薄靄の朝1
薄靄
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ー 村中心 セウス ー
夜が明けて村の被害が見え出す。
南西との塀と、通過したであろう北東の塀が潰されていた。
他、住宅が五件の半壊と三件の全壊、倉庫設備の一部半壊、見張りの塔の全壊。村の北北東にある墓地は巨大スライムの進路からギリギリ外れていた。
あとは休耕中の畑が踏みにじられたぐらいだろうか。
怪我人は西門側で重傷二名、軽傷三名。南門側で軽傷一名。
中央にいた自警団員が五名の軽傷。
重傷者はシキが回復で初期対応してくれたので大事にならずに済んだ。
今はそれぞれの自宅で休養させている。
まさかキツキとヒカリ以外にも回復ができる人間がいるとは思わなかった。こればかりは幸いだった。
家を失った人たちには一時的に空いている家屋か宿泊所、学校の一部を使ってもらう事にした。
オズワードさんは……
塔の瓦礫の中から見つかり、明日葬儀をする事になった。
ヒカリを家で寝かせた後、すぐに塔があった場所に向かった。
オズワードさんの遺体を見つけ、側から離れないノクロスさんにかける言葉は見つからなかった。
この村に来る前からの仲だとは聞いていた。
オズワードさんのお墓は奥さんのライラさんの横に、村への長年の貢献者としてふさわしい形にしたいと思っている。
キツキは、未だ見つからない。
生死さえわからない。
あの後、ヒカリはまだ目を覚さない。
彼女にこの現実を伝えるのが心苦しい。
側についていてあげたいが、先ずは村の復旧作業が先になるだろう。
「おおい、セウス! 塀で使う木材はさっき切り落としておいたぞ。あと石材は倉庫からありったけ運ぶけどいいか」
「はい、ドクさん。お願いします」
朝から木工所は大忙しで、塀に見合う太い木を探して加工してもらっている。
木工所長であるドクさんが指示を出し、今日明日には材料は整いそうだ。
今度は西門の様子を見にいく。
櫓から自警団員が声をかけてくる。
「なぁ、セウス。朝からあの銀髪の兄ちゃんが外に行くって言ったから通したぞ。腕は確かみたいだから心配はしていないがよ。なんか巣穴を見に行くって出て行った」
そういえば朝から姿を見かけていなかったな。
村の復旧に夢中で元凶を探す事をすっかり忘れていた。
見に行った……か。
確かに気にはなるが今は村を離れるわけには行かないので放って置くことにした。
「見張りは交代交代でしてくださいね。今日は寝てない人が多いですから、無理はしないでください。何か異変があれば鐘を鳴らしてください」
「はいよ! セウスもほどほどにな」
今まで塔の屋上にしかなかった鐘を西門にも急遽、据置型を配備した。他の門にはまだないが、鍛冶場で作り終えたら順次置いていく。村の防衛はまだまだ改善するところがある。
今回のことで村の重鎮だったオズワードさんと防衛の要だったキツキを失っている。
これ以上村に隙を作るわけにはいかない。
南西近くの破壊された塀はなかなか広範囲に壊れていた。いかにスライムが大きかったか見て取れる。
塀の先にあったはずの森の木々は魔物かスライムに薙ぎ倒されたのだろうか、遠くまで見渡せるほど広範囲に倒れていた。
昨夜見た黒い塊を思い出す。
この広範囲から溢れ出た魔物をたった二人でよく食い止めたものだ。
ノクロスさんの力だけでは無いのは見ていて明白だ。
オズワードさんに認められた男、か。
感心と共に苛つきを覚える。
一度家に戻ってきた。
ヒカリが目を覚ましていないか様子を見に行きたかったからだ。だけども部屋に寝かせているヒカリはまだ目が覚めていないようだ。周囲に動いた形跡は無かった。
あれだけの魔素と魔力を放出したのだ。体にもだいぶ負担がかかっていてもおかしくない。
手の甲でヒカリの頬を撫でる。
彼女が呼吸をしているのがわかると、ほっとした。
肘付きの椅子に座りヒカリの側で見守る。
眠る顔は美しいが、本当に死んだような寝顔だ。寝息以外何も動かない。
目が覚めて欲しいような、欲しくないような。
彼女にとっては辛い現実だろう。
ヒカリは今後どうするのだろうか。
一人で大丈夫なのだろうか。
