陰影の絶望4
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ー 塔屋上 オズワード ー
巨大スライムにキツキが飲み込まれるのを目撃した。
急ぎ持ち合わせていたロングボウで三本の矢を番えると、スライムに向け放ち続ける。
間に合うか。
このまま孫を連れ去られるわけにはいかない。
必ず祖国に帰ってもらわなければならないのだ。
ここまで。
ここまで長い年月だった。
今回が最後のチャンスになろう。
絶対に引くわけにはいかない。
巨大スライムの前に立ちはだかった住宅が一軒、二軒と崩される。
まだだ、まだ止めるわけにはいかない。
足元にあった矢をありったけ放つ。
間に合ってくれ。
巨大スライムが目の前まで進んでくる。
それでもここを離れるわけにはいかない。
諦めるわけにはいかない!
スライムは塔の一歩手前で地面に着地すると、黒く不透明な体を一度地に吸い込まれるかのように不気味にへこませる。そうかと思えばスライムは徐々に上に体を持ち上げると、地面から巨体を離した。
目の前に聳え立つ塔を、巨大スライムは轟音と共に押し倒す。
足場が崩れると同時に体がふわっと宙に落ちた。
ライラ、ライラ………!
ー ねえ、オズワード。
ー お父様とお兄様達は心配しているかしら。
ー 私がいなくなって大変な事になっていないかしら。
ー オズワード、心配しないで。私はとても幸せだったわ。
ー 愛しているわ、オズワード。
すまない、ライラ。
君を国に帰してやる事が出来なかった。
……ライラ。
目には光り輝く大きな月が映り込む。
妻への思いと共に私は目を瞑った。
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ー 村中心より西 セウス ー
キツキが飲み込まれる瞬間を見てしまったのだろうか。
ヒカリが動かない。
ばらついていた魔物が一体また一体と村の中心を目掛け突進していく。
ヒカリは近づいてくる魔物に気がついていない。
「ヒカリ!」
走りながら魔物を斬り捨てヒカリの側で翻る。足元には土埃が舞った。
ヒカリの顔は血の気を失っている。
目も一点を見たまま微動だにしない。
左腕を広げ、ヒカリを自分の背中に隠す。
「ヒカリ! しっかりしろヒカリ!」
声をかけるがヒカリの反応は無い。
くそっ!
村の中心まで入り込んだ魔物を先に止めなければ。
キツキが抜けたことで中央に魔物が一気に入り込んでしまったようだ。
避難場所の学校や中央を守っている自警団は大丈夫だろうか。気になり学校の方向や外にいる自警団員の位置をチラチラと見るが、周囲をゆっくりと確認する隙も与えてもらえないぐらいに次から次へと魔物はやってくる。
近くに来た魔物を片っ端から切っていくがその間もヒカリは依然と動かない。
そんな中、背中から不穏な音が振動とともに響き渡る。
ドゴゴゴゴゴ…
思わず後ろを振り向く。
押し倒された住宅の瓦礫の隙間から、塔が崩れ落ちるのが見えた。
スライムに激突されたのか?!
「まさかっ!!」
目を疑う。
村の象徴であり、長年に渡って村を見守って来た塔が崩れ落ちたのだ。
………そういえばオズワードさんはどこだ? まさか塔に残っていたのか?
先程まで塔で鐘は鳴っていた。俺は見えなくなった塔を見上げる。
「嫌あぁーーー! おじいちゃんっ! おじいちゃんっ!!」
塔が崩れたことに気がついたヒカリが目を見開き叫び声を上げ続ける。こんなヒカリは見たことがない。
「ヒカリ!」
落ち着かせようと彼女に手をかけようとした瞬間、異変が起きた。
彼女から見たことない大きな複数の光り輝く円が乱雑に発生したかと思うと、それらは炎を上げ、近くにいた魔物を焼き尽くしながら村中を駆け巡り始めたのだ。
そして村のあちこちでは、先程まであった塔よりも高く炎が燃え上がる。
なんだ、これは……。
初めて見る光景だったが、ヒカリが出している魔素ということだけはわかった。今まで、彼女をからかって空高く上がる炎は何度か出させたことはある。でも、こうも遠慮なしに複数同時に出したのは始めて見た。
「ヒカリ!!」
呼びかけるが、ヒカリは反応しない。
村のあちこちに火が燃え移り始める。まずいな。
「ヒカリ! 落ち着け!! ヒカリッ!」
彼女は全く反応しない。それどころか益々炎の威力は高まっていく。
手首を掴むが全く反応しない。
彼女の目は見開いたままだ。
ショックが大き過ぎたのだろうか。
確かに、キツキとオズワードさんが立て続けに居なくなる所を見たのだ。こうなるのは仕方がないのかもしれないがこの状況はまずい。このままでは魔物ではなく火事で村が消失してしまう。
どうすれば良い。
ー セウスさんのコアに収まる程度の量でしたら良いですよ。
あの時のキツキの顔をふと思い出す。
一か八か、か。
僕はありったけの魔素を取り出すため手に集中した。
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ー 西南西の塀近く シキ ー
目を見張る。
突如と現れた車輪のように村中を駆け巡る巨大な炎が、魔物を目掛けて突進していくと漏らすことなく焼き尽くしていく。
先ほど塔が崩れ落ちる音が響き渡ったのとほぼ同時に、村の中心が赤く燃え上がったかと思うと、空に炎を纏う大きな円盤が駆け巡り出したのだ。
何だあれは。魔法陣のようにも見えるが。
……魔法陣と炎。
まさか、ヒカリか?
