。

 ヒカリがナナクサ村にいる必要が無いって?

 どうしてそんなことを僕に言えるんだ。

 この人は知っていたはずだ。僕がどんな気持ちで今までやってきていたのかを。


「本気で言っているですか?! ノクロスさん」

「セウス、お前の気持ちは知っている。だが、これだけは譲れないんだ。ヒカリを我々の故郷に(かえ)したい。どうかわかってほしい」


 セウスさんは目を逸らさず真っ直ぐ僕を見る。

 その視線に屈しそうになる自分が嫌になる。


「いいえ! いいえ、理解できません。ヒカリの故郷はここです!」


 そう言って僕はノクロスさんの視線を振り切り、花月亭の中庭から公園を通って家に戻った。





 部屋に篭り、天井を見上げる。

 シキとノクロスさんの話、それにヒカリの顔が頭の中をぐるぐる回る。


 ヒカリがこの村を離れるなんて一度だって考えたこともなかった。


 例え一緒になれなくても、村のどこかで安心して幸せそうに笑っていてくれればそれで良いと思っていた。

 それだけで生きていけると思っていた。


 なのに。


 どこかもわからない国に連れて帰るとは何を考えているんだ。

 そんなあても無い危険な旅に彼女を連れていこうだなんて。


 それとも、僕がヒカリについて行けば良いのだろうか?

 でも、まだ復旧が終わっていない村を放っておくことはできるだろうか?

 もし次に襲来があったら、塀が元に戻っていない今なら村は本当に全滅するかもしれない。

 キツキだっていない。


 今度は父の顔が浮かぶ。

 ヒカリとは離れたく無い。でも今ナナクサ村から離れるわけにもいかない。

 解決ができない難事(なんじ)は頭の中で押し問答を繰り返し、それは未明まで続いた。



 僕はベッドから立ち上がり、ヒカリに会いに行くことにした。

 何か手段が浮かんだわけでは無い。

 でもヒカリと話がしたかった。

 本当に行くのかと。戻ってくるのかと。

 連れて行くとは言っていたが帰ってこないとは言っていなかった。

 ヒカリの口から聞きたかった。

 もし彼女に迷いがあるのならもう一度、彼女に伝えたかった。

 ずっとこの村にいてくれるように。


 僕は亡者のようにふらりと立ち上がると、足音も立てずにそっと家の玄関を開けた。





 彼女の家の門を開けると一階に薄らと明かりが見えた。

 こんな夜明け前なのに起きているのだろうか。

 疑問を持ちつつも玄関を開ける。


「ヒカリ、いる?」


 視線を居間から台所へ移すとヒカリは居た。

 シキと一緒に。

 最初はヒカリの姿しか見えなかったのに、その奥に銀色の髪がゆらりと見えたのだ。


 朝からなんでコイツがヒカリと一緒にいるんだ!

 血が沸き立ってくる。


「なんであんたがここにいるんだっ!!」


 シキを睨みつける。


「君が来ることを予想しててね。昨晩からお邪魔させてもらっている」

「なんだと?」

「いい加減、諦めてもらえないか」


 シキはしれっとした顔で僕に言ってくる。

 そんな出来るはずもない事を平然と言い退けてくるあたり、こいつには血が通っていないのかと思えるほどだ。

 こんなに人を憎いと思ったことは無い。


「ヒカリ、こっちに来い」


 ヒカリに手を差し出すが、こちらに来ようとするヒカリをシキがお腹から抱き抱える。

 その瞬間、頭の中に火花が散った。


 この時には話し合いとか説得とか、そんな理性の上でしか成り立たないものは頭の片隅にも残っていなかった。

 僕は連れて行かれないようにヒカリの腕を握りしめると、シキを睨む。

 この手は絶対に離せないんだ。





「……セウス!」


 気がつくとノクロスさんが強張った顔で僕を見ていた。

 ノクロスさんに強く言われ、思わずヒカリを掴んでいた力を弱めた。その瞬間にシキはヒカリを思い切り引き寄せたのがわかった。


 僕の顔は固まる。

 目の前のシキがヒカリを両腕でしっかりと抱えた姿に釘付けになる。

 なんだ、これは。



「ルドルフ、セウスを頼む」

「セウス、こっちに来い」


 ルドルフさんに肩を抱かれて項垂(うなだ)れるように外に連れ出される。

 外では馬が二頭繋がれていた。

 ドクンッと体が揺れる。

 目の前に見たく無い現実を突きつけられる。


 ここまで準備していたのか?

 全く知らなかった。

 それとも知らなかったのは僕だけなのだろうか。

 シキ一人でこんなことを全部準備出来るはずがない。ノクロスさんに手伝わせたのだろうか。いや、ノクロスさんが手伝ったのだろうか。

 僕からヒカリをかすめ取るつもりで。

 頭の中が白くなっていく。


 ルドルフさんに家まで送られるその途中で、馬の(ひづめ)の音が聞こえる。

 自分の横を馬が通り過ぎて行く。

 馬にまたがっているシキの前にはヒカリが。


「ヒカリ……! ヒカリー!」


 手を差し伸べるがルドルフさんに体を押し留められた。

 物語に出てくるような王子のような奴にヒカリが連れて行かれる。

 その子は駄目なんだ。ずっと大事に思っている子なんだ。

 そう心の中で叫ぶものの、次第に僕が立っているところが現実なのか夢なのかさえわからなくなる。



 こんな絶望しか残らない夢なら、早く覚めてほしい。


<人物メモ>

セウス・・・・村人からの人望の厚い村長の息子。ヒカリが好きで常に彼女を手伝おうとする。

キツキ・・・・ヒカリの双子の兄。魔物襲撃の夜に巨大スライムに飲み込まれた。

ヒカリ・・・・キツキの妹。魔物襲撃の夜に祖父のオズワードを亡くし、兄のキツキも失った。

シキ・・・・・ある日、ヒカリを魔物から助けた縁で村に住むようになった。銀髪の美丈夫。魔物襲撃の時には大変な助力をもらった。急にヒカリを国へ連れ帰ると言い出す。

オズワード・・キツキとヒカリの祖父。魔物襲撃の夜に最後まで巨大スライムに矢を放っていた。スライムに塔を破壊されて死亡する。

ノクロス・・・オズワードの昔からの友人。剣の達人でセウスの師匠でもある。今までセウスを自分の子供のように可愛がっていたけれど、急に態度を変えた。


<更新メモ>

2022/01/05 加筆

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