しばらくすると僕はそのまま椅子で眠りこけてしまっていた。
目が覚めると僕は椅子にもたれて寝てしまっていたことに気が付く。
いけない。
思わず手で涎の確認をする。顔は無事だった。
窓の外に目を向けると、どうやらもう夕暮れ時のようだ。
ヒカリはまだ目が覚めていないのか、寝る前と様子は変わっていない。
彼女の様子に納得すると、僕は椅子から立ち上がり家の外に出た。
玄関先から周囲を見渡す。村の人はゆっくりと動き回り、焦る様子もない。特に異常はなさそうだな。
南西の塀の様子を見に行こうと西門に向かって歩き出す。
倉庫の空き地を超えた水路の橋の辺りを、西門から銀髪の男が夕日の光を背に浴びながら歩いてくるのが見えた。
本当、嫌になるほど綺麗な顔だ。
しかし、村を助けてくれた人を無視するわけにはいかないので、彼の前まで歩くと立ち止まる。
すると、あちらも足を止めた。
「元凶となった地下に伸びる洞穴を発見したので、中に残っていた魔物を掃討してきた。空洞の中は道があちらこちらに伸びていたので全てとは言い切れないが、しばらくは穴を飛び越える魔物だけに注意を払えば問題はないだろう」
それだけを言うと、シキはまた歩き出し僕の横を通過しようとする。
「村の防衛にご助力いただけたことに感謝します」
彼の去り際そう伝えると、一度足を止めたが軽く手だけを振ってまた歩いて行ってしまった。
掴めない奴だ。
南西の壊れた塀を一時的に材木で作った柵で仮止めし、今夜はそこに数人の自警団の見張りをお願いした。
反対側の北東の壁にも同様に依頼する。
しばらくはこれで問題がなければ良いが。
ー 元凶となった穴を発見したので中に残っていた魔物を掃討してきた。
おそらくだが、しばらくはまとまった魔物は来ないだろう。
しばらく西門で待機し、夜が深くなると夜勤の自警団員と交代をした。
帰りに花月亭により、僕の夕食とヒカリの分の軽食を依頼し包んでもらう。
部屋に戻るとヒカリはまだ寝ていた。
安堵したのか、しないのか、自分の気持ちははっきりとしなかった。
居間のテーブルで食事をとっていると父が帰ってくる。こちらもお疲れの様子だ。
「ヒカリちゃんはまだ寝ているのかい?」
「ああ、まだ目が覚めないよ」
「そうか。明日のオズワードさんの葬儀の準備はしてきたよ。セウスに言われた通りお墓もライラさんの横に準備した。石材にもパドックさんに名を彫ってもらったよ」
パドックさんとは木材所長のドクさんの事だ。僕は愛称で呼ばせてもらっている。
オズワードさんのお墓の場所は元々決まっていたが、しばらく時間が経っていたので忘れていないか心配で、父に朝から何度も繰り返し伝えていた。
「ありがとう。助かるよ」
「はは。何を言う。私の方が助かっているよ。もうそろそろ、セウスに譲っても良いと思っているぐらいだ」
父はそう言って僕の向かいの椅子に座る。
父は少し老けた。
僕の結婚破談の時にはだいぶ心労もかけたはずなのに、あの時は一言も僕を責めなかった。
「僕なんかまだまだだよ」
父と比べると自分の幼さが際立つ。
本当、この人には頭が上がらない。
穏やかな表情の父と目が合う。
父が無事で良かったと心の底から思った。
ヒカリは……
居間の長椅子で目が覚める。
少し眠っていたようだ。
昨日の夜と打って変わってなんとも静かな夜だ。
体を起こす。
カーテンを閉め忘れた窓から見える月は、傾きかけてはいるが今日も光り輝き、村は月明かりで薄ら浮かび上がっていた。
昨日の事が嘘のようだ。
ふいに自分の部屋からカタンッという音が聞こえた。
まさかと思い、長椅子から立ち上がり部屋に向かうとドアをゆっくりと開ける。
ヒカリがベッドから立ち上がろうとしているところだった。
「あ、セウス?」
「ヒカリ、目が覚めたのか? 一日以上寝ていたから急に立ち上がるな」
そう言ってヒカリをベッドに座らせる。
「キツキは? おじいちゃんは?」
ヒカリからの視線が痛い。
彼女には辛い現実だが伝えないといけないだろう。
僕は彼女の隣に座ると、一つ一つ順を追って見た事、聞いた事を説明する。
途中から彼女は顔を手で覆い隠し嗚咽を漏らしていたが、僕は説明を止めることはしなかった。
ヒカリの背中に腕を回し体を支える。