茫然とする。
キツキの魔素や魔力の能力は見ていたが、ヒカリはいつも適当だっただけに、もしあれがヒカリの力なのであれば、俺は彼女の能力を見誤っていたようだ。
気がつくと周囲は静かだ。
村を周回しながら駆け巡っていた炎が大方の魔物を燃やし尽くしたのか、俺達の周囲にいた魔物も塀の先にいた魔物も姿が見えない。不思議と自分達には炎の円盤は近寄ってこなかったが、走り回る炎は木にも塀にも擦りながら駆け巡っていたので火はとうとう森や村の植林にも燃え移り始めていた。
「……塔を見てきます」
鞘に剣を納めたノクロス殿は、この状況には目もくれずに村の中心の空に目を向けたまま血相を変えて走り出す。中心に戻るまでの距離を最短にしたかったのだろうか、彼は道のない真っ暗な林の中を駆けていった。
俺は周囲を見回す。塀は壊され、木々には少しずつ火が延焼し始めている。彼女の能力について考えるのは後だ。
壊れた塀の下に敷いた魔法陣を一度解くと、今度は壊れた塀の代わりに魔法陣で防御壁を張った。魔力を使い続けるのでずっとは難しいが、明日の朝までならこれで代用できるだろう。
今度は右手の五指を開き魔法円を複数に出すと、それぞれを火の付いた木々の近くに飛ばし、魔法円から散水させる。自分は生まれつき雷と水の魔力があるが、水の魔力は主に回復魔法に充てていたので消火の散水として使うのは初めてかもしれない。魔法円を適所に並べ鎮火にあたりつつ西門に移動する。
西門では魔物からの襲撃により、怪我を負った数人が動けなくなっていたので回復に入らざるを得なかった。放っておいたら医療のないこの村では命に関わる。
キツキとヒカリのことが気になるが、ここを離れる訳にはいかなくなった。
あったはずの塔よりも高く伸びた炎は、この世の物とは思えないほどだ。
村中央から見える炎は延々と上がり続けるが、もう魔物はいないし収めても良さそうなのだが一向に炎は鎮まらない。それに空を走り回る炎を吐き続ける円盤も未だに消えていない。
まるで制御が出来ていないかのように走り回り炎を吐き続けている。
……まさか。
ヒカリは制御が出来ないような状態なのだろうか。
中央で何かあったか。
目の前の光景が、ここから離れられない自分をただひたすらに焦らせた。
<人物メモ>
ヒカリ・・・・・・・1章の女主人公。キツキの双子の妹
キツキ・・・・・・・ヒカリの双子の兄
セウス・・・・・・・ヒカリに結婚の申し込みを断られたがそれでもヒカリの助けになろうとする。村人からの人望の厚い村長の息子
シキ・・・・・・・・東の森でヒカリを助けた銀色の髪の青年。村で暮らすことになった。どうやら色々と事情がある様子。
オズワード・・・・ヒカリとキツキのおじいちゃん
ライラ・・・・・・ヒカリとキツキのおばあちゃま。10年程前に亡くなった。
ノクロスおじさん・・おじいちゃんの長年の友人。セウスの剣の師匠でもある
<更新メモ>
2021/09/09 修正、一部文章削除、加筆(ストーリー変更なし)、人物メモ追加、前書きの連絡メモを削除
2021/04/30 挿絵の追加