全ての説明が終わった時には彼女の体を引き寄せ、落ち着くのを朝まで待った。
朝、工房に行きコエダさんからヒカリが着れそうな深い色の服を借り、彼女の着替えを手伝って貰った。
ヒカリは食事を摂ってくれなかった。
彼女の瞳は陰り、常に俯き加減にまぶたが落ちている。
それでも彼女を無理にでも外に出す必要があった。
今日はオズワードさんの葬儀だからだ。
ふらつく彼女の体を支えながら家を出る。
彼女の家の惨状を見せたくなくて、少し遠回りをして墓地に向かった。
村の北北東にある墓地は東の巡回道と水路の沿道の間にあり、周囲を針葉樹の木々に囲まれている。
この時期のこの時間帯では太陽の日はあまり当たらない。
時折吹き付けてくる冷たい風が、僕達の体を更に冷やしていった。
墓地にはすでに多くの人が集まっており、木の箱に入ったオズワードさんを取り囲んでいたが、ヒカリを見るとみんな少しずつ下がって道を作ってくれた。
ヒカリが墓地の手前で足を止めた。
おそらく、亡くなった祖父との対面が怖いのだろう。
「行けるかい?」
そう聞くと、意を決したのかゆっくりと歩み出す。
オズワードさんの近くまで行き顔が見えると、オズワードさんに駆け寄ってヒカリは膝をついて泣き出した。
その姿を誰も止めることはしなかった。
しばらく二人にしてあげたかった。
村の墓地は基本的には集団埋葬だ。できるだけ家族が近くなるようには配慮はする。
場所がそんなに取れないというのが一番の理由だ。
だが、オズワードさんは村への貢献がとても大きかったので、奥さんが亡くなった時にご夫妻は個別に埋葬する事になっていた。この決定に文句を言う人はこの村にはいない。
オズワードさんの手には、金で出来た五角形の重なった模様の入った小さい短剣が握られていた。ノクロスさんがオズワードさんの部屋から探し出してきたものらしい。
土に還すと遺体は次第に自然に戻るため、葬儀の際には溶けないものを握らすことにしている。村で生きて、ここに埋葬されたという証になるものと言うべきだろうか。多くの村人は、結婚した時に作る夫婦の腕輪が多いが、オズワードさん達は違っていたようだ。奥さんのライラさんは何だったかは僕は知らない。
「ヒカリ、そろそろオズワードさんを土に還してやろう」
オズワードさんにしがみつくヒカリの手を離させ、抱きかかえるように彼女を立たせるとそこから三歩下がらせた。
僕が目配せすると、周囲にいた大人たちはオズワードさんの入った箱を既に掘っていた穴に下ろし、土をかぶせ始める。
隣にいたヒカリが嗚咽を漏らす。
彼女の大切な人を守れなかった事が、心を苦しめる。
周囲からも次第にすすり泣きや嗚咽がもれ、偉大な人の死を悼んでいた。
オズワードさんの上には土が乗り、彼の姿はもう見ることは出来なくなっていた。
子供達が集めてくれた小さな黄色と白の野花を一人一人オズワードさんの上に置くと、次々に墓場を後にしていく。
シキとノクロスさんも花を置く。
「ヒカリ」
ヒカリに花を握らせ、オズワードさんの前に連れていく。
彼女は握った花をなかなか離せずにいた。
祖父にさようならを言えずにいたのだ。
僕が花を添えた後、しばらく二人でオズワードさんの墓の前に立ち尽くす。
しばらくして、ようやく彼女はオズワードさんに花を添えた。
ヒカリの顔を見る。表情も無く涙を流し続けていた。
「ヒカリ……」
性懲りも無く、僕はヒカリを抱きしめる。
これ以上、泣くヒカリを見たくなかった。
一人にさせたくなかった。
悲しませたくなかった。
これ以上は。
笑っていて欲しかった。
「ヒカリ、一緒にならないか?」
彼女にささやく。
彼女は無言のまま、頷く事もないまま、ずっと僕の腕の中にいた。
<人物メモ>
ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄
セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった。どうやら色々と事情がある様子。
オズワード・・・・ヒカリとキツキのおじいちゃん
<更新メモ>
2021/11/19 修正、人物メモの追加
2021/06/25 とりいそぎ一部修正(六角形→五角形)